ァースト・インプレッション




 そいつには貌がないっていう。目も鼻も口もないって言う。私にはちゃんといろんなパーツが正しくくっついているように見えるけど、ソレを言った子はドクターにすごく怒られてた。
 王様は裸だ!って言った子供は、絵本の中じゃみんなに誉められていたけど、現実はそんなもんなのだ。
 男の子だ。私よりちびで、そのくせすごく偉そうで生意気だ。勝手なやつだ。私たちを統率するリーダーなんてやってて、成績はいつも一番。みんながどれだけ頑張ったって、そいつの足元にも及ばない。
 そいつには名前もない。貌がないから、みんなは便宜上『カオナシ』ってあだ名で呼ぶ。





 私たちが過ごしているのは、病院みたいな白い部屋のなかだ。広い部屋にずらっとベッドが並んでいる。
 ここへ来た頃は随分人が多くて狭かったけど、一月もしないうちに大分減った。あんまり人といるのが好きじゃない私が、なんとなくみんなの顔を覚えてしまうくらい。
 もうちょっと減ったら、そのうちひとりでベッドを使えるのかなと私は考える。でもその『もうちょっと減る』のなかに私が含まれていないとは限らないから、どうなるのかは分からない。
 私の力は他の子たちとはちょっと違って、生命を分け与えるっていう能力だった。大体は塔に潜って行く子たちのサポートをしてる。
 私は、いつか偉い人や、大事にされている人が病気になったり、怪我をしたり、死んでしまったりした時にかわりをやれるように、あまり探索には出されない。そのことで何度か「お前はいいなあ」って言われたことがあるけど、私にはなにが「いい」のか解らない。知らない人のかわりに死ぬのも、シャドウに食べられるのも、どっちも一緒だ。死ぬ理由なんてどうだってなんにも変わらない。
「フェザーキックや! ほらそこやタッちゃん! パンチ! チョップ!」
「フェザー大回転車」
「そんな技フェザーマンは使ってなかったぞ?!」
「カッちゃーん、がんばれー!」
 ベッドの横で、男の子たちが固まってじゃれて、騒いでいる。私はいらっとして「うるさいな」とぼそぼそ呟く。でもそいつらは、全然聞いた様子がない。好き勝手に乱闘している。
――うるさい。静かにしてくれない」
 私はさっきよりもちょっと大きな声で言った。みんな一瞬私のほうを向いて、顔を見合わせて、でもすぐに知らん顔でプロレスごっこだか喧嘩ごっこだかに戻っていく。聞けよ。
「ちょっと、よそでやってよ……! うるさいの、キライだから」
「カッちゃん、あのこ、よそでやってって」
「はあ? 知るかよ。お前がどっか行けば」
 天パの男の子と取っ組み合いしてるちびの男の子が、まるっきり虐めっ子の口調で言った。私はとっさにそいつに枕を投げ付けていた。
「お前がどっか行け。死ね」
「なっ……」
 男の子は鼻白んで、恨みがましい目で私を睨んだ。私も睨み返した。
 そいつは枕を抱いたまま、私からぷいっと顔を逸らした。
「……お前なんか、混ぜてやんないからな」
「迷惑。アホが感染する」
「僕はアホじゃない。すごい賢いんだぞ。それが自慢なんだ」
「カッちゃん、頭良くて強くて素敵だよ。かっこいー」
 そいつの隣で太鼓持ちみたいなことをやってるのは、この前のテストで二位だった女の子だった。アホの男子は得意げに髪をかきあげて「ふふん」とか言っている。――ああ、裸の王様だ。誰か何か言ってやってくれないかな。
「……お前、滑稽だよ」
「なっ……あ、アホだけじゃ飽き足らずに滑稽?! ……セカンド、滑稽ってなに? なんかバカにされたってのだけは分かったけど」
「アリスわかんなぁい。タッちゃん、滑稽ってなぁに?」
「面白おかしいという意味ですよ」
「え、そうなのか? なんだ」
 アホはほっとした顔で「よかったあ」とか胸を撫で下ろしてる。滑稽でなにが良かったっていうんだろう。まったく可哀想なピエロだ。
「まったく、素直じゃない奴だな。仲間に入りたいんならちゃんと言えよな」
「はあ? 頭おかしいんじゃないの、この道化師が」
「……セカンド、道化師って何だ?」
「しらなーい、タッちゃん、なぁに?」
「ピエロのことですよ」
「……僕、ピエロなのか? 確かに貌はないけど」
 アホが良く分からないっていうふうに首を傾げて、私の顔をじいっと見て、「お前いっぱい難しい言葉知ってるな。頭良いなフォース」とか言っている。こいつは本物だ。
「え……なんでお前が私のナンバー知ってるの」
「リーダーだから」
「カッちゃんはね、みんなのお名前知ってるの。すごいんだよ。アリスね、カッちゃんだぁい好きなの! 王子様だもん。アリスおっきくなったら、カッちゃんのお嫁さんになるんだよ」
「セカンド、無駄な夢を見るなよ。僕らきっと『おっきく』はなれないぞ」
「その冷たいとこ、すっごい好き! ね、おままごとしよ? アリスがママで、カッちゃんがパパで、タッちゃん魚屋さんで、ジンはペットのハムスターね」
「わし人間ですらないやんけ!」
「えー。いやだよ、そんな女の子みたいな遊び……」
「えぇ、お願い聞いてくれないのぉー? じゃあカッちゃん、アリスといっしょに死んでくれる?」
「喜んでやらせていただきます。僕実はおままごと大好きなんです」
 セカンドはアリスって名前らしい。さっきから自分の名前連呼してウザいなこの女。
「フォースはねぇ、……アリスのママね! アリスがカッちゃんのシャツに口紅付いてるのを見付けて、ママを呼ぶの。ママのフォースは「うちの娘を傷物にしておいて……!」ってカッちゃん怒って、アリスはダーリンの浮気にブロークンハートで魚屋さんのタッちゃんにグラッと来ちゃうのね」
「昼ドラみたいな展開だな」
「……わしは?」
「だからジンはハムスターだってば」
「その辺でチーズでも探してチューチュー言ってれば良いんじゃないのか?」
「惜しいですカオナシ。それはネズミですね」
 私はあんまりバカたちとは関わりたくなかった。面倒だし、どうでもいい。
 でもアホは私の手を引っ張って、無理にベッドから引き摺り降ろして、「やろうぜ」とか言っている。迷惑だって言ってるのに、強引なやつだ。
――ちょっと、迷惑なんだけど」
 私は顔を顰めて言う。アホは気にした様子もない。ただ急に静かに私をじっと見つめて、声のトーンを落とした。
「ずっとベッドの上じゃ、身体鈍るから。探索に出た時真っ先に死ぬ」
 私は、ああなるほどな、と思った。アホだけど、ただアホなだけじゃあないようだ。
 だてにファーストなんかやってない。
 王子様だとか呼ばれてるだけはある。
 こいつは多分、生き残っているメンバーのコンディションの管理だとかを一人で引き受けているのだ。
「なんだ……ちょっと、見直した」
「……なにが」
 アホはすっとぼけた顔をしている。ふざけたことばっかり言うくせに、そいつは一度も笑わない。
「……チドリ」
「ん?」
「名前。……覚えたきゃ、覚えてて」
「ん」
 そいつは頷いた。





 私は、多分こいつは私たちの中で、きっと一番長生きをするんだろうなって、どうでも良いことを考えている。





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