まず顔が見えた。覗き込んできている、とても綺麗な青い目だ。青い目、目の下の泣きぼくろ、日本人離れした美しい顔立ち。僕の頬に触る温かい手。
 それら全部がすごく懐かしいものみたいに思えて、僕は変な気分になった。ちゃんと目の前にあるのに、なんでこんな気持ちになるんだろう。
 悪い夢でも見ていたのだろう。やっぱり彼が僕の前からいなくなる訳なんかなかったのだ。
 最後に『あとで覚えてろよ』なんて言ったのが悪かったのかもしれない。きっとびびっちゃって、僕の顔を見るに見れなくなって、こっそり物陰にでも引っ込んでいたに違いない。
 悪いとは思っている。子供に言うことじゃなかった。
 僕は彼の頬に手を伸ばし、触って、「おかえり」とぼそぼそ言った。
「やっぱり、お前がいなくなる訳なかったんだ。死ぬまでずっと一緒にいようって、約束したもんな」
 僕はすごくほっとしてしまった。
 でも彼はなんだか悲しそうに目を伏せた。「ごめんね」と言った。
 なんで謝るんだ。







 僕は生まれて間もなく、家に押し入ってきた強盗みたいな奴らに誘拐されて、徹底的に造り変えられた。多分そういうふうに言うんだろう。改造だ。悪の秘密結社が造る怪人みたいなものだ。
 首輪を付けられて、鉄柱に繋がれて、今思えばはじめのうちから相当ひどい目に遭っていたような気がしてならない。
 吼えても唸ってもどうにもならなかった。そいつらはものすごく強くて大きかったのだ。
 僕みたいに捕まってしまって、ケージに入れられている家族がたくさんいた。彼らはみんなもう諦めているみたいだった。助けは期待できなかった。
 まず宇宙語みたいな『言葉』ってものを覚えさせられて、それから僕とおんなじような姿の人間たちが沢山いる部屋に放り込まれた。
 彼らは僕と大きさも何もかも似たり寄ったりだった。人間の子供だった。あの時、すごい違和感を覚えたのを、今でも忘れていない。家の中ではすごく異端者だった僕は、そこではすごく普通だったのだ。
 『普通』に振舞っていると、痛い思いをしたり怖い目に遭ったりしないってことに気付いてからは、僕は注意深く、できるだけ『普通』に振舞うことにした。
 そうしているとたまに誉められることもあったし、ごく稀にだけど美味い食べ物にありつくこともできた。
 いつのまにか僕は群れのリーダーになっていた。みんな僕の言うことは何でも聞いた。
 でも何かがおかしかった。みんなもそれを敏感に感じ取っているようだった。いつもピリピリしていて、すごいストレスを感じていた。
 誰もいない時にだけ、僕は僕と一緒に攫われてきたあの子に、「家に帰りたい」と零して泣いた。あの子は僕の頭を抱いて、撫でて、「僕が傍にいるから」と言ってくれた。
 あの子は僕と違って、他の誰にも見えず、触れない。僕は正直彼を羨んだものだった。誰にも見られたり触られたりしなければ、ひどいことを言われてしょげたり、殴られて痛い思いをしなくても済んだのだ。
 でもそれで良かったんだと思う。僕らの立場が逆だったらとか考えたら、ぞっとしてしまう。
 あの子は僕より気が弱くて、おっとり屋で、傷付きやすいのだ。すぐにしょげるし、マイペースで人の話を聞かない。
 だから僕で良かったのだ。あの子が僕みたいな目に遭ったら、一日中泣いて暮らしているに違いない。
 僕は強いから、どんなところでも、どんなことにでも、上手く適応した。





 僕には永劫に続く地獄のように思えたものだけど、その誘拐犯の家にいたのも、結構僅かな間だった、らしい。
 ある時僕らは何人かの仲間と一緒に逃げ出した。主犯は僕じゃない。僕は自分で言うのもなんだけど、いつも巻き込まれるタイプなのだ。
 脱走は、子供たちの間では結構ブームになっていた。自由溢れる新天地へ。子供ってのは夢見る生き物なのだ。その先にあるものが何かなんて、さっぱり考えちゃいない。
 僕らには二十五時間体制でぴったり警備がついていたし、発信機だって付けられていた。逃げ出すだけ無駄だったのだ。すぐに見つかって連れ戻されるか、そのままゴミ箱(小さな小屋みたいな建物。大人はそう呼んでいた。中がどうなってるのかは、僕は知らない)行きかに決まっている。
 その日僕は、元々は捕まえる側だったのだ。本当は。
 主犯はいつも静かに本を読んでいる少年だった。脱走って言葉がすごく似合わないくらいの優等生だったのだ。それから女子がひとり、男子がもう一人。他にも何人かいたけど、僕が追い詰めた時に残っていたのはそいつらきりだった。
 僕は正直、すごくまずいなって思ったのだ。何故ならそいつらは、四人きりの僕らの班員だった。僕以外のみんなだ。
 逃げられても処分しても、僕の統率能力不足だとかなんとかで、後々ひどい目に遭うのは目に見えていた。
 「何てことしてくれたんだ」と僕は確か言ったと思う。主犯の少年は、僕が知っているいつものように平然として、「君は賢い人ですから」と言った。
「ここで我々三人を相手に戦えば、いかに君と言えども無傷では済まない。例え無事任務を達成して帰ろうと、おそらく責任を問われて処分役を解かれるでしょうね。我々に特別はない」
 彼は「君が望むのは何でしょう」と言った。
「我々と来れば君は自由を得られる。何かを思うままに望むことができる。簡単なことです。ただ後ろを向いて、攻撃する標的を変えればよろしい」
 彼らは「お前かてあいつら嫌いなんやろ」と言った。
 彼らは「お前家に帰りたいっていっつも泣いてたくせに」と言った。
 僕は溜息を吐いた。いつも巻き込まれるタイプなのだ。





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管理人:ゆりんこ 2007年04月29日〜