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 デュエル・エナジーには強い中毒性がある。一度経験すると無しには生きていけない身体になる。
 十代はそれを摂取して初めて知った。だが、普通の人間が恐ろしく高密度のエナジーを直に体内に取り込む機会があるとはまず思えないから、特に役に立たない知識に過ぎない。
 今はただ、めんどりのように意味もなく孵らない卵を産む。誰かにとっては意味があるのかもしれないが、十代自身にとっての意味では少なくともない。削った身を与える子供を失ってしまった母親は、ひどく物悲しい存在に思えた。
 淡くオレンジ色に発光するカプセルを飲むと、意識が薄れていき、浮ついた白昼夢の中で良くヨハンの幻を見る。それは双子のこともある。まどろんでいる自分の傍に、本当に存在するかのような影を見る。
 髪を梳かれて、鈍痛が起こり始めた腹を撫でる手が気持ち良い。
 中毒性があると知っていて、必要もないのに、今になってもデュエル・エナジーを摂取し続けるのは、ただその幻に会いたいが為だった。マッチ売りの少女の気持ちが良く分かる。
 思えば排卵痛を起こしている時には、部屋に閉じ篭って、ヨハンを傍へは近付けなかった。ヨハンは怪物になった十代を、人だった頃と変わらずに、いや、それ以上に愛してくれた。大切に受け入れられていたことを知っている。
 ただ、それこそ蜥蜴のように、得体の知れない卵を産む姿を訳もなく恥じた。見せたくなかった。怖いような気持ちがした。
 子供の頃に良くあったような、もやもやとして掴み所のない不安―― 大人びていくらか利口になった気でいても、それはヨハンといる時には当たり前のように蘇ってきて、自分の中にあった。
 ヨハンの前では、少しでも余計に人間でいたかったのかもしれない。彼の存在に近付きたかったのかもしれない。かつて『良く似た二人だ』と評されたあの頃のように。今更そう思う。
「ヨハン……」
 名前を呼ぶと、柔らかい仕草で頬を拭われる。
 触れられるだけで幸せだった。壊れた心が、目を閉じたまま二度と眠りが覚めなくても構わないと思うほどに満ち足りていた。『十代のことなら何でも分かる』と嘯いたヨハンは、果たしてそれを知っていただろうか。
「ヨハン」
 優しい手が、十代の腹の上にカードを置いた。
 ―― ラッキーカードだ。もうすぐ会えるさ。
 トーンの高い、懐かしい声が、馴染んだ調子で語り掛けてくる気がした。
「ヨハン」
 ―― 追い駆けてこいよな、十代。
 意識がはっきりしてくると、十代は頬の涙を拭った跡を撫でて、腹の上の<チェーン・マテリアル>を天井へ向けてかざした。
「ヨハン?」
 呆然と呟いた。


 家族で過ごした家は<ゼロ・リバース>の衝撃で跡形もなく破壊され、瓦礫の山に変わってしまった。今は、トップスのホテルで毎日を過ごしている。不便は無いが空っぽの部屋だ。
 そんなある日、十代の元に奇妙な手紙が届いた。時代錯誤に封蝋で封印されている封筒だ。朝刊と一緒に郵便受けに突っ込まれていた。
 差し出し人は<ヨハン・アンデルセン>とあった。
 いびつに歪んでいて汚い文字だ。ヨハンの字じゃない。いたずらだ。
『しんあいなるおくさんへ』
 手紙はこう始まった。
『いまから、してぃ・もーるできみおまってます』


 うさんくさい手紙に指定されたシティ・モールは、テーマ・パークの傍に建てられたばかりの大型商業施設の通称だ。騙されていると知りながらも、有休を一日潰して付き合ってやった自分は、随分と人が良いと思う。
「『シティ・モールで待ってる』って言ってもなぁ」
 巨大な案内板の前で、十代はぼやいた。この馬鹿に広い場所で、顔見知りの人間ならともかく、ただよれよれの汚い文字を書く誰かを探し出すのは余程骨が折れる仕事のように思えた。相手が先に十代を見付けてくれるのかもしれないが、そこまで気長に待ってやるつもりもない。今日は元々一日ホテルの部屋に篭って作り掛けのデッキを完成させるつもりでいたのだ。
 まず、入口の真向かいにある総合案内所へ向かった。
「すみません、迷子になったんですが」
「はい、どちらへ行かれますか?」
 インフォメーション・ガールが丁寧に応対してくれる。十代は少し迷ってから、正直に告白した。
「行き先も分からずに、人生に迷ってるような気がするんです」
「お客様、こちらは当シティ・モールの総合インフォメーションでございます。人生相談でしたら、しかるべき所でお願い致します」
「冗談です。待合せをしてるんだけど、なにせ『方向音痴』なもんだから相手が見つからなくて」
「そうですか。お呼び出しを致しましょうか?」
「そうしてもらえると助かります。夫で、名前は遊城・ヨハン・アンデルセン。二十四歳サラリーマン。妻子持ちで子供は二人」
「……夫?」
「夫です」
 疑わしげに聞き返されて、十代は心外な気持ちでジャケットの右半分をはだけて見せた。子供を産んで以来、昔よりも格段に女らしくなった半身を見て、相手はようやく納得をしてくれたようだった。
 この雌雄同体の肉体は、どんな人間に対しても常に異性と認識させる。女性は男性を感じ、男性には女性を喚起する。おかげで不便な目に遭うことも少なくない。
「失礼致しました。お連れ様のお呼び出しを致します。遊城ヨハン様。迷子の奥様がお待ちです――
 『迷子』の文句に、確かにあの男の迷子は一級品だったと思い出して、つい吹き出しそうになる。
 なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。ただの悪戯にまともに取り合うなど、まったくどうかしている。待ち人は来るはずがない。ヨハンは死んだ。もういない。今はまだ。
 ―― 馬鹿馬鹿しいついでに、その場で十分ばかりおとなしく待ち惚けをした後に、<彼>はやってきた。
 エスカレーターを三段抜かしに逆走してくるエメラルド色の頭が見えた。相変わらずあの頭はどこにいても目立つ。最良の目印だ。
「あ、いたいた! おーい!」
 多分自分はまた白昼夢の中にいるんだと思った。<ヨハン>が手摺りから上半身を乗り出して、十代に向かって大きく腕を振っている。
「待ち合わせしたはいいけど、モールって広いんだなぁ! しまったって思ったんだけど、でも会えて良かったぜ」
 駆け寄ってくると一息吐いて、屈託なく笑う。そうと思えば目が丸く開いて、眉が下がり、足の小指をぶつけたような顔になった。
「へ? ど、どうしたんだよ」
 ちょうど十代と同じ位置に目線を合わせて、心配そうに覗き込んでくる。
「泣いたりなんかして、どうした?」
 どうしたと問われても良く分からない。急に涙が止まらなくなった。嗚咽まで零れてくる始末だ。
 それを見て、<ヨハン>が慌てた仕草でポケットからハンカチを出して、十代の顔を拭ってくれる。風呂にもろくに入らないくせに、きちんとアイロンが掛けられたハンカチを持ち歩いている変な几帳面さは相変わらずだ。弱りきった顔が懐かしくて、むしょうに哀しかった。
「ああ、確かに俺が悪かった。えっと、とにかくごめん。なあ頼む、泣き止んでくれよ。なっ?」
 幼児のように顔をぐしゃぐしゃに拭われた。行き交う買い物客が好奇の目で見つめてくる。温かい手が、十代の手のひらを壊れ物のように掴んだ。
「行こう」
 そう言って、手を引いて歩き出す。


 休憩スペースに設置された長椅子に座っていると、程なく<ヨハン>が二人分のアイスクリームを両手に持って、ワゴンから帰ってきた。
「チョコレートミントとストロベリー、どっちがいい?」
「……イチゴ」
 いくらか落ち着いて、十代はゆっくり一度息を吐いてから切り出した。
「……お前、ヨハンじゃないだろ」
 相手は素直に驚いた様子だった。引き出しの奥に隠しておいた零点の答案が母親に見つかったような表情を浮かべている。そのものなのに何かがずれている存在を眺めているのは、かなり妙な気分だった。
「最初は分かんなかったよ」
 十代は正直に言った。
「でも少し違う。何かは分かんないけど」
「やっぱり分かっちゃうかぁ」
 彼はヨハンの顔で笑った。アイスクリームを二口で平らげた後で、しげしげと十代を観察している。
「……何だ。何見てんだよ、偽ヨハン」
「思ってたのと違うなぁ。君はもっと大人っぽい奴なんだって思ってた」
「それは……」
「ああ、びっくりしたよ。俺を見て急に泣き出すんだから。きっと俺のせいなんだろうから、何かひどいことをしたかなって考えてみた。思い当たることがあるっちゃあるけど、泣かれるようなことなのかは分からない。ただ君がすごく泣虫なのかもしれないし。日本でも良く言うだろ、箸が転がっても泣いちゃうってさ」
「言わない」
「え〜? 言うさ。君、日本人なのにことわざを知らないのか?」
 呆れたふうに言うから、こちらの方が呆れた。面倒臭いので訂正もしないままでいると、ぐう、と相手の腹が鳴る。アイスクリームでは満たされなかったらしい。
「いやぁ、朝飯食いっぱぐれたんだ。君に手紙を届けに行った後でまた迷っちって。部屋に戻ったらホテルの朝食の時間がとっくに過ぎててさ。あ、ここのモールの中にあるホテルだぜ。ホテルに泊まったの初めてなんだ、俺。こんなに賑やかな場所へ来るのも初めて。日本はやっぱりすごいぜ。さすがデュエリストの聖地だ。ずっと憧れてただけのことはある」
 余程感極まった様子で、勢いづいて十代の手を握り込み、子供みたいに目を輝かせてはしゃいでいる。
「何か食べたいんだけど!」
「たかる気かよ」
「だって、君は俺より年上の姉さんなんだから」
「なんだ、姉さんって」
「うん、ヨハンの名前を使ったのは謝る。でもさ、そうでもしなきゃ君は来てくれないと思ったから、その――
 彼の前後の話が噛み合わない癖も、とても馴染んだものだった。十代とヨハンはいつも二人で好きなことを言い合っているから、まともな会話にならない。それでも、目に見えず、音にもならない方法で理解し合っている。そういう感覚に陥ってくる。まるで目の前に自分自身が向かい合っているように感じ、そんな時には十代は、いつかこのヨハン・アンデルセンという人間と同じ魂だったことがあるんじゃないかと想像することがあった。ひとつの魂の良い所だけを半分抜き出した存在。永遠の憧れ。空想が本当のことならどんなに良いだろうとも思った。
 昔の話だ。本物のヨハンは、今は十代を置き去りにして先へ行ってしまった。
「……何食いたい」
 結局十代は、この<良く知っているのに知らない誰か>の要求を聞き入れた。
「せっかくだから和食がいいなぁ」
 エレベーターでフード・コートまで上がって、はじめに目に付いた定食屋に二人で入った。そこそこに名前の知られたチェーンストアで、店舗が近所にもある。十代はメニューも見ないままエビフライ定食を注文し、彼は随分悩み抜いた挙句、天ぷら定食を選んだ。
「いや、助かったよ。貯めてた小遣いが底を尽いちってさ。<けーひ>で落ちるって言われたんだけど、こんな板切れじゃ何も買えないんだ」
 邪魔臭そうにブラックカードを指先で摘んで、マシュマロンのがま口財布を開けて見せてくる。中身は空だった。十代は、無駄だろうなと思いながら、一応教えてやった。
「そのカードでジェット機呼べるぜ」
「またまた。君は俺を馬鹿だと思ってるだろ。騙されないぜ」
 やはり冗談だと思ったようだ。悪魔の眼で見つめると、理由は分からないが、彼は肉体と魂の成長の度合いがひどくアンバランスに見えた。ひょっとすると外見程も生きていないのかもしれない。物を知らないのはそのせいだろうか?
「お前、名前は」
「父さんとおじさんに、君に俺のことを質問されても答えちゃ駄目だって言われてるんだ。無闇についてっちゃいけないとも言われたっけ」
「オレは不審者かよ。別にいいや。大体見当はついてる。今更わざわざお前の口から聞くことでもないしな」
「え、そうなのか?」
 何でもない顔を作って嘘を吐くと、相手は目を丸くして食い付いてきた。思った通りだ。
「ああ、オレはお前のことなら、お前の知らないことだって何だって分かるのさ」
 内心吹き出しそうな気持ちでヨハンの口癖を真似てやると、目の前のエメラルド色の頭が落ち着かないふうにそわそわと揺れ始めた。昔、結婚前にヨハンから聞かされた話を思い出しながら、十代は腕を広げた。なんとなく奇術師にでもなったような気がした。
「わざわざヨーロッパからご苦労なことだな。他は今回は来てないみたいだけど」
「ああ、うん。俺ひとりだよ。他の兄弟達は俺やヨハンみたいな落ち零れじゃないから、君の御機嫌取りっていうか……お目付け役? そんな危ないことはしない」
「見くびられたもんだな」
 わざと大仰に溜息を吐いた。このヨハンもどきは他にもまだ何人もいるらしいと知れる。
 今相対しているものは、少なくとも十代が良く知っているヨハン・アンデルセンよりも、余程馬鹿正直で純粋な少年に思えた。―― 少年だ。アカデミア三年生の頃に出会ったヨハンだった。
 そのせいで、歳を取ることを忘れた自分が向かい合っていると、まるでただの友人同士だったあの頃に戻ったような錯覚に陥ってしまう。
「だよなぁ〜? 君ほどの人なんだもんな。じゃあヨハン兄さんも、君には全部白状させられてたのか」
「オレを誰だと思ってる」
「はー。やっぱりすごいや、カーレンは。さすが俺の<白鳥>だ」
 純粋に感心しているらしい眼差しに少し罪悪感を覚えたのは、相手があまりにもヨハンに似ているのに、あまりにも素直に十代のデタラメを鵜呑みにしているからだ。本物だとこう簡単にはいかない。
 彼は<兄さん>と言った。おそらく、ヨーロッパの<天才を作るための工場>、ヨハンの故郷で造られた弟なのだろう。ようするに自分は今、突然家に遊びに来た義理の弟の面倒を見ているのだ。あまりにもありふれていて、普通に似ていた。微笑ましいにも程がある。
「お前何番目?」
「ああ、十七番目だぜ!」
「すげぇな。あー、その<白鳥>ってのは……」
「末っ子ってすごいのか? よく分かんないけど。<白鳥>は<白鳥>だぜ。俺の磁石さ。ヨハンの<月>や、カーレンの<赤い靴>みたいに」
 <白鳥>、<月>、<赤い靴>―― それらは旧い童話のキーとなる単語だ。幼い頃はろくに人間の友人がいなかった十代が、一人で、家の本棚に揃っていた立派な装丁の童話全集を開いた時に目にした覚えがある言葉だ。
 想像はつく。造られた子供達にそれぞれ与えられた心の拠り所を象徴するものだ。
 それが何なのかは、薄々気が付いている。一度疑うと、今まで違和感を覚えなかった方が不思議にも思えてくる。拠り所はまた、心の闇そのものの顕れでもあったはずだ。彼らの言うカーレンの<赤い靴>―― 十代にとっての<ユベル>は、父親が留守番をしていた幼い十代に、ご褒美のお土産に買ってきてくれたカードだ。
 そもそも、そこからしておかしな話だったのだ。
 プロフェッサー・コブラが所属していた精鋭部隊が壊滅の危機を冒してまでも回収を命じられ、また世界的に名を知られているガラム財閥の御曹司アモン自らが調査に乗り出してくるようなレアカード中のレアカード、最高位の精霊ユベルが、何の変哲もない近所の玩具屋で売られているわけがないし、出張帰りにカード・ショップに立寄った会社員の父親が気軽に手を伸ばす程の価値が付けられていたとも思えない。
 父は一体どこでユベルを手に入れた?
 どうして父はユベルを手に入れることができた?
 中流家庭の普通の父親が、何を考えて途方もない価値があるカードを幼い息子に与えた?
 考えれば考える程に奇妙な点が浮き上がってくる。
 十代はふと顔を上げ、ヨハンに良く似たそいつの口の端にくっついている米粒を取ってやって、何となく尋ねてみた。
「……ヨハンと同じで、オレを殺しにきたのか、お前?」
「そうなるかな」
「ふうん」
 手の中には、馴染んだ<超融合>のカードがある。相手はまだ攻撃行動を見せていない。
 十代は思考する。面倒を起こす前に片付けておくべきか。決闘者は腕を斬り落としてしまえば簡単に無力化できる。少なくともデュエルを始めて命まで奪う必要はない。
 魂を折られた決闘者は往々にして自ら死を選ぶが、それは人の勝手だ。悪魔の知ったことではない。
「なんちって」
 相手は急に表情を崩して、クリアできないビデオゲームを前にしたような投げやりな動作で、椅子の背もたれに身体を預けた。
「無理だって。ここへ来て本当の君に出会って、分かってたけどもっと分かったよ。君は俺には殺せない。相手にもならない。俺、ずっと映像を見てて、君が小さな子だと思ってた。そうじゃない。泣虫だけど、やっぱり<白鳥>は綺麗で残酷で、とても大きな存在なんだ」
「日本語下手だな、お前。何言ってんのか分かんねぇ」
 テーブルに片肘をついて半目になる。ヨハンも良くこんなふうにわけの分からないことを言い出したものだった。思い出を探って懐かしい心地に耽っている最中に、軽い眩暈がやってきた。
 今まで目の前で好きなことを喋っていた少年の姿が消える。エプロン姿の店員も消える。周囲から一切の人の気配が消え、音楽が途切れて耳が痛くなる程の静寂がやってきた。
 まるでデュエル・エナジーがもたらす白昼夢の中にいるようだ。今日は、現実世界でヨハンもどきが着いていた向かいの席に、代わりに双子が座っていた。いつの間にか十代のデッキ・ケースからカードを抜き出して、テーブルの上に並べている。
 ―― はい、ママ。
 二人は微笑みを浮かべながら、一枚のカードを十代に差し出した。
 ―― 忘れちゃ嫌だよ。ママ。
 カードに触れると、再び人間世界の様々な雑音が戻ってきた。調理場に注文を入れる店員の声や、シティ・モールの案内放送に、遠くで子供が泣き喚く声。転んだのかもしれない。
「龍亞……龍可……」
「るあるか? どうしたんだ、ぼーっとして?」
 目の前でフリル付きの袖がひらひらと揺れていた。十代の反応が無いのを不思議そうにしている。
 手の中には二枚のカードがあった。日和見な刺客の魂を奪う<超融合>と、幻視の中で何度も家族から受け取った<チェーン・マテリアル>。十二の生贄を捧げて神を世界に呼ぶカード。
 このヨハンそのものに見えて、どこかいびつに異なっている男が<十二の生贄>なのか。
 彼を捧げれば、白昼夢の中でいつも十代をせっついている<あれ>は家族を返してくれるというのか。
 その男は何も知らずに、ぼんやりとカードを見つめる十代を、いやに真剣な眼差しで見つめていた。
「ここへ来たのは、君にお願いをするためなんだ。俺の望みを叶えてくれ。そしたら俺は君の望みを何でも叶える。もちろん、できる範囲でだけど。カードのトレードみたいにさ」
「お前がオレと対等の立場にいると思ってるのか?」
「俺が知ってる君は優しいから、聞き入れてくれるって。絶対」
 おかしな所でヨハンの傍若無人さをそのまま向けられた。
「な、いいよな? 一日でいい。俺さ、ヨハンになりたいんだ。普通にデュエルして、普通に遊んで暮らして、普通に自由で、そんでカーレンが俺の奥さん」
「不倫って言うんだぜ、それ」
「カーレンはヨハン兄さんの奥さんなんだから、俺が兄さんになれば問題ないぜ」
 のらりくらりとした性格で掴み所がないくせに、気まぐれだろうと本気だろうと、言い出したら聞かない。変な所で頑固だ。平和主義者だと思っていたら、突然相手に掴み掛かっていくこともある。人の心の闇を見通す身体になった十代の前でさえヨハンはよく分からない男で、そんな所がまた好ましかった。見ているだけで飽きないのだ。
 この場に本人がいたら、さぞかし面白いことになったんだろうなと想像する。
「カーレンじゃない。ヨハンはそんな名前で呼ばない。十代だ」
「ジューダイ」
 <ヨハン>は口の中で魔法の呪文を唱えるように繰り返して、笑い出したいくらいに大真面目だった表情を徐々に緩めた。
「よし! 取引成立だな。そうと決まれば早速デュエルしようぜ!」
「デュエルはできない」
「え〜、なんで? 君とデュエルするのを何より楽しみにしてたんだぜ」
「あり合わせのデッキは持ってる。だけど悪いが、手加減の仕方を忘れちまった。首が飛んで、内臓が飛び出て、腕が千切れて、踏み潰されてミンチになって死にたいなら相手してやるぜ」
「遠慮しておきます」
 笑顔が引き攣った。十代の言葉が冗談や脅しの類ではないと分かっているのだ。急にしょげた顔つきになって、また席に座り、湯呑みにセルフサービスの麦茶を注いでいる。
「でも俺、デュエル以外の遊びなんて知らないんだ。やったことないからさ。家ではずっと君のビデオを見て、殺すために練習してた」
 見た目はいい歳をした男がデュエルしか知らないと言う。十代自身も大して変わらないようにも思えたが、彼よりはましだろう。
「ゲーセン行ったことないのかよ、お前」
「げーせん?」
「遊園地は。海馬ランドを知らないのか」
「ゆうえんち?」
 十代は何度目になるか分からない溜息を吐いて、テーブルに突っ伏した。どうしようもない男だ。なんて救いのない。



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