変なのがやってきた。『帰国子女』という人種らしい。『外国人』のアイギスと同じく、いやもっとちやほやされて、特別扱いを受けている。何の肩書きもない僕とは大分違う。
 僕もなにか備考欄に書いておけば良かったかもしれない。彼らとおんなじように、『外国人』とか『帰国子女』とかだ。
 あいにく僕の肩書きと言えるものは、『復讐代行人現場リーダー』って役割くらい。それも鳥海先生に華麗にスルーされてしまった。というか書くなよ。書いたの誰だ。僕じゃない。
 転入生の望月はどうやら女子の噂が気になるようで、休み時間になると、「君ってゆかりさんの胸触ったって本当?」だとか、「満員電車で三年生の先輩のお尻触ってたって本当?」と訊きにくる。僕に直接だ。
 僕はその度に頭を振る。どうやらそれを面白がったようで、女子連中が望月に「実は宇宙人」とか、「人食い妖怪」だとか、無茶苦茶なことを吹き込むようになった。
 でも彼はそれを素直に僕に聞きにくる。「宇宙から来たって本当?」だとか、「人間が主食って本当?」「好きな子はいるの?」「まだ童貞なの?」って。何度も何度も教室中のみんなの前で、そういうとても答えにくいことを聞くのだ。
 そのせいで、黒田は望月に苛められているんだって噂が立っているらしい。
 主に噂が流れているのは男子の間だけで、女子によると「女子の敵の黒田を、望月くんがこらしめてやってくれている」になるらしい。
 何人かの男子が、「もう止めてやれよ」って望月に忠告をしてくれたようなのだが、望月はけろっとした顔で、「僕はただ知りたいことを聞いているだけだよ」と言っていた。それで、正義感に溢れる男子も何も言うことができなくなってしまったらしい。
 後はもう、望月を止める者は誰もいなくなってしまった。たまに順平が「おい、いい加減にしとけって」だとか、鳥海先生が「このクラスにいじめなんてないよね? やめてよねー」だとか、それとなく釘を刺してくれるくらい。
 なんとなく教室にい辛くて、休み時間は屋上で過ごす癖が付いてしまった。他の生徒も察してくれたようで、一度「休み時間の屋上はお前のものだ……ひとりの空間で心を癒せよ」と、涙ぐんだ男子生徒に肩を叩かれたこともあった。
 だけど望月はわざわざ僕を探し当てて、また質問責めだ。僕になんでそんなに訊きたいことがあるのか、ちょっと分からない。
「やあ、こんにちは。こんなところにいたんだ。結構探したよ」
「そう」
 僕は頷く。もう質問責めにも慣れてしまった。
 いや、僕は質問責めに遭うことは、昔から結構馴染んでいるのだ。「転ぶと痛いって本当?」だとか、「痛いってなに?」とか、「お昼の空は青いって本当?」だとか、「青ってなに?」だとか。
 ただ周りでヒソヒソやられるのは、あまり好きじゃない。
 望月は柵にもたれてぼおっと景色を眺めていた僕の隣に来て、僕と同じような格好で柵にもたれ、「君の顔の話を聞いたよ」と言った。
「すごいブサイクだってのから、実は目がひとつしかないとか、鼻がふたつあるとか、のっぺらぼうだとか、結構ひどいこと言うね、みんな。君ってどんな顔をしているの? 唇はすごく綺麗なかたちをしているよね」
「……別に、普通」
 やりにくいな、と僕は思った。唇が綺麗だとか、今まで言われたことは無かった。僕はあんまり誉められるってことに慣れていない。
「ねえ、見せてくれないかな?」
「見ても面白いもんじゃない」
「見たいんだ」
「そう」
「うん」
 望月は、僕が適当に頷いたのを同意と取ったらしい。柵から離れて、僕の顔に触る。両手で頬を包んで、「柔らかいな」と言う。
 僕は、正直なところ自分の顔ってものが分からない。便宜上付いているだけの、当たりさわりのないものだ。一応「ぎゃあお化け!」と騒がれない程度の顔ではあったと思う。
 でもほんとはのっぺらぼうだ。僕には貌がない。
 邪魔っけな前髪をすうっと上げられると、望月の顔がクリアに見えた。
 ああこんな顔をしてたんだ、と僕はちょっと驚いた。まともに人の顔なんてあんまり見ないけど、彼は確かにすごくみんなに騒がれるだろうなってくらい、整った顔をしていた。
「なんだ、聞いてたのと全然違うや」
「なにが」
「一つ目でものっぺらぼうでも、不細工でも何でもないなって。こんなに綺麗な人、僕今までに見たことない。君、すごい美人だね。びっくりした」
「はあ?」
 予想もしなかったことを言われた。みんなに散々罵倒されている僕に、よりによって美人ときた。
 こいつ僕をからかってるのかなと思って望月の顔を見てやったが、どうも冗談を言っているふうにも見えない。
「ねえ、どうして顔を隠してるの? こんなに綺麗なのに、もったいないなあ」
「綺麗って、なんだそれ。訳わかんないこと言うなよ。別に、隠してるつもりもない。ただ、あんまり人と目を合わせるのは好きじゃない。だから」
「そっか。ありがとう。君の顔が見れて嬉しかった」
 望月は、すごく大事なものに触るみたいな優しい手つきで僕の髪を整えて、「またね」と言った。
「またちゃんと君の顔を見せてよ。お話もしよう。僕君と仲良くなりたいんだ」
「仲良くって、お前俺が気に食わないんじゃなかったのか? いじめだって聞いたんだけど」
「いじめ? それ、なに?」
「いや……いいや、うん。いいけど、変なこと言い出すなよ、びっくりするから」
「変なこと?」
「綺麗だとか。からかってるつもりかよ」
「そんなことない。本心だよ。君はとっても美人だ。すごく僕好みの顔だよ。好きだな」
「…………」
 反応に困っているうちに、望月は「いけない」と腕の時計を見て、「女の子達と約束あるんだった、じゃあね」と急いで校舎に戻っていく。取り残された僕としては、それこそ妖怪か何かに化かされたような気分になる。
 あれは新手のからかい方だったのかな、と僕は思った。確かに、僕はすごく反応に困ってしまった。効果的だったと思う。
 帰国子女って良くわからない。あいつが何を考えて僕に構うのか、予想もできない。いじめにしろからかうにしろ、もっと面白い反応を返す人間が、他にもいくらでもいるだろうに。







 どうやら帰国子女ってものは、どんな奇行に走ろうが、大抵は黙認されてしまうものらしい。『帰国子女だからしょうがない。奴らはこの国の常識ってものがまだ分かっちゃいないんだ』ってふうに。
 だから、そいつを僕もちゃんと頭に入れておくことにした。帰国子女ってのは突拍子もないものなのだと。何をやらかしても、「お前は本当に帰国子女だな」と言ってやるのがマナーなのだ。そういうものらしい。
「黒田くん、あーんして」
「……うん」
「あーん、は?」
「あー」
 口を開けると、マシュマロを突っ込まれた。中にチョコレートクリームが入ってるもので、結構美味しい。
 望月はいつも食べ物を持ち歩いている。どうやら、彼のことが好きな女子に、何かにつけて貰うらしいのだ。ちくしょう、うらやましくなんかない。
 女子連中も、好意を抱いている望月にあげたのに、目の仇にしている僕が彼女達のお菓子を食ってるってのを見て、何とも思わないんだろうか。そっと辺りを見ると、なんだか悪意を感じる。睨まれているような気がする。僕の被害妄想なのか、そうでないのかは分からない。
 望月は、なんでか分からないけど、食べ物を貰うと僕のところに来る。「半分こしよう」と言う。最近また貧乏で、ろくに糖分を取っていない僕を可哀想に思ったんだろうか。でもなんでそんなこと知ってるんだ。





「望月が黒田をペット化してるらしいぞ……」
「舎弟ですらないというのか。恐ろしい奴だ」
「あれがいじめの究極形なのかな……多分さ、黒田、望月の豪邸の掃除とかさせられてるぜ。ぼろぼろの服着せられて、しもやけの手で雑巾絞らされて……」
「あいつなんであんなに可哀想なんだろ黒田……生まれ変わったら幸せになれるといいよな……」





 男子がざわざわヒソヒソやりながら、僕らを見ている。僕はもう慣れたが、望月はちょっと可哀想だ。まあ僕に自主的に寄ってくる彼が悪いんだから、自業自得と言えなくもない。
「ねえ、君部活入ってたでしょ。文化部の……」
「管弦楽部?」
「そう。僕も部活、入ろうかなって思ってね。ヴァイオリンなんかすごい格好良いじゃない。弾いてみたいなって。楽器とか触ったことないんだけど、大丈夫かな」
「ああ、いいんじゃないか。部長に言っておく。俺もヴァイオリン。簡単なことなら、教えられるから」
「あ、君ヴァイオリンなんだ。じゃあ僕、ピアノにしようかなあ。君のヴァイオリンに合わせて弾くんだ。すごく素敵だと思わない?」
「さあ……そうなのかな」
「うん、ふふ。楽しみだな」
 望月は微笑んで、「君の指って、さすが楽器に触れるだけあって、とても繊細なんだね。綺麗だよ」と僕の手を取って、うっとりと見つめ、目を閉じ、キスをした。
 僕はさすがにちょっとびっくりしたが、ああこいつは帰国子女だったと思い出し、納得してしまった。帰国子女なんだからしょうがない。





「なあ……あれっていじめ……なんだよな……」
「なあ、ちょっとなんか、変なことになってるけど、いいのか? 誰か止めてやらなくていいのか?」





 またざわざわヒソヒソしている。このクラス居心地悪いなと僕は考える。
 言いたいことがあるなら、面と向かって言えば良いのに。復讐してやる。







 部長に望月の話をしたら、部員が増えたことを素直に喜んでいた。
 山岸は望月の噂を色々聞いているらしく、はじめは微妙な顔つきでいたけど、「うん、けど彼そういうの似合いそうだね」と言っていた。
 望月本人は「ほんとにいいの?」と早速花を飛ばしていた。すごく嬉しそうだ。
「来週……はもう修学旅行だから、再来週か。好きな時に来てくれって。管弦楽部の女子が、お前が来るって聞いてすごく喜んでた」
「へえ、嬉しいな。可愛い子はいるかい?」
「良く分からないけど、山岸は可愛いと思う」
「うん、可愛いよね彼女。昨日ね、ちょっと話したんだけど、優しそうな素敵な人だったな。君は、ああいう子が好みなのかい?」
「好みって?」
「好みのタイプの女の子なのかなって」
「さあ……女子は、ちょっと苦手」
「えっと、そっか。男の子が好きなの?」
 ちょっと赤くなって、望月が言う。改めて男が好きかって聞かれると、ちょっと変な気がする。僕は首を傾げ、「特別に好きとか考えたことない」と答えた。
 そんなことを話しながら玄関を出て、校門に差しかかったあたりで、僕はなんでこんなに自然に望月と一緒に帰ることになってたんだって疑問を、今更感じた。気付いた。我に返った。
 望月はいつも女子と一緒に帰るのだ。また誰かに見つかって、「あんたが望月くんの隣にいるなんて百年早い」と襟首を掴まれ、投げ捨てられるんじゃないかと危惧したが、幸いにも今の僕らの周りには、望月の親衛隊だか取り巻きだかはいなかった。
「どうしたの? そんなキョロキョロして」
「いや、あまりお前に近寄ると、女子にひどい目に遭わされるから」
「それを言うのは、僕のほうだよ。君と仲良くしていると、昼間のうちはアイギスさんが怖いからね。彼女、君のことが好きなんだよ」
「好き? 俺をか?」
「意外そうだね」
「いや、女子に好きだとか言われた経験がない」
「嘘。そんなに綺麗な顔をしてるのに」
「だから、綺麗じゃないから」
 ポートアイランド駅まで歩いて、そこから一駅。巌戸台駅で降り、しばらく歩く。僕と望月は、おんなじ道のりを歩いていく。
「君家どこ? 僕んちこの近くなんだけど」
「俺も」
「へえ、もしかするとすごいご近所さんだったりね。ねえ、君んち行っていい?」
 僕はそこで、特に考えずに頷こうとして、はっとした。この時間に寮に帰ろうものなら、まずあの宇宙人みたいなエセ管理人目当てにやってきた女子の群れに鉢合せするだろう。望月もすごくもてるものだから、キャーキャー言われて収拾がつかなくなるかもしれない。
 加えてあのうさんくさい自称僕の叔父は、例の無表情で、やあやあうちの甥っ子をよろしくだとか余計なことを言うかもしれない。あの男僕より弱かったら絶対もう灰にしてやっている。でも強過ぎる。覇王だ。この僕が不意打ちでも勝てないなんて、絶対おかしい。
 運良くそこを無事突破できたとして、二階は異世界だ。キてる僕の兄弟が、それぞれ残り少ない余命を謳歌している。もしかしたら、運が悪ければ武器が転がっているかもしれない。死体も転がっているかもしれない。
 そんなものを見られたからには生かしてはおけない。僕は特別に望月を嫌ってるわけでもなかったし、事後処理も面倒そうだ。
「だ、ダメだ。うち、狭いし、なんか変なものいっぱいあるし、とにかくダメ」
「そう? 残念だな。じゃあ僕んちに来ない? 寮なんだけど、すぐそこなんだ」
「あ、ああ。それなら、べつに……」
 僕は頷く。それならまあ別にいい。
 望月に連れられるままに歩いて行くと、僕の家が見えた。
「ここだよ」
 彼がにっこり笑って手で示したのは、僕の寮の裏手にある巌戸台分寮だった。
 例の正義の味方気取りのペルソナ使いたちの潜伏基地だ。
「……ここって、お前」
「うん? あ、君来たことあったかい? もしかして」
「あ、ああ。前に、ちょっと寄せてもらったことがあって」
 余計なことを言いそうになる前に慌ててごまかして、「へえ、お前ここ住んでんだ」と僕は言った。我ながら白々しいなと思ったが、望月は特に怪しんだふうもなく、「うん、いいでしょ」と言った。
「可愛い女の子がたくさんいるんだあ。みんなとてもアットホームって言うのかな、これ。一人暮しって初めてなんだけど、おかげで寂しくないよ。さ、入って、どうぞ」
「うん」
 僕は頷き、望月に言われるまま、巌戸台分寮の中へ入っていく。「お邪魔します」と言う。
 内装は、僕が住んでいる寮にとても良く似ている。外国のアパートメントとか、ホテルとか、そんな感じだ。もしかすると、昔はひとつのホテルとして使われていたのかもしれないなと僕は考えてみた。どうでも良いけど。
「来客用の記帳は?」
「ないんだ。一緒のでいいよ」
「分かった」
 ラウンジには誰もいなかった。僕はほっとしながら、カウンターの上に置いてある記帳台に『黒田栄時』と書き込んだ。僕の前には真田『先輩』と山岸、それから「天田」って知らない名前が記されている。
 順平はまだ帰っていない。彼は友人が多いみたいだったから、誰かとまだ外で遊んでいるんだろう。
「僕の部屋、二階なんだ。一番奥の部屋。何にもないところだけど」
 望月が、僕が名前を書く前にひとつ空けておいた欄に記名して、「さあ行こうか」と言う。僕は頷く。





 望月の部屋には、ほんとに何もなかった。最初から据え付けてあったベッドや、空のラック、テレビが寂しげにぽつんと一台。そんなものだけだ。
 ほんとに何もないなと思ったが、まあ彼はこっちに越してきて間もないのだ。無理もない。
 そう思っていたら、どうやらここへ越してきたのはつい昨日の話だって言う。
「ちょっと色々あってね。こっちの方が便利だって言うんで、移ってきたんだ。引越し、最初はすごくばたばたするもんなんだねえ」
「うん、分かる」
 僕は頷く。良く分かる。ここへ来るまで、僕は兄弟と一緒にいろんなところを点々としてきたのだ。
 大体が家賃が払えずに追い出され、路頭に迷い、なんとか住める場所を見つけ、それからまた追い出されるっていう無限ループだった。
 古いアパートや、屋根が付いた廃屋、取り壊し前のぼろぼろのビルなんかに住み付いていた。後者ふたつは家賃こそ払わなくても良かったが、電気もガスも水道もないものだから、大分苦労した。
 僕の大事な荷物なんてのは大体二つだけだった。召喚器と抑制剤。ポーチに入るくらいかさばらないものだったから、いつも手ぶらで引越しだ。
 あの頃に比べたら今は天国みたいなものだったが、この生活ももうあまり長くは続かないだろう。ちょっとしたアクシデントがあったもので、じきに今の住処も引き払わなきゃならない。年末まで持てば良い方だ。
「あ、床なんか座っちゃダメだよ。冷たいでしょ。ベッドに」
「いいのか?」
「うん。ね、君は何が好き? 自販機で買ってくるよ。四谷さいだぁとモロナミンGと、剛健美茶だったかな」
「あ……モロナミンG、好き」
「ちょっと待っててね。すぐ戻ってくるから、くつろいでて」
 望月が部屋を出て行く。足音が遠ざかっていくのを確認して、僕は急いで床にはいつくばった。ベッドの下を見ると、思った通りだ。
 僕のものよりいくらも新型の、目が痛くなるくらいに眩しい銀色の召喚器がある。その横に、異様にバレルが長い黒色の拳銃が二つ並んでいる。かなり大きいものだ。重量もかなりあるだろう。
 あいつもしかしてこれ使ってんのかなと考えて、僕はぞっとした。こんな重そうなものを、あの僕よりひょろひょろの腕で持ち上げられるのか。
 お前は刈り取る者でも気取るつもりなのか。死神タイプなのか。怖いぞ。こんな獲物を構えた奴とは、すごく影時間にエンカウントしたくない。
 足音が戻ってきた。
 僕は慌ててベッドに座り直し、何でもないふりを装った。望月も見られたくないだろうし、僕もあんまり見たくなかった。いや、敵勢力の武器をチェックするってのは、すごく大事な仕事だとは思うが、昼間は女子の話しかしない、暴力とは無縁の平和主義者然としたやつが、影時間に返り血を浴びて大暴れしてるって、すごいホラーだ。意外性が恐怖を呼ぶ。知りたくなかった。僕の望月に対するイメージが、かなり変わった。
「お待たせ」
「あ、うん」
「そうだ、何にも見てないよね?」
「見てないけど」
 にっこり笑って望月が言う。僕はぞっとして、つい『ひい』と悲鳴を上げそうになったが、なんとか押し止めて、「なんだ、見られて困るものでもあるのかよ」と言ってやった。生まれつきポーカーフェイスって、すごく素敵だ。僕はこのお陰で、何度命を取り留めたろう。
「やだな、君の部屋にもあるでしょ? 見られたくないものがね」
 望月が笑って言う。僕は、またぞっとする。
 お前僕の部屋に何があるかって、知ってるのか。念には念を入れていたら、いつのまにか武器庫になってたってのを知ってるのか。
 お前ももしかして、サードアイ持ちなのか。見ただけで僕の個人情報その他を見抜いてしまったのか。僕が復讐代行人だってばれているのか。
 でもそれなら何で攻撃してこないんだ。まさか僕になど不意打ちされても小指で捻れるって絶対的な自信があるのか。こいつ怖い。帰国子女怖い。
 僕はガタガタ震えそうになるのを必死に我慢しながら、「なんでそんなこと分かるんだよ」と訊いてやった。恐怖を見せたら負けだ。やられる。
「そりゃわかるよ。君も男の子だもん」
「お、男の子だったら、何でも分かるのか?」
「ふふ、焦っちゃって、可愛いなあ」
 望月が、僕の頬に触れて言う。僕はまた悲鳴を上げそうになる。
 こいつのこの余裕がすごく怖い。『焦っちゃって可愛い』って、まず間違いなく上からの物言いだ。こいつのレベルは何だ。99か。99なのか。
 こいつ絶対ストレガより怖い。何なら僕の兄弟にアンケートを取ったっていい。
「やっぱり、君もそういうことに興味は持ってるんだよね。良かった。ね、もう一度質問しても良いかな? 君の好みのタイプって、どんな子?」
「え……と、」
 僕は困ってしまった。僕が特に呼び出すのは、二体だ。ルシファーとサタン。
 でも好みと言われると、見た目も結構大きい。ジャック兄弟やおうさまなんて最高だ。オルトロスやイヌガミも悪くない。アリスは可愛いけど、ちょっとうるさい。
「いや、その……望月は、どうなんだよ」
 でも最強の僕が、たったレベル8のジャックフロストを溺愛しているなんて、言える訳がない。逆に訊き返すと、彼は柔らかく笑って僕の髪に触れた。
「綺麗な青色」
 彼が言う。
「すごく繊細な、白い肌だ。可愛くて、綺麗な子だね」
 僕ははっとする。なんだと、と言う気分だった。彼が並べた特徴は、あまりにも僕の好みと一致していた。
 ヒーホーくんって、すごくいいと思う。
「お、俺も」
「うん?」
「俺も……結構、嫌いじゃない……」
 僕は赤くなる。さすがにちょっと恥ずかしくて、俯く。『お前、十七にもなって、男がフロストくんかよ。抱いて寝てるのかよ。キモイ。そのぬいぐるみが可哀想だ。むさくるしいって泣き声が聞こえた。だから私に寄越せ』と毎日チドリに罵倒されているが、おかしいことじゃあなかったんだ、やっぱり。
 だってぼろぼろで汚いものだけど、小さい頃から一緒だから、なんだか安心するのだ。僕は悪くない。
「ほんとかい?」
「あ、ああ」
「じゃあ僕ら、両想いなんだね」
「う、うん?」
「嬉しい……君の顔を見せて」
 望月が、両手で僕の髪を分け、額にキスをした。『両想い』ってなんだ。おんなじものが好きだってのは、『おそろい』になるんじゃあなかったか。
 それにキスってのは、喧嘩の後の仲直りの時にすることじゃなかったか。僕らは喧嘩はしていなかったと思うけど、まあ望月は帰国子女だし、しょうがない。
「はじめてかい?」
「はじめて?」
「うん、大丈夫。優しくするね」
 何でか分からないけど、望月が僕にぎゅっと抱き付いてきた。そのまま体重が掛かって、ベッドに倒れ込む格好になる。
「望月、なに」
「君のこと、もっと良く知りたいんだ。一番仲良くなりたい人とすることだよ」
「ん? うん」
「頑張るよ。君をすごく気持ち良くしてあげる。だから力を抜いて――
 望月が顔を赤らめて、「僕に身を委ねて」と言う。
 ちょっと呼吸が早い。なんだか興奮しているみたいだ。
 二人分の体重が掛かって、ベッドが窮屈そうにぎしっと鳴った。
「黒田くん、君を愛――





「おーい! りょ、う、じっ、くーん! 黒田クン来てんのって、お前んトコだよな? お二人さーん、遊ぶならオレっちも混ぜて! 対戦やろーぜ、真田さんも呼んで四人対戦!」





 部屋の扉がドンドン鳴った。どうやら順平が帰ってきたらしい。
 僕の上に乗ってた望月は、固まった後でがくっと項垂れた。「恨むよ順平くん……」とか言っている。
「黒田くん、ごめんね」
「ん? ああ、別に構わないけど」
 彼が乱れた僕の服と頭を、手際良く整えてくれた。どうしていきなり謝られたのかは分からなかったが、僕は頷く。順平がうるさくしてるのは今に始まったことじゃない。望月が転入してくる前からそうだった。
「今度、ゆっくり可愛がってあげる。誰にも邪魔されないところでね」
 ベッドから立ちあがりしな、望月が低い、小さな声でぼそっと言った。
 僕はまたぞっとする。得体が知れないなりに結構友好的で、『仲良くなりたい』とか言われて、不本意ながら気を許しかけていたところでこれだ。
 それは死刑宣告か。助けを呼んでも誰も来ないところで、散々いたぶって苦痛を与えた上で殺してやるって意味か。ダメだ、望月怖すぎる。





「やあ、おかえり順平くん。車に轢かれたり、通り魔に襲われたりしなかったんだね。不幸な事故がなくて、友達としてすごくほっとしているよ」
「あ、あれ? リョージさん、なんか、怒ってね……?」





 そう言えば順平がやってくる前に望月が言い掛けていた、『きみをあい』って、何だったんだろう。彼は一体何を僕に伝えようとしたんだろう。
 僕はちょっと考えて、また寒気がした。望月はきっと、こう言おうとしたんじゃあないだろうか。





『君をアイスみたいにしてやろうか』





 ドロドロのぐちょぐちょにされる。
 最大火力で、骨も灰も残さず溶かされる。
 もういやだ、望月怖い。S.E.E.S怖い。人間怖い。タルタロスに帰りたい。
「おー、いらっしゃい黒……アレ? なんでそんな部屋の隅っこでガタガタ震えてんの? ……あの、お前あいつに一体何したの? リョージ君」
「あ、あれ? ほんとだ。どうしたの黒田くん、そんなに順平くんの顔が怖いのかい?」
「いや、間違いなくお前だと思うんだけど……な、もうやめてやれよ……許してやれよ……そいつなんも悪いことしてねェよ……」
 順平が心底不憫そうな顔をして、僕を見ている。不憫なのはお前のほうだ。こんな怖い奴が仲間なんて、苛めに遭ってないか。大丈夫か。順平は馬鹿だけど悪い奴じゃないから可哀想だ。




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管理人:ゆりんこ 2007年04月29日〜