生まれた時から災厄続きの僕だが、昨日から特に散々だ。
 一時的に身を寄せることになった寮で、シャワーを借りようと思ったら、先に入っていた女子に散々罵られた挙句、ボコボコにされた。
 その後事情を察してやってきた、僕よりひとつ年上らしい男子生徒が、僕の肩を叩いて、「災難だったな。それはこの前俺もやった」と慰めてくれた。
 どうやら女子風呂を改装中らしく、男子風呂を、男女で時間をずらして使っていたらしい。同情する前に教えて欲しかった。
 今日も朝から学校とやらに初登校したのだが、どうやら僕は『怪異が多発する幽霊寮に越してきた可哀想な少年』という位置付けをされているらしい。
 教卓の前に立たされて、適当な偽名で自己紹介をさせられた後、興味津々な顔をした何人かの生徒に取り囲まれ、「出たか?」だの、「なんか見たか?」だの、質問責めにされた。
 どうやら僕に宛がわれた巌戸台寮の部屋は、前の持ち主が変死して以来、幽霊が出るという噂で持ちきりのようだ。ご親切に、話し掛けてきた男子が教えてくれた。
「お前の前にあの部屋住んでたのが、結構どうしようもねえ奴でさ。そいつに苛められてた奴が、復讐代行サイトに書き込みしたんだって。そしたらほんとに死んじゃったらしいぜ。警察は事故だとかなんだとか言うけど、殺されたんだよ、絶対」
 僕は頷き、「そりゃ怖いな」と適当に同意した。僕は今は普通の高校生なのだ。「そいつ殺したの僕らなんだぜ」とかは禁句だろう、多分。
「でもお前も大概幽霊っぽいぜ。前髪切れよ。顔見えねーし」
「ああ……でも別に不便はしてないし……」
「お前もてなそうだなー。彼女とか出来たことねーだろ、絶対」
「ないけど」
 『もてる』とか『彼女』とか、まるで宇宙語みたいなことを話し掛けてくる男子生徒は、人懐っこそうな顔で笑って僕の背中を叩き、「困ったことあればいつでも呼べよな」と言った。
「オレっち伊織順平ってんだ。順平でいいぜ。昔、オレも転入生だったんだけどさ、はじめのうちはマジで不安だったんだよ。なんも分かんねーし。だから次転入生来たら、一番に話し掛けてやろうって決めてたワケ。オレっち優しいっしょ? うんうん、どう見てもネクラそうで友達できなさそうなお前、オレは見捨てねーからな」
 初対面でものすごく失礼なことを言われている気がする。でもここで突っ掛かっても肯定しているみたいで面白くなかったから、黙っておく。頷く。バカの相手をしてやることはないんだ。
「またあんたはそうやって、誰彼構わずちょっかい出して」
 僕と順平が話しているのを見て、ピンクのカーディガンの女生徒が割り込んできた。僕を冷たい目でじろっと睨んで、「そんなのに構ってやることないから、無視しときなよ」とそっけなく言う。
 岳羽ゆかりと言うらしい。どうやら昨日あれだけ僕のことを殴っておいて、まだ怒りが収まらないらしい。恐ろしい女だ。
「……あんた、復讐は果たされるんだからね。覚えてなさいよ」
 そして言うだけ言って去っていく。何だっていうんだ、くそ。
「……お前、ゆかりッチになんかしたの?」
「馬鹿な。むしろ、された方だ。なんだか分からないけど、風呂場で鉢合せした後死ぬ程殴ったり蹴ったりされた」
「ふ、風呂お?」
 順平はあんぐり口を開け、信じられないものを見るみたいな顔になった。
 僕には理解出来ない。なんで彼女は、入浴しているところを見られたくらいであんなに怒ったんだろう。
「風呂って、おま……まさか、マッパ? を、見たの? ゆかりッチの裸見ちゃったの?」
「別に裸くらいどってことないだろうに」
「い、いやいやいやいや。おま、何その羨ましいシチュは。ど、ど、どうだった? オッパイとか、オッパイとか、その」
「胸? 胸がどうかしたのか」
「あのね、大きかったか小さかったか、カタチは良かったかとか」
 僕は顎に指を当てて、「どうだっけ」としばらく考え込んだ後、正直に感想を言った。
「あんまりない。うちの姉さんの方が大分大きかった」
 言ったところで、いきなり机が飛んできた。例の岳羽が投げたらしい。憎しみに満ちた顔で僕を睨み付け、「死ね! 変態!」とか言っている。
 彼女だけじゃない。クラスにいる女子も、ものすごく冷徹な目で僕らを見ていた。「あいつサイテー」とか言っている。一体僕が何をしたって言うんだ。理不尽だ。





 なんだかすごく疲れて帰ると、巌戸台寮の僕の部屋には、昨日僕を見捨ててさっさと逃げた仲間たちが揃っていた。昨日の夜、出しなに鍵は掛けておいたはずだから、おそらくジンあたりがピッキングをやらかしたんだろう。
 各々CDコンポでラジオを聴いたり、本棚から雑誌を引っ張り出してきて読んだりと、すごくリラックスしている。
「やあ、おかえりなさいカオナシ」
「いやーお疲れさんやなぁ」
「お腹減った。今日の晩ご飯なに?」
「…………」
 みんな、あんまりにもなんでもない顔過ぎる。昨日は僕を置いてさっさと逃げたくせに。
 僕はとりあえず部屋のドアを閉めて、鞄を投げ出して壁にもたれかかり、ずるずるくずおれて、膝に顔を埋めて座り込んだ。ちょっと泣けてしまった。
「お、お前ら……昨日僕を見捨てて逃げたのに……逃げたくせに……いっつも、そうなんだ。僕ばっかり貧乏籤引いて……うううう……」
「な、泣きなや! 悪かったて! 堪忍や、なっ? カオナシ兄ちゃんは強いさかい、大丈夫やて思たんや。ほんまやって……」
「逃げ遅れたお前が悪いんでしょ。無能のくせに人のせいにするな」
「チドリ、あまり苛めないでおやりなさい。カオナシだってお年頃なんですから、訳もなくちょっぴり切なくなって泣きたくなる時くらいあるんですよ」
「お前らのせいなんだけど……!」
 怒りに任せて怒鳴った後で、もう何を言ったってしょうがないんだと諦めを付け、「それでなんでお前らここにいるんだよ」と訊いた。僕を心配してのことじゃないのは確かだ。
 僕の仲間は、僕を入れて四人いる。いつも半裸で、なにか悟ったようなことを言うタカヤが、僕らのリーダーだ。それから絵を描くのが好きなチドリと、変な関西弁のジン。
 それから僕だ。カオナシ。これはあだ名みたいなもんで、本当の名前は僕も忘れた。
 幼馴染というか、おんなじ境遇で、人生のほとんど半分近い時間一緒にいるものだから、もう兄弟みたいなものだ。みんな親はいない。孤児で、悪いことを企む悪の秘密組織に捕まって改造された強化人間だ。たぶん間違ったことは言っていない。
 タカヤの趣味で復讐の代行なんて仕事をやってると、いつのまにか『ストレガ』とか呼ばれるようになっていた。まあ悪くない名前だと思う。結構格好良いんじゃないだろうか。
 ジンが「なんかオモロイことなってるもんやさかい」と言う。僕は呆れて、首を振る。
「なにが面白いもんか。オッサンの痛寒い駄洒落を聞かされて、学校なんかに行く派目になって、意味もなく女子に殴られて、もうほんとめんどくさい。学校めんどくさい。登校拒否したい」
「まあ落ち付いて下さい。メーディアが大体の話は受信してくれましたので、おおまかなことは分かっていますよ。それ程悪い待遇では無いでしょう。むしろ、実に興味深い。是非私も見てみたいと思いまして」
「タカヤがな、乗り気やねん。やから、わしも一枚噛もかなって」
「私はどうでもいいけど、なんかお前だけいい目見てるの腹が立つから来た」
「チドリ死ね」
「お前が死ね」
 僕は溜息を吐く。まあ色々キてる奴らだけど、いないよりはいくらかマシに思えた。ような気がする。例えば、この人死にのあった古びた寮のなかで、もしお化けが出たりした時とか。
 「とりあえず掃除手伝え」と僕は言う。





 慣れないことをするものだから、結構疲れた。でも、まあひもじい思いをすることは無かったから、大分境遇は良いのかなと思い直すことにした。腹が減ると僕はダメなのだ。動けなくなってしまう。
 寮の自販機でモロナミンGを購入し、ソファにぐだっとなって一息ついていると、「大分へばってるね」と声を掛けられた。顔を上げると、七歳くらいの小さな子供が、心配そうに僕の顔を覗き込んでいる。
「ああ……こんばんは」
「やあ、こんばんは。隣いい?」
 子供にだらしがないところは見せられないので、僕は上半身を起こして座りなおした。彼がほんとの子供って訳じゃないし、ほんとは何歳なのかも分からないが、小さい子供の姿をしたものの前で格好悪いことはできない。
 僕が頷いて席を詰めると、彼は嬉しそうにソファに腰掛けた。それから僕が飲んでいるジュースをじいっと熱心に見つめている。「うん」と僕は頷いて、瓶を彼に渡してやった。
「半分やる」
「わあ、ありがと!」
 彼は嬉しそうに笑って、大事そうにちびちびジュースを飲みはじめた。
 この子供は、名前をファルロスって言う。外人みたいな名前だけど、見た目もそんな感じ。珍しい薄いブルーの目をしている。エキゾチック系って言うんだろうか。結構可愛らしい顔立ちをしていて、人懐こい性質をしている。
 はじめのうちは大分得体が知れなかったけど、僕が子供の頃から一緒にいるんだから、今じゃ結構気心が知れた仲ってやつだ。
 ただしその子は気まぐれな子で、たまにしか会えない。それも限られた時間の中でだけ。昨日と明日の境目にある、影時間って特殊な一時間だけだ。
「もうお前と会えるような時間になってたんだな。気付かなかった」
「うん……。引越ししたんだね。綺麗なところ。前のところとは大分違うね」
「ああ、そうだろう。ベッドなんて見たの何年ぶりかな。部屋、結構珍しいものがいっぱいあるんだ。なんか普通っぽいものが。お前も後で見てみるといい。多分喜ぶ」
 きっと彼はいつものように喜ぶだろうと思ったんだが、なんだか浮かない顔だ。「どうした?」と僕は聞いてやった。
「腹でも痛いのか?」
「……なんだか、変な感じ。気持ちが悪いんだ。昨日、君がここへ来てから。ねえ、誰かになんか変なことされなかった?」
「変なこと?」
「いやな感じがするんだよ。こういうの、予感とか予兆とかって言うのかな。ねえ、気を付けてよ。僕はここで、そばで君を守ってるからね」
「何を言ってるんだか」
 僕は笑った。ファルロスの頭を撫でて、「お前は馬鹿だな」と言ってやった。
「心配ない。僕は最強だ。誰も僕にかなうやつなんていやしないよ」
 ファルロスはまだ不安そうな顔をしていたが、「うん、そうだね」と頷いて、「君がそう言うのなら、その通りだね」と言った。





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管理人:ゆりんこ 2007年04月29日〜