寝転んだまま「お土産は」と言う。僕の方を見ようともせずに。
「お前結構良いの持ってるね」と言う。僕が必死に幾月さんの駄洒落を聞いて、「わあすごいや面白いですねははは」なんて思ってもいないことを言わされながら、ようよう買ってもらえた携帯ゲームを、我が物顔でプレイしている。
そして、ここは僕の部屋だ。今の主がいつ死んでもすぐに次の人間が入れそうな殺風景な部屋だけど、ベッドの下や机の引出しの中には無数の武器が大事に収納してある。格好良いナイフやサーベル、刀なんか。僕はこれでも結構なアイテムコレクターなのだ。
加えて几帳面だから、きちんと整理整頓を行っている。埃一つない。それなのに今、床にはポテチの袋が散乱し、空のハーゲンダッツのパイントカップが、スプーンを突っ込まれた状態でいくつも転がっていた。
「ちょ、な、……何やってんだよ! 部屋めちゃめちゃ汚いじゃないか! それ俺のゲームじゃん、勝手に触るなよ」
彼の手元を覗き込んだところで、ちょうどセーブ画面が開かれた。僕は唖然とした。登録しておいた僕の名前がない。『カオナシ』のかわりに『8』って名前が表示されている。エイトって言う。そいつの名前だ。
「あああ、ちょ、セーブデータ消したのか!? 俺、徹夜でレベル上げて、あとラスボス倒すだけだったのに!」
「しょうがないな、今からラスボス倒しに行くとこだけど、お前も見てる?」
「お前のデータでラスボス倒すとこ見たって仕方ないじゃん! 俺は自力でクリアしたいんだよ」
「じゃあ見せてやらない」
「やらないじゃなくて、俺のセーブデータなんで消すんだよ! 弁償しろ、全部一緒のデータ作り直せ」
「ハイハイ、サマリカーム。お前のデータ生き返った」
「それ口で言ってるだけじゃん!」
僕は「横暴過ぎる、あんまりだ!」とそいつをなじった。本当にひどすぎる。だってこれだけの仕打ちをしておきながら、いまだに僕に「ごめん」の一言もないのだ。謝って済ませてやる気はないが、悪気の欠片すらないのはひどすぎる。
「お前だけは絶対に許さない、今日こそ決着をつけてやる。表に出ろよ」
「いや、今からラスボス戦だから」
「だから、俺のゲーム勝手にやるなよって! ドローカード、ミックスレイド!」
アルカナ『星』ルシファーと、『審判』サタンを召喚する。ペルソナが顕在化すると同時に攻撃行動に移る。そこでそいつは今日初めて僕の方を見て、「やんの」と言った。
◆
三人が巌戸台寮の自販機スペースで立ち話をしていると、轟音と共に眩い光が溢れ、建物全体が激しく揺れた。彼らは揃って、二階一番奥の部屋を見遣った。
仲間の一人が暮らす一室だ。あまり物はない。彼は爆発物は専門外だったから、爆薬に引火したって訳でもないだろう。
「ペルソナ発動反応確認。測定許容量オーバー。またあのバカ。傍迷惑なやつ」
「なんやあったんかなぁ」
「カマキリでも出たのではないですか?」
缶ジュースを手に首を伸ばして覗き込むと、件の部屋から、叫び声が聞こえてくる。いや、叫び声じゃない。泣き声だ。
「あいつ、泣いてるの」
「お化けでも出たんかなぁ」
「それは困りますね」
階段にも、他の階の寮生たちが、「なんだなんだ」と訝しそうな顔をして溜まり始めている。
「なんだ、ガス爆発? あそこって、確か妖怪だって噂の男子が住んでる部屋だよな」
「あそこ、人死にがあったんだって。復讐代行人に殺されたって噂だぜ。出たんだよ絶対」
「おい、表見てみろって。あれ、ベンツじゃねえのか?」
ブレーキの音、それから車のドアが開閉する音が聞こえた。階下から「すげえ、なんだあれ」という声も聞こえてくる。
しばらくして、学生寮にはおおよそ似合わない男が、階段を上ってきた。『1』と書かれたネクタイを締めている。どこかの企業のお偉いさん、という印象だった。
彼は「心配はいらん。部屋に戻れ」と偉そうに、溜まっている寮生たちを追い散らかし、廊下を進んでいく。そして突き当たりの部屋を開ける。
少し間を置いて、中から「馬鹿者!」と怒鳴り声がする。そして急にドアが開き、さっきの男が出てきた。良く見る顔の男の耳を掴んで引き摺っている。あれは、確かこの寮の管理人だったはずだ。
「痛い、痛い痛い、離せって。何すんだよ、上杉に言い付けるぞ」
「あいつが無駄に甘やかすから、お前がいつまで経っても社会人失格なのだ!」
そして管理人の足に、仲間のひとりが噛み付いて、そのまま引き摺られている。
「返せよ、俺のセーブデータ返せ、作り直せよ。上書きするなんてひどすぎる。お前なんか人間じゃない!」
彼は泣きながら、「うわああん、僕のセーブデータ!」と叫んでいた。そのまま三人は階下に消えていく。
「リーダー、カオナシが連れてかれたで。どうする?」
「セーブデータを作り直してもらったら、帰ってくるのではないでしょうか」
「心底どうでもいい」
泣き声は止まない。
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