「対戦しようぜ」と誘われたが、順平の部屋はあんまり汚くて足の踏み場もなかったから、結局望月の部屋で四人肩を並べてゲームをすることになった。僕と順平と望月と真田『先輩』。
 車を操作して順位を競うカートゲームだった。僕の操作するデキシー・カートは負けなしだ。常にトップをキープしている。
 順平は「ちくしょー、お前ゲーム強過ぎ!」と喚いていたし、真田先輩は「くそっ! 負けん!」と相変わらずうざいことこの上ない。望月は、「わあ君すごいや」とにこにこしている。……ちょっと怖い。後で覚えてろ、とかきっと考えている。
「くそ、ここまで俺に屈辱を感じさせるとは、美鶴とあの女に続いてお前で三人目だ……!」
「真田さん、ニ次元デスから。黒田クン怖がっちゃうから、ガン付けるのやめてやってくださいよ。ネ? い、いやー、それにしても、最近良く話聞きますね、あの女が、あの女がって。真田サン、もしかしてその子のこと好きなんスか?」
「な……馬鹿な、ありえん! 奴は人殺しだ!」
「えっちょ、待、た、例えだから! 黒田くん、例えだから、ねッ?」
「何故だ……何故奴のことがこんなに気になるんだ! 白黒コンビの黒い方……ッ! 寝ても覚めても、あのいけすかない顔が目の前にちらついて消えん!」
「先輩、それはやっぱり恋ですよ。女の子たちの人気者の真田先輩が気になる子って、どんな子なのかなあ。きっとすごい美人なんだろうなあ」
「馬鹿な! 俺が……恋!?」
「あーも、なんかワリ、黒田……この人タチ、たまに普通の人に見えない世界が見えるらしくってサ。全部寝言だから流してくれ」
 僕は「うん」と頷く。順平も大変だ。馬鹿ばっかりだから、きっとフォローも大変なんだろう。
 だって本人が馬鹿の順平が、フォローに回っているのだ。絶対間違ってる。
「今日、みんなで晩飯はがくれ行くんだけどさ、お前も行くだろ? 真田サン、荒垣さんに連絡入れといた方がいいッスかね。一人増えるって」
「む。そうだな」
「あ、いや」
 僕は「お構いなく」と言う。ラーメンは死ぬ程食いたいが、なんとなくすごく気まずいメンバーになりそうな気がする。
「ええ、行かないのかい? もしかして君、大人数が苦手なのかな? じゃあ二人きりで、静かで人気のないお店に……」
「行かせていただきます。ラーメン大好きです」
 僕は、間髪入れず頷いた。断わったら静かで人気のない山奥の店に連れ込まれ、『服を脱いでください』だとか『身体中に塩とクリームを揉み込んで下さい』とか書かれた扉をくぐらされ、僕自身が食材にされてしまうのだ。
 ちょっと額に脂汗が浮いているが、僕の恐怖は気取られなかったろうか。大丈夫だったろうか。そうであることを祈りたい。
「今もう六時か。そろそろ腹減ったなー。あそこ混むから、もう向かってたほうがいッスかね」
 真田先輩が「そうだな」と頷く。望月は「みんなでごはんって楽しいね」と花を飛ばしている。こういう所を見ているとすごく無害な奴に見えるのだが、これは罠だ。望月はこうやって僕を油断させておいて、いきなりぼそっと怖いことを言うからひどい。
 順平と真田先輩がそれぞれ自室に戻り、財布をポケットに突っ込んで戻ってくると、僕ら四人でラウンジに降りた。
 どうやら女子連中も一緒らしい。岳羽ゆかりは「げ、そいつも一緒?」だとか顔を顰めている。山岸は「こんにちは」と微笑み掛けてくれた。彼女はとてもいい人だ。できるだけ長生きさせてあげよう。
 なんでか小学生までいる。犬は、さすがに留守番みたいだ。
「ゆかりッチ、そうピリピリしてやんなって。ダイジョブだって、こいつ近付けねーからさ。なぁリョージ?」
「うん、この子は僕が貰うから、心配はいらないよ。どこへ行く時も離さないからね。ずっと一緒だよ」
「……な、なんか良くわからんが、そーいうことで。おいリョージ、フォローの仕方ちょっとオーバーだって。女子ヒイてる。オレっちもちょっとヒイた」
「ひどいなあ、本心なのに」
「お前の冗談の狙いどころって良くわかんね……そ、そうだ。桐条先輩とアイギスは?」
「すぐ降りてくると思うけど……」
 山岸の言うとおり、桐条美鶴とアイギスはすぐに降りてきた。「やあ、君か」と声を掛けられて、僕はちょっと後退り、「どうも」と声を掛ける。
「君、美鶴さん苦手なの? あんなに美人なのに」
「うんうん、わかるぜえ。お前みたいな奴にとっちゃ、オーラが強過ぎて近寄りがたいんだよなぁ」
 好きなことを言われている。
「……綾時さん、その人に近寄らないで下さい」
「ごめんね、いくら可愛い君の頼みでもそれは無理だよ」
「アイギス、こっち。あんまりそいつに近寄らないの。服でも脱がされたらどうするの」
「だからゆかりッチ……黒田クンはそんな漢じゃないって……」
 結構な大人数になった。寮を出て、のろのろと歩きながら、座れるといいなってざわざわ言っているところで、いきなり山岸が「きゃあ!」って悲鳴を上げる。
 頭痛でも起こしたのか、アスファルトの地面に蹲り、両手で頭を押さえている。
「どうした?」
「どうしたの?」
 僕と望月の声は揃っていた。同じ動作で、両側から彼女の顔を覗き込む。
 山岸が顔を上げる。僕の顔をじっと見て、急ににっこり微笑んで、言った。彼女の声じゃなかった。
「遅くなるなら連絡入れろ」
「……はい」
 僕は一瞬固まったあとで、心当たりがすごくあるもので、頷き、ポケットから携帯を取り出して、登録してある番号を呼び出す。うちの寮のものだ。
『はい、もしもし?』
「あの……管理人さん、今日、帰り、遅くなります……」
『ああ、そうなんだ。了解。晩飯は? 用意できてんだけど』
「あの……帰ってきたら、ちゃんと……今からおやつ食べてきますので」
『うん、テーブルの上に置いとくから、チンして食ってね』
 僕は通信を切って、ふっと巌戸台分寮の裏手を見遣った。建物の合間から、僕が持っているものと似たようなタートルネックのセーターとエプロンって管理人然とした姿で箒を持っている、見慣れた姿が見えた。
 相変わらず気だるそうな顔で携帯を見ていたが、さっさと折り畳んでポケットに仕舞い、帰ってきた寮生に「やあおかえり」とか言っている。あの寮に住んでいるのは、僕らだけじゃあないのだ。
「ふ、風花? どうしたんだよ?」
「あ、あれ? 私、今」
「や、山岸。すまない、気を遣ってくれて。そうだよな、寮に連絡入れとかなきゃだよな」
 僕は慌ててなんとかフォローした。多分あの宇宙人が、変な電波を飛ばしたんだろう。それを僕よりも精度が高い彼女が受信してしまったのだ。
 あのオッサン得体が知れなくて怖くて嫌なのだ。なんで僕の周りには、怖い人間ばかり寄ってくるんだろう。
 みんなは「大丈夫?」と首を傾げていたが、山岸が急に何かを受信するのはもう慣れっこらしく、特に騒ぐわけでもなく、さっさと彼女を助け起こしてやっている。サポート特化型のペルソナ使いが身近にいると大変だ。僕もそれは良く分かる。







 はがくれに入ると、微妙に嫌そうな顔をした荒垣さんがいた。客じゃない。アルバイトだ。店のカウンターの奥にいる。
 彼は「お前ら何しに来た」と嫌そうな顔をした後で、彼らの中にまぎれている僕を見付け、すごく渋い顔になって、「ちょっと失礼します」と言って、客席の方にやってきた。
「ようシンジ。見れば分かるだろう。飯を食いに――
「ちょっと借りるぞ。おい、お前顔貸せ」
 そのまま荒垣さんに首の後ろを掴まれ、ずるずる引き摺られて店の外まで連れて行かれた。階段の踊り場でようやっと解放されたと思ったら、今度は胸倉を掴まれた。
「お前、何してんだ……! なんでウチの顔ぶれの中に、テメェがものすごく自然に溶け込んでんだ」
「不可抗力です。何故かこんなことになってしまったのですよ」
「テメーんトコの兄貴の口真似したら逃げきれるとか思うんじゃねぇぞ。そうじゃねぇだろ、なんでだ。なんで誰もお前に気付かねぇんだ。こないだ一回お前バッチリ全員に顔見られてただろうが。ドンパチやらかしてたろうが。つーか、生きてたのか? あんな高いトコから海に飛び込んで、なんで生きてんだ」
「ですよね、僕もおかしいって思ってたんです。あの後、なんとか助かったのは良いんですが、顔を見られたし、困ったなって思ってたんですよ。そうしてるとこになんか、コンビニで順平に会ったんですけど、あいつ僕の顔忘れてるみたいで、「サボらずに学校来いよ」って。「いじめられたら助けてやるからな」って。……というか、あいつらみんなバカじゃないんですか?」
「……まあ、バカだな」
「一晩経ったら人の顔忘れるとかありえないと思うんですけど」
「お前の場合は多分、あんまりにも別人過ぎてわかんねぇんだろ。実際前にお前に話し掛けられてなきゃ、俺だってわかんなかったろうよ」
「なるほど……制服ってそんなイメージ変わります? 便利ですね」
「いや、服じゃねぇ。着るもんとかじゃねぇ。頼む、気付け。お前のおつむにいろいろ突っ込ませてくれ」
 荒垣さんが、「ストレガはアホの集団だ」とか心外なことを言っている。ほんとに心外だ。確かにうちの兄弟はアホ揃いだが、僕は天才だ。学年トップだし。
 とりあえず、僕は荒垣さんに「内緒にして下さい」と口止めしておいた。重要なことだ。
「心配しなくても、ここで悪さはしませんよ。だから黙ってて下さい」
「お前、何を勝手なこと、」
「僕もいろいろあなたの知られたくないことを知ってるつもりなんですがね」
 荒垣さんは舌打ちして、忌々しそうに僕を睨んだが、分かってくれたらしい。「テメーはろくでもねー」と言っている。僕は頷く。
「大丈夫です、あなたのこともばらしませんよ。実はコロマルって犬をコロちゃんと呼んで溺愛しているとか、街中の野良猫に名前を付けて餌をやってるとか」
「そっちかよ!」
「あなたってほんとにいい人ですよね。あとアイス食べたいです」
「うるせえよ! テメ、俺の顔を見たらたかろうとするな!」
 どやされた。この人は怖い顔をすると本当に怖いので、損をしているなと思っていると、横から「そこ、ちょっと止めて下さい!」と声を掛けられた。
 見ると望月だ。大分緊張した様子で、垂れ目のくせに頑張って荒垣さんを睨んでいる。
「そ、その子に手を出さないで! 乱暴しないで下さい! 大丈夫かい、心配はいらないよ。僕が君を守るからね」
「……あ? 乱暴なんざしてねェよ。ただ話してただけだ。なんでもねぇよ」
 荒垣さんが、げっそりした顔つきで僕をひょいっと放り捨てる。
 望月が慌てたふうに、僕を抱き止める。「大丈夫かい、怪我はないかい」と心配そうに言う。
「ごめんね、あの人見た目は怖いけど、ほんとはいい人なんだよ。昨日の晩ラウンジでコロマルに、「オメーも毛並みツヤツヤんなってきたじゃねぇか、コロちゃんよ。はは、バカくすぐってぇよ、やめろ」って言ってたの、トイレ行く時に見ちゃった。犬が好きみたい」
「うわー!」
 荒垣さんが真っ赤になっている。この人面白いなと僕は考えた。顔はすごく怖いのにいい人だ。
 店に戻りしな、「まあ食ってけよ」と頭を叩かれた。これは黙っててくれるって取って良いんだろうか。





「で、真田サンにもとうとう春が来ちゃったらしいんスよ〜」
 順平がニヤニヤしながらしたり顔で言う。春ってのは、例え話らしい。熱っぽい顔になって、ふわふわしちゃう病気のことみたいだ。水疱瘡や三日麻疹みたいなものらしい。
「明彦に春? それは本当か伊織」
「そりゃもう。あ、荒垣さんも意外そうな顔してるッスね」
「そりゃあな。アキの野郎にそんな甲斐性があったとはな」
 話題になっている真田先輩は、何も言わずにラーメンに集中している。どうでもいいのか、具合が悪いのであえて無視しているのかは知らない。
「美味しいね」
「美味しい」
 隣の望月が、僕ににこっと笑い掛けて言う。僕は頷く。確かに美味い。僕は無表情だとか鉄面皮だとか言われるが、美味いものを食べた時にはそれなりに感動しているのだ。
「相手ってのが、黒いボンデージスーツ着た、女王様系のセクシーでビューティーな女子なんスけど。身体つきとか服とかお色気全開で、妖艶っつーんスかね。そんな感じなんだけど、顔の方は女王様っつーよりも子悪魔系で、ギャップ萌え? っての? そりゃカワイー子でしたよー。ネッ、真田サン?」
「ばっ、馬鹿、何をいい加減なことを言っている! あいつは敵だ! 確かに惚れ惚れするほど強かったのは確かだが……か、顔立ちも非常に美しかったのは確かだが!」
 真田先輩がいきなり立ち上がって、順平を「ふざけるな!」と怒鳴り付けている。どうやら具合が悪くて無視、の方だったらしい。
「あ、口、横んとこ。ネギついてるよ」
「横?」
「うん」
 箸を止めて、どうしたもんかなと困っていると、望月が僕のほうに顔を寄せて、僕の唇を舐めた。そして「綺麗になった」と笑う。親切モードだ。
 なんでか隣の席に座っていた、会社員だろう、背広の男性が、僕らの方を見て固まっている。レンゲをどんぶりの中に落としている。どうしたんだろう。
 みんなは真田先輩の話題が余程面白いらしく、彼を穴が空くくらい凝視して、わいわい騒いでいる。楽しそうで何よりだ。
 ただ望月は、話題についていけずあぶれている僕を哀れに思ったのか、僕をじっと見つめている。にこにこしている。幸せそうだ。
「なに?」
「うん、君がごはん食べてるところって、すごく可愛いなって」
 僕は首を傾げる。
「いやー、それがわかんねんスよ。名前とかも全然。ただ、オレっちのエンジェルの相方の子らしいんスけど」
 がしゃん、と大きな音がして顔を上げると、どうやら荒垣さんが食器を落っことしてしまったらしい。ちょっと強張った顔で、なんでか僕の方を見ている。
 僕は幽霊みたいなもんだと思ってくれれば良いのに、やっぱり気になるんだろう。彼は良い人なのだ。
「い、いや……おい伊織、話の腰を折るようだがよ、あいつは……男じゃ、なかったか……?」
「あ、ですよね! 私も男の子だと思います、あの子!」
 岳羽がぱっと手を上げて、荒垣さんに同意している。
 順平は不満そうだ。「はぁ? ぜってー女の子だって」と言っている。真田先輩も順平と同意見らしい。頷いて、「当たり前だ、あんなになよなよした男がいるか」と言っている。
 彼はいつもこういうふうに、人を貧弱扱いする癖があるらしい。たぶんあの男の頭の中では、逆三角形以外の男はみんなもやしなのだ。自分のヒョロヒョロさは棚上げされるらしい。
「あ」
「ああ、やっちゃったね」
 望月がくすくす笑っている。どんぶりを傾けてスープを啜っていると、前髪をべったり浸けてしまった。
「はいティッシュ」
「ありがとう」
 望月に礼を言って手を差し出すと、「ううん、大丈夫だからじっとしてて」と言われた。僕の額に触れ、丁寧に汚れを拭き取ってくれる。
 こいつって優しいのか怖いのかわかんないなと僕は考えた。反応に困る。





「う、うおおお……生ゴミだと思ってたらプラチナウォッチが出てきた……!」
「いや、プラチナウォッチなんてもんじゃあない! ダイヤモンドだ! この光はまぎれもなく圧倒的に輝くテーラー・バートンだっ!」





 いきなり他の席の客が騒ぎはじめた。ふっと見ると、熱っぽい顔をした何人もの人間が、何故か涙を流しながら立ち上がり手を叩いている。「こっち見たぞ! あの人が俺を見た!」だとか「違うわよ、あのお方は私を見たのよ!」だとか叫んでいる。妙な人間はいるものだ。
 「なにあれ」って声が聞こえたから、みんなも気になったんだろうけど、それよりも自分達の話を優先したらしい。振り向くと、もうみんなまた元の話題に戻っていた。真田先輩ってうざいけど愛されてるんだな、と僕は感心した。彼らはすごく楽しそうにしている。
「絶対男の子だよ! だってあんなに漢らしいんだもん。私すごく傍で見たことあるし。彼、私を助けてくれたの。初めてあの大型シャドウが襲ってきた日に、真田先輩がやられちゃってすごくピンチの時、颯爽と夜空から現れて、「怪我はないか、岳羽ゆかり」って――き、気になってなんてないんだけどね!」
「いや、女だ! あの怒らせた時の反応、美鶴に通じるものがあった。それに何より美しい。くっ、不本意だが、俺はあんなに美しい女性を見たことがない……!」
「あの……私も女の子だと思います、あの子。だって、運動会の日に女子の体操着で参加してたし」
「な、なにっ? あいつ、月光館にいたのか?」
「あ、はい。ブルマでした」
「ば、馬鹿な……ブルマだと? 破廉恥過ぎる! すぐに探し出して注意しなければ!」
「……おいアキ、鼻血出てっぞ。とりあえず落ち付け。多分、殴られたせいで色々記憶が歪んじまってるんだ」
「うーん、なんか面白いコトになってきましたねぇー。あのコが女子なら真田サンの勝ち、野郎ならゆかりッチの勝ちってコトで、賭けするってのはどうかなー」
「勝負なら受けて立つぞ!」
「アキ……頼むから落ち付け……二メートル先の現実を見ろ」
「悪いが、シンジ、お前が何と言おうと俺は引かん! 負けられん!」
「え……賭けとか、ちょっと勝手なこと言わないでよ」
「あ、やっぱゆかりッチ自信ないんだ。じきに真田さんの彼女見て、私こないだまでキミのこと男の子だと思ってたんだよアハハ〜ってことに……」
「あ、あるに決まってるでしょ! ふざけないでよ、賭けようじゃないの! ラーメン全員分でも!」
「じゃあオレっちも女の子派で〜。つか、あの子といつも一緒にいるのが野郎とかマジ許せないんで、一票」
 なんだか白熱してきたみたいだ。「楽しそうだね」と望月が微笑ましそうに彼らを見遣った。「そうだな」と僕は頷く。確かに、すごく仲が良さそうだ。
 でも僕は彼らの敵なんだから、ハミられようが何とも思わない。僕の仲間は絶対に友達とは呼びたくないキてる奴らばっかりだけど、思想的には彼らよりも随分まともなのだ。ちくしょう、くやしくなんかない。
「あ、望月。おまえもついてる、口」
「そう? ね、取って?」
「うん」
 僕は頷いて、望月の口の横についていた麺の切れ端を舐め取ってやった。まったく子供か。世話が焼ける奴だ。
 彼は照れ臭そうにちょっと赤くなって、ふわっと笑い、「ありがとう」と言った。
 こいつは多分、元々いい奴なのだ。S.E.E.Sなんかに引っ張り込まれて、変なことを吹き込まれてしまったんだろう。だからたまに怖いのだ。性格を曲げられちゃったんだ。きっとそうだ。





「ちくしょおおおう! ダイヤが……あの美しいダイヤが、すでに人の手に渡っていたなんて!」
「こうなっては、あのお方が持ち主に死を呼ぶホープのブルーダイヤであることを祈るのみ!」
「ほくろ死ねばいいと思う。ほくろ死ね」
「きゃあああ! 超美形×超美形! はがくれありがとう! はがくれ生きてて良かった!」





 また客席が騒がしい。何だろうなと思って見遣っても、良く分からない。客連中が泣いたり笑ったりしている。
 「今日のはがくれなんかおかしくない?」って岳羽の声が聞こえる。僕もそう思う。ビンゴ大会でもやっているんだろうか。
 僕はさっさと乱れた髪を直し、残りのスープを啜って、手を合わせて「ごちそうさまでした」と言った。
 見ると望月のどんぶりには、まだ半分くらいラーメンが残っている。腹が減ってないのかなと思ったら、「君がラーメン食べてるとこ見るのに夢中になってた」と言う。
 変なやつだなと僕は思った。そんなんじゃ、食いっぱぐれてしまうだろうに。
「でもですよ、それ、正解は誰が教えてくれるんですか? あいつら海の藻屑になっちゃったじゃないですか」
「あ……」
 小学生がぽつりと言うと、しんとなった。今度はみんな順平を見ている。
 順平はつい今まで楽しそうに騒いでいたくせに、急に不幸のどん底みたいな顔になって、いきなり泣き出した。「なんでオレを置いて死んじまったんだ……自殺なんて……!」とか言っている。凹んでいるらしい。
「そ、そうだな……いくらなんでも、あんな高所から飛び降りて生きている人間がいるわけない。ふん、馬鹿な女だ……狂った理想に殉ずるなど……くっ」
「ほ、ほんとはちょっと気になってたんだから……バカ……」
「……まあ何とも言えねーがな」
 荒垣さんが頭を抱えて、僕に「おいお前、兄弟はどうしてる」と言った。
「元気でやってやがるか。怪我とかしてねーか」
「はあ、まあ、すごく。近々兄さんが考えた格好良い合同ポーズの発表会があるそうなので、期待して待っているといいです」
「いや……そいつは心底どうでもいいんだが。お前らも馬鹿なことは考えんな。あいつらは別にお前らに心配してもらおうとか、悲しんでもらおうとか、そういうことは微塵も考えちゃいねーよ。――なんか、そのうちひょっこり出てきそうな気も、ものすごくするしな。何故か」
 荒垣さんが仲間たちを諭している。彼らもそれで浮上ムードになった。
 望月は相変わらず彼らと話題を共有せずに、マイペースにラーメンを突付いている。僕の顔をじーっと見ながら。ちょっとやりにくい。
「あ、そう言えばまずくないですか? 僕今思い出したんだけど、寮生以外の人が一人混じってませんでしたっけ」
「あ」
「え? いたっけ? 誰?」
 彼らはどうやら完全に僕のことを忘れ去っていたらしい。幽霊どころか、空気のようなものだと認識していたようだ。『まずいな』ってふうにこっちを見て、あっ、て顔をしている。
「やべ……あ、あのね黒田くん。今のはその、ゲームの話なのさ。オレら寮生、今ちょうどオンラインゲームにはまってて……」
「黒田くん、ね、食べさせて欲しいな、僕」
「え……」
「ほら、あのね、あーんってやって」
「……あーん」
 僕は言われるままに彼の口もとに、渡されたレンゲにラーメンを掬って乗せて、持って行ってやった。
 彼は嬉しそうに笑い、「ああ幸せだあ」とか言っている。お前は好き嫌いの多い子供か。母親に食べさせてもらわないとなんにも食えない甘えん坊の幼児か。
「ちょ、あそこ、ちょう気持ち悪い……」
「花がない……私が求めてるものとちょっと違う……萌えない」
「あいつちょっと見境無さ過ぎっていうか、守備範囲広過ぎって言うか、ある意味大物って言うか」
 空気が凍っている。しばらく沈黙が降りた後、岳羽がものすごく冷たい声で、「ま、好きにやってよ。女子の敵二人」と言った。




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管理人:ゆりんこ 2007年04月29日〜