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 夢を見た。
 夜毎に良くあるように、不明瞭で突飛で収集のつかない不思議な妄想のようなものではなかった。空気には初夏の湿った気配が微かに感じ取れたし、鼻先をくすぐる青臭い植物の匂いも、幻想だとは思えないほどだった。現実よりも色彩は鮮明で、懐かしい人の姿は思い出の中を探るよりもリアルだった。
 トップスに構えたペントハウスの庭から、ネオ童実野シティが一望できた。成長し変貌を続ける世界の中心都市。銀色の高層建築群が太陽の光を反射して白く輝いている。
 巨大な墓地の中にいるようだと思った。夜が来れば人の営みの光が星のように輝く。刹那の繁栄を享受する街。根を張った人々が永遠を信じている街。歴史の中でそういう街は何度も現れ、やがて名前さえも残さずに消えていったことを知っている。
 十代は庭先のベンチに座ってそんなシティの景色を見下ろしながら、膝の上にカードを広げてデッキを組んでいた。太陽が大気を温め、眩い光が降り注ぎ、日向の芝生の良い匂いがした。急に強い風が吹いて、膝の上のカードを落ち葉のように舞い上げた。
 地面に落ちたカード達を、白い指が丁寧に拾い上げて砂埃を軽く払った。美しいエメラルド色の瞳が、興味深そうにカードのテキストを辿っている。
「……悪い、ヨハン」
 十代は手を伸ばして<パンテール>を受け取った。黒い毛並みをした仔豹に「大丈夫か?」と尋ねると、嬉しそうに吼えて尻尾を振っている。目を細めてデッキに入れた。
「デッキ、組み直してるんだ?」
 ヨハンが身を屈めて、十代の膝を覗き込んできていた。
「ああ」
 ネオスにダンディ・ライオン、ドルフィーナ。十代が作ったカード達。十代だけのヒーロー・デッキだ。欠けていた魂が還ってきたような気がする。
 玄関口の方から、子供の言い争うような声が聞こえてきた。龍亞と龍可が喧嘩でもしているのだろうか。様子を伺うと、龍亞が妹のピンクのポシェットを自分のリュックと一緒に肩に掛けて、龍可の腕を引っ張っていた。
「離して、いや」
 龍可が心底鬱陶しそうに兄に文句を言っている。双子と視線が合うと、二人共が『何か言ってやって』という目を返してきた。
「あ、パパ、ママ。龍可がさぁ、嫌がるんだよ。外に出るの。でも毎日家の中じゃカビが生えちゃうよ。オレやだよ、カビの生えた妹なんて」
「ちゃんとお風呂に入ってるもん。生えるわけないじゃない、そんなの。女の子に向かって、龍亞はほんと失礼」
「カードショップなら龍可も楽しいでしょ?」
「お買い物なんて家でもできるじゃない」
「そんなこと言って、お店に着いたら着いたで、オレが帰ろうよって言ってもぜーんぜん聞かないくせに。龍可の天邪鬼」
 微笑ましい口喧嘩だ。ヨハンがしゃがんで双子の頭を撫でて、「遊びに行くんだ?」と言った。
「うん、そうだよ。デュエル・アカデミアの友達と待ち合わせしてるんだ。駅でね。龍可も一緒に」
「私、べつにいい」
「ダメダメ。龍可とオレは一心同体なんだ。オレが行く所へは龍可も一緒じゃなきゃいけないの」
「へぇ、もう友達ができたのかぁ〜」
「クラスメイトはデュエルが強い奴ばっかりなんだ。すっごく楽しい!」
「そりゃあいいな。友達は大切にするんだぜ」
「もちろん!」
 龍亞が無邪気に腕を振り上げた。龍可は十代の方を見て、救いを求めるように「ママ!」と叫んだが、十代が「行ってらっしゃい」を言って、微笑んで手を振ってやると、諦めた様子で頬を膨らませてしまった。拗ねているように見えるが、ここで本当に龍亞に置いて行かれたら、この娘はもっと拗ねるのだ。分かっている。
「待ち合わせの時間に遅れちゃうよ、急いで龍可!」
「龍亞、あんまり引っ張らないで! 袖が伸びちゃう」
 エレベーターが下降し、小さな靴の音が慌しく遠ざかっていった。
 子供達が出掛けてしまうと、また家の中に静寂が戻ってきた。悪くはない静けさだった。ヨハンが宝玉獣達と並んで、芝刈り機のカタログを眺めて話し込んでいる姿が見えた。ここは一人ぼっちのがらんどうの家じゃない。
―― これでよし。またよろしくな。オレのデッキ」
「終ったのか?」
「ああ。やっぱりヒーローが一番カッコ良いぜ」
 十代が組みあがったデッキを繰って上機嫌でいると、ヨハンは早速赤いデュエル・ディスクを放って寄越した。自分も腕にディスクを装着して楽しそうに笑っている。
 午後の陽射しが、輝きを増して十代の視界を白く染めていた。涙が出そうなくらいに、ひどく目を焼く。眩し過ぎてヨハンの顔が見えない。
「デュエルしようぜ、十代」
 ヨハンが言った。


 ふと我に返ると、夢は覚めて、トップスの庭もやり掛けのデュエルも一瞬で掻き消えた。居眠りをしていた十代は、胸の前で組んでいた腕を解いて、パイプ椅子の背もたれに体重を預けた。開いた窓から温められた風が吹き込んできて、カーテンを旗のように翻らせた。射し込んでくる眩い光だけが夢の中と同じだった。
 白い病室の中は、十代が眠り込む前と何も変わる所は無かった。ベッドの上にヨハンが横たわっている。病人着の下の肌には傷ひとつない。心臓は規則正しい鼓動を刻んでいて、頬には赤味が差している。息をしている。十二の生贄と引き換えに、魂は再構築された肉体に舞い戻ったはずだ。
 それなのに、ヨハンは目を覚まさない。
 十代はヨハンの昏睡が醒める時を待ちながら、自分よりも少し大きく、形の良い白い腕を取って、両手で包み込んだ。温かくて優しい手のひらだ。
「ヨハンが起きて、オレのこと一目でも見てくれたら……」
 かすかな声で囁いた。
「オレはもう走れなくなったっていいのに」
 ヨハンが宝石のような眼を開いて、またこの世界に光を見て欲しいと思う。精霊と人間の架け橋になるという夢を叶えてやりたかった。長い間抱き続けた夢が叶った時に、喜ぶヨハンの顔を隣で見たかった。
 とても綺麗に笑うんだろう。きっと十代はヨハンの隣で馬鹿みたいに見惚れているんだろう。
 恋をしている。


 病室の花瓶に飾る花を替えるために、トップスの空中庭園に出た。青空を背景に、タイルで覆われた花壇に色とりどりの花が咲き誇っている。白のアネモネ、マリーゴールド、マーガレット、青い矢車菊、アイリス、夏椿の木も丸い蕾を付けている。ただ赤い花だけは、どこにも咲いていない。
 以前は、昼寝をするのに心地が良い芝生に寝転がり、美味そうな匂いのする実を付ける植物を指差して、「これって食えるかな?」と首を傾げることはあっても、花の美しさや匂いなんてどうだって良かった。
 それが今は、ヨハンが喜ぶ顔をしてくれそうな花の種を植えるようになった。柄にもない園芸を始めたのは、ヨハンがいなくなってからだ。十代の庭園には年中何がしかの花が咲いていて、むせかえるような甘い匂いがした。だが、それを見て欲しかった者の目に触れることがないまま、何度も花は枯れて、再び芽を出して青い葉を付けた。虚しい循環だ。
 庭園の花壇のへりで、花に埋れるようにしてタイルの上に腰掛け、龍可が小さな精霊達と戯れていた。こちらを見付けると小さな手を振って寄越した。十代が胸に抱いているひまわりの花束に、感心した様子で「綺麗」と言う。
「ママもやればできるじゃない」
「いや……花なんか、オレにはわかんねぇよ。ただ、お前達やヨハンが喜んでくれそうな花ってどんなだろうって。何を植えようか選んでる時は、そればかり考えてた」
「パパだってきっと喜ぶに決まってる」
 龍可が当たり前のように澄まして言った。十代は首を傾げて、龍可の隣に座って、ゆっくりと交互に脚を投げ出した。
「そうかな」
「パパはきっと、ママが選んだ花なら何でも好き。龍亞も。……私も」
 龍可はちぐはぐ色の目を細めて、十代の腰にしがみつくように腕を回した。
「ママ」
「うん?」
「私、ママが好き」
「……うん」
「大好き。龍亞も、パパも、ママのことが大好きよ」
 龍可の声には、甘えている気配よりも不安の影が含まれていた。抱き締めてやると、上目遣いの瞳が縋るように十代に向けられた。
「だから……だからね? どこにも、いかないで。絶対?」
「どうしたんだよ、龍可」
「パパと龍亞が帰ってきたら、私、ママが遠くに行っちゃう気がして」
 龍可は自分の思い付きに脅えたように、十代の胸に額を擦り付けて「怖い」と零した。
 この娘は気付いているのかもしれない。悪魔の眼で、少し先の未来を見通してしまったのかもしれない。家族で過ごす新しい家の中に、ひとりが欠けている光景を見たのかもしれない。十代は龍可を抱き締めて、髪を梳き、「大丈夫さ」と明るく言った。
「心配するな。ずっと一緒にいる。いつもそばで……守ってる」
 とても優しい嘘をついた。
 大人は子供に降り掛かる不安の雲を晴らすために嘘がつける生き物だと、成長して知った。嘘は子供の柔らかい心をガラスのように突き刺す。切り裂く。その痛みには覚えがある。良く知っている。
 嘘が嘘だと知った時、龍可は十代を恨むだろう。『十代の少年』だった頃の十代のように。
 その嘘は十代自身の希望でもある。ただ新しい望みを叶えるために再び駆け出すには、すでに疲れ過ぎていた。一度足を止めると、十代の魂は瞬く間に腐り始めた。そういうふうにできている。
 龍可に頬をすり寄せて、額にキスをした。今日は、ませた娘に嫌がられなかった。恥ずかしがって文句を言われなかった。
「……愛してる。龍可。ありがとう……オレの家族に生まれてくれて、ありがとう。これからもずっと、いつでも、母さんと一緒にいてくれよな」
 それは、嘘であるはずがなかった。

 * * * * *

 今期のデュエル・ワールドリーグが幕を降ろした。今夜は海馬コーポレーションビルにおいて、大会終了記念のパーティーが開かれる。亮も新しい決闘王の表彰に立ち合うために特別ゲストとして招待され、ネオ童実野シティまでやってきた。
 この種の『華やかな』仕事を今まで一身に引き受けていた翔は、今日は怪我をしたリーグの所属プロの看病に掛かりきりになっている。オーナーの片割れとして、いざデュエル以外の責務に携わってみると、弟の万能さが身に染みて理解できた。あれは小さな身体で亮よりも余程器用な男だ。
 八月、相変わらず鳴り止まない蝉の声もどこか哀愁を帯びてきたように思える。アスファルトの地面から立ち昇る熱気が景色を歪めて見えた。
 昼過ぎに目的地に着くと、海馬コーポレーションビルの前では子供向けのイベントが開催されていた。駆けてきた少年とぶつかって、小さな身体が転びそうになったところを支えてやる。少年は頭を上げて、礼を言おうとしたのだろう、口を開いたが、亮を見るなり「ヘルカイザーだ!」と叫んだ。顔色を無くして慌てて逃げていく。ヒールには相応しい仕打ちだが、少し堪えた。
 ビルのエントランスの受付を通り、打ち合せの用件を伝えてエレベーターに乗った。ゆるやかに上昇していく箱の中から、透明なガラス越しに美しい庭園が見える。色とりどりの花に埋れるようにして、目を引く赤い服と、チョコレート色の頭があることに気付いた。
 間もなくエレベーターは目的の階層に停まったが、亮は自然に下階行きのボタンを押していた。また扉が閉まる。
 トップスの上層階にせり出すような形で造られた庭園には、ほとんど遮蔽物が無く、遥か遠くの景色までが見渡せた。まるで空に浮かんでいるような気分になる。シティで暮らす人々の営みを他人事のように見下ろしているのだ。
 白いタイル張りの花壇は良く手入れが行き届いているが、植え方にむらがあった。造園業者の手によるものではない。花のことは専門外で、名前も知らないが、それでも鮮やかな色彩は美しかった。むせかえるような花の匂いの中、風が葉を揺する音に混じって、かすかな嗚咽が聞こえてきた。
 摘んだ花を束にして脇に置き、昔馴染みがベンチの上で膝を抱えて蹲っている。昔から幼いところが目に付く男だ。二歳歳下で、弟と同い年だったせいで余計にそんな印象を受けるのかもしれないが、少なくとも翔はもう亮よりも余程大人びている。
「十代」
 十代はこちらの姿に気付くと野良猫のように毛を逆立たせて、恐る恐る顔を上げた。弱みを他人に見られてしまったばつの悪さと身構えが、先程亮を怖がって逃げた子供とどこか重なって見えた。
 放っておけなかったのは、そのせいだと思う。
 頭を撫でてやるくらいしか思い付かなかった。宥めるのに失敗して、十代の嗚咽は更に大きくなって、ついには幼児のように大声を上げて泣き出した。亮は親友のように、上手い慰めの言葉を言えるような器用な男ではない。それでもこの大人が、子供のように泣くのを止めるまでそうしていた。
「喧嘩でもしたのか」
 十代は、駄々っ子のように頭を振っている。この男は昔と何も変わっていない。それを早々に確めて、用事が無くなってしまったなと考えた。
 何があったのかは聞かない。ただ、「それで出るのか」と尋ねた。今夜のパーティーには十代も出席をするはずだったが、人前に出るにしてはひどい顔をしている。瞼は腫れぼったく、顔色も青い。また痩せた。虹彩異色症の両目はあきらかに人のものではなかった。
「もちろん」
 十代は胸に花を抱いて俯き、くぐもった声で言った。
「もう戻るよ。あとでまたな、カイザー」


 夜になると十代はもう泣いていなかった。ダンス・ホールの控えめな照明の下で、ワルツに合わせて赤いスカートの裾が翻る。さすがにお仕着せだろうが、スリット入りのロングドレスを嫌がる素振りも無かった。彼が雌雄同体に変わって十年が経つ。慣れたのだろう。女の方が都合が良い時には女になり、男でいる方が具合が良い時は男でいる。少年は大人になって、聡明さと共に狡さも身に付けていた。
 いわく、バレンタインデーにはスーツを着てネクタイを締め、他の男性社員と一緒に食堂のおばさんにチョコレートを配ってもらった。近所の惣菜屋へ買い物に行った時に、女の格好のおかげでおまけをしてもらった。十代のとりとめのない話に、踊りの相手をしながら耳を傾けていた。
「でさ、エビフライを買ったらコロッケを一個くれたわけ。美味いんだよそれがまた。じゃがいもとタマネギの普通のやつな。でもあそこのかぼちゃも捨て難くてさ……」
 社交ダンスを踊っている最中にするにはずれた話だと思う。普通の女性はステップを踏む時にコロッケの具の話はしない。ただ夢でも見ているように瞳を潤ませて、頬を赤らめて見上げてくる。正直を言うと、そういう視線は苦手だ。居心地が悪いから外に出ていると言って、いつも翔に小言を言われている。
『仮にもひとつのプロ・リーグの経営者たる者が人付き合いが苦手とか言ってて良いと思ってるの? 甘えないでよお兄さん。可愛い女の子に迫られるのが嫌だなんて贅沢にも程がある。まさかホモとかじゃないよね。いやいや、『ホモって何?』とか言うんだよね、お兄さんは。そういう人だよ。デュエルばっかりで、デュエルしかなくて、それが悪いとは言わないけど、もっとこう……そんなだからちゃんとしたお嫁さんが来てくれないんだよ。お兄さんより先にボクが結婚するわけにもいかないし、これでも弟として気を遣ってるんだからね。決してボクがもてないとかそういうことじゃなくて』
 ―― 本当に弟には頭が上がらない。
「すげぇ目で見られてるよ、オレ」
 十代が面白がるような口調で言った。
「あんたと踊ってるオレに妬いてんだ。みんなあんたの事が好きなんだよ。パーフェクトなカイザーに憧れてるんだ」
「勘弁しろ。お前を女だと勘違いしているんだろう」
「あれ、あそこでハンカチ噛みながらこっち見てるのって胡蝶蘭だよな? オレには気付いてないみたいだけど」
 不思議そうに首を傾げて、赤いヒールを軸にして軽やかに反転する。
「オレはそんなに変わっちまったかな」
「ああ。見る影もない」
「はは、ひっでぇ」
 まさかあの十代と煌びやかなシャンデリアの下で踊ることになるとは、オベリスク・ブルー時代には想像もしていなかった。オシリス・レッド生だった十代も同じだろう。
「お前らしくないな。踊りなど、どこで覚えた」
「海馬コーポレーションの社員教育の賜物だぜ」
 破天荒な十代に興味も無さそうなことを憶え込ませるとは、一体どんな手段を使ったのだろう? 授業を聞かないドロップアウト・ボーイに困り果てていたクロノスに、是非とも教えてやって欲しかった。
「社長のどんな無茶振りにも対応できるようにってさ。『できません』って言葉にはもれなくジュラルミン・ケースの角が進呈されるわけだ。おっそろしいぜ」
「お前でも怖いと思うのか」
「うーん……確かにお仕置きされるのはおっかないんだけど、何ていうか、相手があの人だと『もっと下さい』って気分になる」
「その気持ちは分かる」
 十代の顔はいつも通りのそっけなさで、先程まで泣いていたことを微塵も悟らせない。亮はしみじみと感じ入った。
「猪爪がお前を女狐だと言っていた理由が理解出来た」
「そっか? 誰だっけ。オレには良く分かんねぇな〜」
 瀕死の重傷を負わされて病院へ運び込まれた男の話を聞いても、十代は無反応だ。確かに女狐だと胸の中で繰り返した。
「お前ほどのひねくれ者を泣かせるとは、ヨハン・アンデルセンは大した男だ」
「なんだそれ」
 十代が、面白く無さそうに口を尖らせた。
「なんで、分かるんだよ」
「お前が涙を見せるような相手は限られている」
「……ヨハンは、何も悪くないよ。悪くない」
 赤い靴のつま先で立ち、くるりと回転した。
「なぜあの通達を受けた? 趣味が悪い。お前の性に合うとも思えなかった」
 先日治安維持局から、特異な体質の十代と、最強の決闘者のひとりであるヘルカイザー亮の子孫を残したいという申し出を受けた。亮はもちろん断わった。意外なことに十代は受けた。
「カイザーが引き受ける所が想像できなかった」
 澄まし顔で言う。もしも亮が受けたら、代わりに断わるつもりだっただろう。そのくらいには互いを知っていた。
「お前は綺麗になった」
「いとこの成長でも見たみたいな言い方だな」
「だが嘘で飾り立てた美しさだ。野暮ったくても味がある昔のお前のほうが面白かった」
「あんたは相変わらず厳しい人だ。そして鋭い。あー怖い怖い」
「怖いのか」
「優しいよりはずっといいぜ。オレは最近じゃ随分涙もろいんだ。歳取ったせいかな」
 仕事はもうひとつある。十代もそれとなく悟っているはずだ。聞かれる前に白状した。
「遊城十代。お前を殺せと依頼を受けた」
 十代はしばらく思案していたようだが、依頼人に思い当たる所は無いようだった。もしくは、身に覚えがあり過ぎて分からないようだった。
「あんたにオレは殺せないよ」
「そうか」
「いつか―― あんたよりもオレよりも正しくて揺るぎなくて、悪に容赦しない正義の味方がオレの目の前に現れるんだよ。そいつがオレを倒すんだ。きっとな」
「そんな奴がいるのなら、オレも是非ともデュエルをしたい」
「もう少し先だよ。予兆を感じる」
 あのドロップアウト・ボーイが難しい言葉を知っていたのが意外だった。十代は得意そうにして、歯を見せて笑った。
「こういう時に使うんだろ? 予感、とか。虫の知らせってやつ? じゃ、翔によろしくな」
 薄い手のひらを振って、十代が亮の横を過ぎていく。すれ違い際に花の匂いがした。空に浮かんだ庭に咲き誇る花だ。背の低い姿がいやに儚く見えた。
 幼い頃、泣いている弟にそうしてやりたかったように抱き締めてやるべきだっただろうか。
 しかし亮は、自分がそれをできないことを良く知っていた。人を抱き締めたり言葉で安心させてやることが苦手だった。おそらく弟もそうして欲しかっただろう。だができなかった。何故できないのかが分からなかった。慰めに掛けた言葉は厳しく相手の落ち度を責め、行き場のない手を握り締めるしかない。不器用にも程がある。
 あの頃の十代も今の十代も同じだ。まっすぐ前を見ている十代と、ひたすら上を向いている亮は、いつでも視界が違い過ぎた。彼の背中を追い続け、彼と共に走ることができる者が少し羨ましい。
 そう考えながら、去っていく赤いドレスの背中に声を投げた。
「オレならお前を泣かさなかった」
「え?」
 十代は驚いた顔で振り向いて、亮がどうかしたんじゃないかというふうに目を眇めて観察していたが、腕組みをして困った顔になった。
「カイザーって、やっぱちょっと変だよ」
「おかしいか?」
「うん。変だよ」
 十代は大真面目な顔をして頷いた。
 それが、亮がまともだった十代を見た最後になる。

 * * * * *

 手術室のランプが消えた。薄ぼんやりした廊下の明かりの下で、翔は長椅子から立ち上がった。重い鉄の扉の中から顔馴染みの医者が出て来て、ようやく安堵の表情を見せた。
「一時は危なかったがね。どうにか命は取り止めたよ」
「ありがとうございます」
 翔は深く頭を下げた。張り詰めていた緊張の糸が解れていく。医者は首を振りながら、「ただ楽観はできない」と付け加えた。
「普通の傷じゃない。塞がらないんだ。猪爪君が一体何の動物に引っ掻かれたのかは分からないが、あの爪痕ね、信じられないかもしれないが地球上の生物のものじゃない」
「心当たりはあります」
 翔は信じてはもらえないだろうと感じながらも、はっきりと断言した。
「悪魔の仕業です」

 * * * * *

 サイバー流プロ・リーグ会場の喫茶スペースへやってきたその人は、十年前と何も変わらない声を掛けてくれた。
「久し振りだ。翔。相変わらずちっこいな」
「そっちこそ全然伸びてないでしょ。会えて嬉しいよアニキ。待ち合わせをすっぽかしたら、<NEX>最高責任者の恥ずかしいデータをネットに流してやろうと思ってた」
 猪爪から託された記録媒体を指先でくるくると回してみせた。
 このデータは、とある情報屋の元へ常連から預けられていたものらしい。猪爪が手に入れる前にも、何人もの人間の手を渡ってきていた。シティに潜入した諜報員のメモもあったし、フリーのジャーナリストが撮った写真もあった。残念ながら彼らの行方は知れない。
「おっかないな」
 闇の中で、十代が白衣のポケットから翔が送った『果たし状』を無造作に引っ張り出して、肩を竦める気配があった。月明りが窓から射し込んできて、赤い靴と、ドレスのような上着と、相変わらず艶のないチョコレート色の髪を青白く浮かび上がらせた。
「……なんだか、昔ここに座ってみんなと話してたのが夢みたいだ」
 十代はそう言って、不気味に光る虹彩異色症の眼を懐かしそうに眇めている。
「コーヒー飲むでしょ?」
「いや、いい。すぐに戻る。無断外出がばれたら厄介だ」
 首を傾げて、どこか楽しそうに言った。『厄介』などとは微塵も思っていない様子だった。
「……そのためにシティ中の電気を切っちゃったの?」
 翔は呆れてぼやいた。どうやら十代は盗聴機や発信機の類を身体にくっつけられているらしいが、ごまかしにモーメントに悪戯をするのはやり過ぎだ。今夜のシティは暗闇と混乱に包まれている。
「相変わらずアニキは他人の迷惑を省みない人だよ。それより、最近特に気に入らなかったことだけど―― ちょっとアニキ、弟と結婚したの? 子供まで作っちゃったの? アニキのモラルは一体どうなってんの」
「知らなかったんだよ。オレも」
「知ってても気にもしなかったくせに」
 翔は鼻を鳴らして、テーブルの上に肘をついた。
 <カーレン・アンデルセン>―― 倒すべき世界の敵、人類の脅威、絶対悪。人間の胎児を食い殺して成り代わり、何食わぬ顔をして人として生まれ、人に紛れ込んで、世界を混乱に導く悪魔。影丸を殺害し、<新生セブンスターズ>を取り纏めていた本国の長官も先日庁舎ごと焼いた。
 鮫島からあの偉ぶった長官の訃報を聞かされ、『次は君達の番だろう』と警告を受けた。
『くれぐれも身の回りに注意してくれ』
 おそらく鮫島は初めから世界の敵の正体を知っていたのだ。相変わらずあの校長は狸だった。
 ―― <カーレン・アンデルセン>は、遊城十代だ。
 猪爪はそう言っていた。
 ヨハンの『大好きな姉さん』という言葉を思い出す。姉と弟でただれているにも程があるが、この二人なら奇妙に納得ができた。ヨハンと十代は、どちらも人の倫理や価値観というものを超越していた。精霊世界に傾倒し、人間世界の常識が当て嵌まらない。もしも世界が滅びた後に、神様が一組のつがいを世界に残すとしたら、この二人なのだろう。そう思う。
「猪爪くんから大体の話は聞いてるんだ」
 猪爪誠とは、デュエル・アカデミアで行った流派をかけての決闘を翔が制して以来の付き合いだ。兄と共に新たなプロ・リーグを立ち上げた後、彼をサイバー流リーグへ招いたのは翔だった。猪爪は長い間外道と罵られ、誰にも認められなかったサイコ流の力を世に広めることができたと恩義を感じたらしく、今では翔を兄貴と呼んで慕ってくれている。
 ある時、リーグに登録されているプロ・デュエリストの間で違法な薬物が広まっていることを知った。猪爪が事件の解決を買って出た。翔に恩返しをするつもりだったらしい。単身調査に乗り出し、<ライトイレイザー>と<NEX>に辿り付いた。
 <NEX>の最高責任者とは、猪爪も以前から面識があった。十代は翔のリーグにも良く顔を出していたのだ。猪爪は翔に気を遣ったのだろう。内々にこの一件に片を付けてしまおうとした。海馬コーポレーションへ忍び込んで<幻の決闘王>と呼ばれている十代に決闘を挑み、返り討ちに遭うことになる。彼の深い傷はその時に付けられたものだ。獲物を決して逃がさない悪魔の傷痕だ。
 今の十代は全く自制が効いていない。人ではなくなった存在だからこそ、人を愛して精霊を慈しむ優しい心を何よりも大切にしていたその人が、形振りを構わずに沢山の人間を傷付けている。
 スイッチが切り替わるように真逆の性質に変貌する。これは初めてでは無かった。だからこそ翔は感付いた。
「……ヨハンに、なにかあったんだね」
「やっぱわかるんだな。翔も」
 十代は疲れた様子で微笑んだ。表情はどこか皮肉を含んでいる。先日兄に会った際にも同じことで虐められたのかもしれない。
「ずっと見てたからね。傍にいない間もいつもキミのことを考えてた。せっかく治ったと思ってたのに。アニキのヨハン依存症」
 新決闘王の表彰パーティーから帰ってきた兄に何を尋ねても、返事はぶっきらぼうに「知らん」や「さあな」だ。兄は嘘を吐けない。言いにくいことがあると黙り込んでしまう。
 兄は不自然な位に十代の話を避けていた。『そういうことなのだ』。とても分かりやすい人だった。
「アニキったら、またひとりぼっちの顔してる。どうしてなのさ? ボクらはヨハンが留学して来る前からずっとアニキと一緒にいたじゃない」
 翔は肩を竦めた。自分で言っておきながら、これは嫌味にしても少し性質が悪いと思った。
「……なんてね、分かってるんだ。ほんとは。一度失った信頼は取り戻せない。アニキは一度ヨハンの為に全てを……仲間のボクらまで犠牲にしようとした。ボクらは一度アニキを見捨てた。あの時みたいに、誰もが見限ってしまいそうな時にもアニキのことを信じられる人は、世界も自分も省みないでアニキのことを守ってくれる人は、アニキが無条件に信頼できる人間は、今何人くらいいるのかな。
 その中で一番ヨハンが優しかった。そうでしょ。優しくしてくれるなら誰でも良かったんじゃない? アニキを責めないで、叱らないで、一番甘やかしてくれるヨハンに縋ってるだけじゃない。アニキの心の闇を知ってて、それでも優しくしてくれる人よりも、何も知らないままで何も聞かないでいてくれるヨハンの方が都合が良かった。覇王を知らないヨハンの前では昔みたいに人間でいられる。ただの人みたいに振舞ってる自分のことが好きなだけじゃない。自分の中の闇と向き合うのが怖いだけじゃない。図星でしょ。ボクがどれだけアニキを見てたと思ってるんだ」
 十代は黙って翔の話を聞いている。
 ふと、彼がクロノスに叱られて項垂れている姿を思い出した。この人は大人になった。それでも過去の思い出の中に永遠の少年を見てしまう。いつもぴんと立っていて、困ったことがあっても翔達が手を貸す前に一人で何とかできてしまっている。
 皆のことが大好きだった十代は強かった。誰かひとりを愛してしまった十代は脆かった。この人を全く別の生き物に作り替えてしまったヨハンが恨めしくて、同時にひどく羨ましかった。
「ヨハンはむごいよ。何でも分かってるって顔をしてるくせに、アニキのことを何も知らない。いつか言ってたよね、あいつ。十代は俺の光だなんてさ。アニキの本当の姿を知ってる人間なら絶対に言えない言葉だよ。物凄い嫌味じゃない。好き勝手にアニキの心を土足で踏み荒らして、そのくせに闇を認めない。アニキが壊れちゃったのは……壊れちゃうのは、いつもあいつのせいだ」
「翔。オレは何を言われてもいい。その通りだ。―― でもヨハンは、何も悪くない」
 まるで神様の名前を唇に上らせて、十字架を手に頭を垂れて祈りを捧げるように、十代が言った。
 ヨハンはいつだって十代の光を吸い上げてしまう。奪った光が自分の生来のもののような顔をして輝き、その隣で空っぽにされた十代は薄汚れて灰を被っている。
 ヨハンが赦せない。彼こそが悪魔のようだった。十代を穢された怒りと奪われた嫉妬を覚え、この人にこんな儚い顔をさせたヨハンが今この場にいたらただでは済まさないと考えた。
「まただ。こんなの、まるであの時みたいだ。今のアニキは泣くのも笑うのもヨハンの為だけなんだ。目の前にあるヨハンの背中しか見えてなくて、後ろにいるボク達のことなんて振り返りもしないんだ。全然成長してない」
「成長なんて関係ないさ。答えは見つからない。オレはどんなに大人になっても、どんなに人から掛け離れても、愛する人を見失った時にどうすればいいのか、何が正しくて間違っているのか分からない。ただ諦められない。追い求めて走り続けることしかできない。何度でも同じことを繰り返すだろうさ。愛する人を取り戻すためなら、鬼にでも悪魔にだってなってやる」
「ヨハンはそんなの望んでないよ、きっと」
 口にしてから、ひどく当たり触りのない一般論だと思った。心にもないことだ。十代は子供を諭すような口調で、優しく言った。
「翔はオレが死んだらどうする? いなくなったら泣いてくれるか。忘れられるか」
「その質問はずるいよ。ボクがアニキを忘れられるわけ……」
「ごめんな」
「そんなふうに謝るのはよしてよ。一体猪爪くんに何をした?」
「オレはお前には甘いんだ。翔、友達は誰も傷つけたくない。でも他は違う。あんな奴ら人間じゃない。怪物ばかりだ。いらない。いや、いちゃいけない」
 十代の声に憎悪が混ざり込んだ。一瞬ひどく醜く顔が歪んだ。―― 『あんな奴ら』とは誰の話だ?
 しかし、すぐに悪意は幻のように掻き消えた。平坦で冷静で優しい声で、十代は続けた。
「大切なものを守りたいか?」
「当たり前だよ。ボクはもうアニキの後ろをついて回ってた子供じゃない。ボクはボクを慕ってくれる人達を守らなきゃならないんだ。みんなを切り捨ててまでアニキの全てを肯定できる程無責任じゃない」
「ならお前は選び取らなきゃならない。正義を全うすることができるか。悪を裁くことができるか?」
 十代は真剣な目で翔を見つめていた。
「ボクは」
 翔は唇を震わせた。言うべき答えはもう決まっていたが、それが分不相応に大それたことのように思えて恐ろしかった。とんでもない過ちを犯そうとしているのではないかという疑念が浮かんで、手のひらが嫌な汗で湿った。気分が悪い。嫌な感じだ。
 十代の物語の結末を想像した。教訓めいた童話のように善意と救いで完結する物語だ。悪魔は罪に値する罰を受けて世界から退場する。かつてその悪魔は、誰より正義を愛するヒーローだった。
 傍観者としてではなく、最強ヒーローの一番の弟分として、翔がやるべきことはひとつだ。
「遊城十代。ボクがお前を止める。ボクが……」
 十代の首に手を掛けた。
 柔らかい皮膚の下の鼓動を感じて、確かに熱い血が通っていることを知る。十代は翔を見上げ、微笑むこともなく、哀しげな様子もなく、ただ疲れたように目を閉じた。抗いはなかった。ひどく腹が立って、虚しい気持ちになった。
「なんで抵抗しないのさ。アニキなら、ボクなんかすぐに殺せるのに。まるで誰かが罰してくれるのを待ってるみたいだ」
 きっとその通りだ。十代は悪を滅ぼす正義の味方を待っているのだ。
 彼自身は善でも悪でも偽善でも偽悪でもない。周りが勝手に言っていることだ。ある時は正義のヒーローだと持て囃され、ある時は非情の覇王だと畏れられていた十代は、ただ名前を呼んで、慈しみ、守り、無条件で愛してくれる男を知った。脆く傷付きやすい素肌を晒した。そして、置き去りにされた。そのために壊れてしまった。
「できるわけないよぉっ……! 赦せない。ボクがどれだけアニキを好きだと思ってるんだよ! ずるいよ。できっこないよ! アニキを裁くなんて!」
 翔は叫んだ。
 その人は確かに世界の敵で悪だった。何度世界を救っても、自身が脅威となった時は、また別の誰かの正義が彼を裁く。愛する者を見失い、呆然として、ふらふらと虚ろに歩き続けるその人を捕まえて、殴り倒し、土に埋めて、得意げに胸をそびやかす。それこそが正義だ。
 そんなものに、翔はなれない。
「悪い、翔」
 冷たい手が、優しく翔の頭を撫でた。
 兄の亮は昔から不器用な人で、泣いている年下の弟を見ても抱き締めて慰めてやることができない人だった。オシリス・レッド寮に割り振られても気にも留めず、成績が悪くても卑屈になることもなく、頼りになって、翔が貶められると本気で怒ってくれて、いつも太陽のように温かい十代を見て、この人が本当のお兄さんならどんなに良いだろうかと何度か本気で考えたことがあった。理想の兄だった。
 亮に悪いとは思わない。あの本当の兄もまた、屈託なく無邪気にデュエルを愛し、誰にでも好意でぶつかっていく十代のことを理想の弟として見ている節があった。おあいこだ。
 理想は理想だ。十代が翔の兄になることはないし、亮の弟になることもない。十代の何もかもを分かっている気になっていても、彼は年月が過ぎると知らない姿ばかりを見せるようになった。
 ヨハンを語る時、その人は頼れる兄貴分でも、憧れの決闘者でもなくなってしまう。鬼だ、悪魔だと畏れられているその人が、まるで初恋を知ったばかりの少女のような顔を見せる。
 そんな顔は見たくなかった。十代が他人のものになって、他人の為だけに笑うことに耐えられるわけがなかった。その身を犠牲にして血に穢れていく姿を直視できるはずがなかった。
「アニキ……あにきいい……!!」
 胸に額を押し付けると、昔知っていた少年らしい感触はもうどこかへ消え失せていた。柔らかくて、小さな子供を抱き締める為にある母親の身体だ。幼い独占欲が翔の中へ蘇ってくる。嫉妬した。ヨハンに、そして十代に育まれる彼の子供達に。
 この人のことを考えるだけで辛かった。死ぬより辛い。できれば何もかもを忘れられたらどんなに良いだろう。
 かつて翔は、大切な人が薄汚れていく姿をただ遠くから見ているだけの傍観者だった。また何も出来ない。疑いの心は何よりも翔を苛んだ。苦しい。これなら完全な悪意の方がましだ。
 十代は翔の心の闇を見透かしている。虹彩異色症の眼が金属めいた光沢を孕んで、かちりと光った。悪魔の瞳に覗き込まれると、あれほど鮮明だった思い出が頼りなくぼやけていく。
 記憶を食われているのだ。そう気が付くとぞっとしたが、どこかで安心してもいた。
 もうこの人が大好きな気持ちで苦しむことはないのだと。
「忘れていい。ごめんな。沢山苦しめたなぁ」
 十代が言った。
「闇を振り返るな、翔。お前は光を目指せ――
 闇そのものの存在が口にするには、滑稽な言葉だった。
 たとえ見る影もなく薄汚れても、人を殺しても、悪魔になっても、いまだに彼に温かさを求めている。歩いていく道を照らし続けてくれる光であって欲しいと思っている。出会ったばかりのあの頃のように。
「……ボクにとっては、キミが光だった」
 翔は、素直に告白した。自分勝手なヨハンと何も変わらないと自嘲する。
 十代は少し驚いた表情になった。哀しげに眉を寄せて、寂しく、それでいて吹っ切れた顔で笑った。
「ありがとう。生まれてキミに会えて嬉しかったよ。アニキ」
 子供から大人に変わる頃、デュエル・アカデミアで過ごした青春時代、自分は確かにこの人が大好きだった。
 今でもそれは変わらない。



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