S.E.E.Sと言うらしい。僕ら以外の、ペルソナ使いの勢力だ。
 今の所敵か味方かは分からない。でもなんとなく相容れそうにないなっていうのは、空気で分かる。彼らは僕らとは毛色が違うのだ。
 どうやら彼らは自然覚醒したペルソナ使いらしい。そんなレアな奴らがあんまりゴロゴロいるものだから、なんだか僕はまた疑り深い気分になってしまう。あのオッサン、またなにかやってんじゃあないかって。
 例えば月光館学園を使っての人体実験かなにか。やってたとしても何も不思議はない。
 まあ彼らと共闘することになるか、殺し合うことになるかは、いずれそうなった時に分かるだろう。考えたってしょうがない。
 ともかく、僕は僕に与えられた役割を果たすだけだ。紙面に書かれた名前を探すと、予想通りの場所に僕の名前があった。一番上。
 普通の学生の試験ってものは、僕らが今まで学んできたこととは大分方向性が違っていたから、ちょっと不安だったけど、今回の試験はどうやら無事学年トップを取れたようだ。
 順平が僕の肩に体重を掛けて、唖然とした顔で、「うそおお?」と呆けた声を上げた。
「おまっ、お前は顔にも頭にも体力にも性格にも恵まれなかった、不幸の星の下に生まれた可哀想な子じゃなかったの? 学年トップって、ナニ?」
 ものすごく失礼なことを言いながら、「ありえねー」とぼやいている。彼は僕に良くしてくれるが、本当のところは僕のことが嫌いなんじゃないだろうか。
「お前って、実は結構出来る子?」
「さあ……」
 僕は首を傾げる。『結構』ってなんだ。僕は何をやったって完璧にこなせるってことが自慢なのだ。
 順平は顎鬚を撫でながら、「人ってマジで見掛けによらねー」とぼやいていた。失礼な男だ。僕の見掛けが何だって言うんだ。





 担任の鳥海先生に呼び出された。
 どうやら、僕がどの部活にも所属していないことについてのお小言らしい。いつもの気だるそうな顔つきで、「転入生なりの、このガッコに溶け込もうってガッツが見たいらしいのよね、上のセンセが」と言っている。
「文化部でも運動部でも良いんだけど、とにかくなんか部入りなさい。名前だけでもいいから。まあ顔出したって出さなくたって、君今回のテストで学年トップだったでしょ? だから割となんにも言われないと思うんだけど。……ていうか、カンニングとかしてないよね?」
 なるほどな、と僕は考える。ここへ来てまず幾月さんが、教科書を暗記しろって言った理由が分かった気がする。
 学年トップってのは、言わば免罪符のようなものなのだ。大体のことは「君は学年トップだから」って理由で、大目に見てくれる。便利なものだ。
「ちょうど運動部も文化部も、空き出たところが部員募集してるから。放課後見学だけでも行ってみたら? どうせ暇なんでしょ」
「了解しました」
 僕は頷く。





「次は誰だ?」
 僕は髪を掻き上げ、さっと竹刀を振って、辺りを見回した。
 普通の人間が、改造されたり薬物で強化されたりしている僕にかなうはずがない。僕の周りにはぐだっとなって床にぶっ倒れている生徒が積み重なっている。体育館を使っている剣道部の連中だ。
「ま、参りました! つか、勝てる訳ねーっしょ……!」
「貴方の勝ちです! どうか、その白鳥の羽根のように美しい手で、是非僕に敗者の烙印を」
「あの、せめてお名前を聞かせて下さい! お、オレの運命の人〜!」
 負けたくせに、なんでか剣道部員どもは恍惚とした顔つきでいる。こいつらもしかして全員マゾヒストなんじゃあないだろうか。僕なら誰かに負けたら「覚えていろよ、次こそは必ず!」と恨みの炎を燃やしていただろう。
「もうお終いか。帰る」
 僕は借りていた竹刀と防具を同じクラスの宮本に返して、「邪魔したな」と礼を言った。
「剣道着は洗って返した方がいいか? 確かお前のだったよな、宮本」
「い、いや。気にするなよ。それより、お前、なんで俺の名前知ってんだよ」
「……うん? そりゃ知ってる」
 僕は怪訝に思って、首を傾げた。先日教室で、「剣道部に入らないか? お前のそのヒョロヒョロの身体を鍛えなおしてやる!」とか息巻いて、僕を誘ったのは彼だったのだ。
 妙だなと思いながらも、とりあえず着替えに戻ることにした。鍵を借りて、体育館を後にする。
 更衣室の前で、走り込みをやっている弓道部の連中と出くわした。
 その中には、岳羽の姿もあった。みんなへとへとになっている中で、息ひとつ乱していない。さすがにペルソナ使いなだけはあるなと、僕はちょっと感心した。
「あーっ!」
 いきなり、岳羽が大声を上げた。僕は日頃邪険にされているせいで、つい条件反射でびくっとしてしまった。
「キミ! ちょ、待って!」
 慌ててやってきた彼女が僕の剣道着の袖を掴んで、「こんなとこで何してんの!?」と、僕がここにいることがすごく驚くべきことみたいな顔つきで叫んだ。
 失礼な奴だ。僕みたいな奴は、写真部の暗室の中に引き篭もってろとでも言うのか。剣道着を着てるのがそんなに悪いか。
「別に、部活……」
「け、剣道部だったの? ちょ、まさかキミ、月光館の生徒だったなんて全然知らなかったよ! 何年生? 私は二年なんだけど」
「知ってる。俺も」
 なんだか話が噛み合っていない。
 お前、僕と同じクラスで、こないだだって席替えの時、僕の近くの席になるのがそんなに嫌だったのか、離れた席の男子と座席表交換してもらってただろ。
 お陰で今僕の周りは全方面男ばかりだ。すごくむさくるしくて汗臭い。
「ゆかり、そのイケメンもしかしてカレシとか?」
「えーっ、ちょっとひっぱたいていい? この裏切り者!」
「ねぇキミ、ゆかりよりさ、私とかどう? 毎朝キミのために味噌汁作っちゃう!」
「ちょ、もー、違うから! ごめん、今部活中だからまた後でね。剣道部なんだよね? 会いにいくから」
「いや……違、」
「ゆかり、熱烈ー!」
「ちょ、違うんだってば! キミもごめん、気を悪くしないでね! また!」
「あの」
 岳羽が僕に手を振って、申し訳なさそうな顔で走り込みに戻っていく。他の女子も、日頃僕を見て唾を吐きそうな顔をしている人間の姿も見えたけど、みんな満面の笑顔で「バイバーイ!」と手を振ってくれた。
 僕は頬を抓った。痛い。別に夢を見ているって訳じゃあなさそうだ。
 ゴミみたいに扱われたり、にこにこ笑い掛けられたり、本当に女子って良く分からない。
 頭を振って気を取り直し、更衣室でいつもの制服に着替えた。乱れた髪を簡単に手で直し、借りた剣道着を宮元のロッカーに戻しておく。
 そうしているところに、僕がもたついて時間を食ったせいか、剣道部の連中が着替えに戻ってきた。今日はもう部活動を切り上げるようだ。
 みんな、妙に晴れやかな顔をしている。負けて悔しい、って感情は、相変わらず彼らの顔つきの中には見て取れなかった。
「いやー、気持ち良かったぁー」
「おい宮本、お前の剣道着どこ? あの子が着てたやつ。……その、匂っていい?」
「馬鹿野郎、気色悪いことすんなって。あれ俺のなんだぜ」
「畜生、オレの貸してあげたかった……ああ、ほんっと可愛かったよな……ちっちゃくて、清楚可憐で、そのくせ鬼強くて、美人で、ああああ」
 宮本は僕に気付くと、「よう!」と笑いながら手を上げて、「お前来たのか、タイミング悪いな」と言っている。僕は首を傾げる。
「タイミング?」
「いや、部活ちょうど定員いっぱいになっちまって、募集締めきりだって」
「え?」
 宮本が僕の頭をぽんと撫でる。彼の後ろから、いかつい男子生徒がひょこっと顔を出して、「なんだ、お前入部希望者か、ちびのくせに?」と、底意地の悪い笑い方をした。お前さっき僕にぶっとばされて「参りました」とか言ってただろ。
「宮本、ダメだそいつ。どうやって鍛えても使いもんになんねーって。それよりオレらが求めるお方はただ一人! あの白雪姫ちゃんを、是が非でも我が剣道部に!」
「押忍!」
「押忍!」
「そんな訳で、お前は帰れチビ。この神聖な漢の祭典にもやしっ子は必要なし」
「わりぃな、こんなで……後でなんかオゴるから、凹むなよ。うちいっつもこんななんだ」
「はあ……」
 はあとしか言えない。なんでいきなり僕がないがしろにされなきゃならないのか分からないが、定員いっぱいになってるんじゃあ仕方がない。
 僕は諦めてすごすご更衣室を出ようとして、そこでいきなり反対側から扉が開き、思いきり顔面をぶつける羽目になった。
 見ると、水着一丁のむさくるしい男の集団と、短パンにタンクトップの、こっちもかなりむさくるしい男の集団が、一列に並んで更衣室の奥を睨み付けている。この学校怖い。
「おい剣道部! 剣道部はいるか!」
「我ら水泳部と」
「陸上部は!」
「貴様らに宣戦布告する!」
「……はあ」
 はあとしか言えない。僕は巻き込まれないように、できるだけ距離を取った。
 ほどなく、更衣室の中から、まだ剣道着を着たままの剣道部員がやってくる。
 三つの部の部員たちは、それぞれ鋭い目で互いを睨み合い、「もう分かっていると思うが」と切り出した。
「あのかわいこちゃんは、我が陸上部がGETする!」
「馬鹿言うな! あの子には水泳部が相応しい! そういう顔をしてた!」
「ふざけんな! あいつは剣道部に入るんだよ! 剣道着ちょう似合ってたじゃん! 可愛かったじゃん!」
 なんでか乱闘が起こり始めた。さっさと帰るべきか、このまま最後まで見届けるべきか決めあぐねていると、「なにこれ?」と女子の声がする。岳羽だった。他にも、さっきの女子たちもいる。
 彼女たちは、さっきとは打って変わって、また僕のことを空気かなにかみたいに感じているらしかった。僕の方を見ようともしない。
「ちょっと、剣道部ってキミたち? 人探してるんだけど。すごく綺麗な顔した男の子で、二年生の……」
「いや、今ちょっと取り込み中で、無理ッス」
「何やってんの これ」
「はぁ、さっきね、すげー子が来たんスよ。体験入部なんスけど、まず陸上部行って部員全員負かしちゃった後で、水泳部で一番速いエースをあっさり抜かしちまって、最後に剣道部で部員全員相手にして完勝しちゃったって。信じらんないけどホントで。道場破りみたいなことするもんだから、すげーイカツイ野郎ってイメージあるかもだけど、そんなのとは全然逆で、めっっっちゃめちゃ、キレーな顔した人で。小柄で、華奢で、色白で」
「え……ちょ、それ絶対彼だよ。嘘、あの子剣道部じゃないの? なんで引き止めなかったのよ!」
「着替え終わったら土下座してでも部に入ってもらおうって思ってたんだよ! 紳士に! でもなんか、ぽっと消えちゃって!」
「幽霊じゃねーの? だって、あんなにキレーな人間いるわけねーじゃん」
「俺、あの人ならお化けでもいい! 嫁にきてくれー!」
「馬鹿、お化けじゃねえ! きっと神様だ! 月光館の女神様だったんだ!」
「…………」
 なんだか、更に僕がお呼びでない状況になってきた。
 僕は肩を落とし、その場を後にした。どうやら定員に空きはないみたいだったし、これから毎日この変なテンションについていくことは、僕には無理だ。
 すごすご廊下を歩いていくと、突き当たりの階段から順平が降りてきた。こんな時間に珍しいなと思っていたら、試験の補習を受けさせられていたらしい。
「よッス。お前はいいよなぁ、頭良くてなぁー。ん? なんか元気ねーじゃん。こんな時間にどした? まさか体育館裏に呼び出されたりしてなかっただろーな?」
「いや……鳥海先生に、何か部活に入れって言われた。それで、運動部の見学に行ったんだ。でもなんか、定員いっぱいだって。俺はもやしだからいらないって言われた……」
 順平は、「そっか……」と不憫そうに頷き、「うん、お前はそういうキャラがいいよ……元気出せよ、強く生きろ」と僕を慰めてくれた。
 遠くから、まだ運動部員の喧騒が聞こえてくる。
 「灰色の美しい瞳!」だとか、「首の後ろんとこにアザと、『00』って数字のイレズミがある!」だとか、「もー、なんでまた消えちゃうのよ!」だとか、かすかに聞こえてくるけれど、それはもう運動部員になる道を断たれた僕には関係のないことだ。
 おとなしく文化部でヴァイオリンでも弾いていよう。





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管理人:ゆりんこ 2007年04月29日〜