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目的の古井戸は、木々の中に埋れるようにしてあった。互い違いに組み合わせられた石の表面を苔が覆っていて、足元にはきのこが生えていた。それ程高さはなく、覗き込んでいると今にも落っこちてしまいそうだった。小さな石を拾って暗闇の中へ投げ入れてみたが、何の音も返ってこない。井戸は随分昔に枯れてしまっているらしい。 「さて、ここがアカデミア怪談スポットその六。<低級霊が集う古井戸>だね。捨てられた弱小カードの怨念が溜まりに溜まって、覗き込んだ人を奈落の底へ引きずり込むという……」 「あいつら攻撃力ゼロだから、そんな大げさな力はないぜ」 「…………」 「それに、捨てられていたカードはある親切な男が全部拾って預かってんだ。もうここには何もない。あれからまた誰かがカードを捨てたってなら別だがな」 明日の昼食を決めかねているというくらいの気安い口調だが、冗談に聞こえない。背中を冷汗が流れていく。 「お、脅かさないでよ……」 「そうか? 悪い」 悪びれもせず、赤い制服の肩を竦めた。 「思うんだけどさ、十代も充分怪奇スポットだと思うよ」 「どうするんだ、井戸。中に入るのか?」 「な、中は……ちょっと」 龍亞は恐る恐る井戸を覗いた。吹き込んだ風が底の方で行き場を無くして、唸り声のような音を立てている。懐中電灯は持って来ているが、夜更け過ぎに井戸の中へ降りて行くにはひどく心許無い気がした。十代を見返ると、兄の臆病を鼻で笑う妹と同じような表情をしていた。 「い、行くよ。当たり前じゃないか。ここまで来て手ぶらで帰れるもんか」 つい強がってしまったのは、そのせいだと思う。 「……でももちろん十代もついてきてよね」 そう付け加えることも忘れない。 井戸の内側の壁に沿うように、縄梯子が設えられていた。古びた井戸には不似合いに真新しく、誰かの忘れ物なのかもしれない。頑丈で、龍亞と十代の体重を支えるくらいは何ともないようだ。縄梯子を伝って底に降りると、龍亞は懐中電灯の光を身体の周りへ巡らせてみた。思ったよりも深い空洞だ。白く乾いた土の表面はでこぼこしている。水の気配はしないが、少しだけ潮の匂いがした。 ふいに、甘ったるくて不気味な風が吹いてきた。空気は生温かく、湿気を含んで不快だ。唸り声が聞こえる。 いや、これは風が鳴る音だ。足が竦みそうになる自分に言い聞かせてみたが、亡者の囁きやうめき声は、龍亞の耳の傍ではっきりと聞こえた。闇の中に無数の目があって、こちらを恨みがましく睨んでいるような気がした。背筋が凍って、両腕に鳥肌が立った。龍亞は悲鳴を上げようとした。口を開く。 ――
その前に、闇が口を利いた。 『あ! 覇王様! もしかしてわざわざ我々を救いにお越しになられ……』 「<エレメンタルヒーロー・ネオス>!」 十代が赤いデュエル・ディスクを展開し、カードを叩き付けた。銀色の巨人が現れ、額から熱線を放つ。圧倒的な光に焼かれ、闇に静寂が戻った。もう何の気配もしない。恐る恐る懐中電灯を向けてみると、剥き出しの地面の上に散らばっている黒ずんだカードの群れが、焼けて白い灰に変わっていく所だった。 「……いくら何でもひどくない?」 「ひどくない。こっちにさまよい出て来てる奴らは破壊して精霊界に帰してやらなきゃ、永遠にこの世界をさまようことになる。信頼されないカードが集まって大きくなると、悪いものを呼び寄せる」 「悪いもの……」 「イガグリ頭の変なおっさんとかさ」 「それって<ネオスぺーシアン>みたいなもの?」 「オレの<ネオスぺーシアン>を悪いもの呼ばわりするとはいい度胸だ」 十代が不機嫌そうに鼻を鳴らした。ネオスも十代の背後で腕組みをして、不遜に頷いている。飼い犬は飼主に似ると言う。使役するモンスターも主人に似てくるのかもしれない。 龍亞は十代が機嫌を損ねている理由も分らないまま、以前街で宇宙からの侵略者<ネオスぺーシアン>に遭遇した時の話をした。黒い霧と共に現れた漆黒の狂犬。龍亞のパワー・ツールが悪の手先を倒したこと。 「オレのヒーロー達は、そんなふうに化けて出て人を襲ったりしない。<ネオスぺーシアン>はオレの分身だ。宇宙から来たヒーローさ。悪に染まることは決してない。オレが作ったカードだからな」 龍亞は驚いて十代を見た。十代は無愛想な顔で器用にウィンクをして、デッキの上からカードを三枚引いた。上から順番に、<パンテール>、<コクーン・パーティ>、<ブラック・パンサー>。何気ない仕草だったが、半端なドロー力ではできない芸当だ。手品を見ているようだ。 「あ、<ブラック・パンサー>……でも顔怖くない……」 「お前、悪い奴が見てる夢の中にでも紛れ込んだんじゃないか。罪悪感で一杯で、ヒーローが怖くてしょうがないんだ。……ちょっと前まで、オレも、そんな夢を見てた」 十代が言った。 縄梯子を上り、地上に戻ってから、古井戸の前で地図にメモを書き付けた。月明かりが筋になって、頭の上に繁る木の枝葉の隙間から射し込んでくるが、書き物をするには手元が暗い。十代に懐中電灯を持たせて二人で向かい合っていると、友達同士で悪戯の相談をしているみたいな気分になった。 「そういえば、うちの寮にも幽霊が出るって噂を知ってる?」 龍亞が暮らしている古い城のような外観の寮にも、アカデミア島にある建物の例に漏れず、いくつかいわく付きの話が伝わっている。 「随分昔にこの島に留学にやってきた男子生徒に一目惚れをした子が、留学生が帰っちゃった今も、その人のことが忘れらんなくて毎晩出るんだってさ……もういない留学生が過ごしてた部屋を覗きにきたり、廊下を歩く姿を見たり……」 「留学生と言や、生霊ってやつなら知ってる」 「イキリョウ? なにそれ」 「親友のとこにさ……出るんだってさ」 十代は目を細めて、不気味に唇の両端を吊り上げた。さすが悪魔族の精霊だ。意地の悪い顔をすると普通の幽霊よりも恐ろしい。思わず龍亞は半歩後ずさって、今上がってきたばかりの古井戸に足を突っ込みそうになった。慌てて腕を伸ばして十代のジャケットを掴んだ。その拍子に、左手で十代の胸にくっついているマシュマロンのようなものを握り込んでしまう。 「…………」 「あ、龍可より全然おっきい……でも片方だけだから互角ってとこだね。二人で力を合わせてもアキ姉ちゃんにはまだまだ及ばないっていうか。えーと……頑張って?」 「最低だ……」 「な、なにが?」 「お前だよ」 「じゃなくて、何が出るのってば」 「オレだよ」 「は?」 十代は肩を竦めて、元来た道を引き返し始めた。龍亞も後ろに続いて歩き出す。 「アークティック校に帰った親友から、枕元に立つなって電話が掛かってきたんだよ」 「人間じゃないんだもんね。十代。その親友、びっくりしてたでしょ」 「すごい剣幕だったな。俺の理性を試してるのか、とか。でもしょうがないじゃないか。未練があるんだから」 「みれん」 龍亞が見ている限り、いつもかったるそうな十代が口にするには変な言葉だと思った。本人も自覚しているようで、腰に手を当てて頭を乱暴に掻いている。苦い顔だった。 「気持ち悪いんだよな。入れ違いになって、あいつが故郷へ帰る時に見送りできなかったんだ。だからあいつのデッキ、オレが預かったままなんだよ。命よりも大事なもんだから、宅配便で送り返すのもなんだしなぁ」 「デッキ預かりっぱなし!?」 「ああ。やばいよなぁ」 「やばいよ! だってその人、命より大事なデッキを十代に預けてくれたんでしょ? すっごい信頼されてるよ。返しに行ってあげなよ。どうせ授業に出てないんでしょ。暇なんでしょ昼寝くらいしかすることないんでしょ。十代がいなくなってたって誰も分かんないってば」 「そうだなあ。やっぱ明日になったら、ばれないようにこっそり……」 「顔見ないの? そんなに楽しそうにその人の話をしてるのに。十代、その親友のことが大好きなんでしょ」 十代は痛い所を突かれたらしく、弱り切っている。今までの傲慢な態度が嘘のようにしおらしい。 「見れやしないさ。オレのせいであいつ、もうちょっとで死ぬとこだったんだぜ。他人を恨むような奴じゃないが、それだから余計に罪悪感があるんだよな。びびってデッキも返しに行けねぇオレにはもったいないくらい、最高の友達だぜ。ほんとに」 何でもかんでもどうでもいい不良なのかと思っていたら、友達思いの所もあるらしい。意外に真面目な顔を見てしまった。絆を大切にする姿は、やはりどこか遊星に似ていると思う。 「そうやって真剣に友達だって言って、大事にしてもらってさ、その人きっと嬉しいよ。十代の事がすっごく好きだと思うな。オレなんて同級生はみんな友達甲斐のない奴らばっか。オーボーだよ、子供だよみんな」 「あー。いじめられてんだ、龍亞」 十代は龍亞の友人関係に話題が向くと、ようやく意地の悪い調子に戻ってにやついている。少しほっとしているようだ。 「い、いじめられてないよ。……馬鹿にはされるけど」 「馬鹿にされてるうちが幸せだぜ。オレも昔はそうだった。楽しかったな。でももう馬鹿にしてくれる奴もいなくなった」 「オレがしてあげようか?」 「お前面白いな」 「えへへ。良く言われちゃう」 「……ヨハンに、そっくりだ」 しみじみと呟いている。龍亞はすぐに頷いた。 「当たり前でしょ。パパだもん。パパがさ、親子は似てるのが当たり前だって言ってたよ」 「……え?」 十代が目を丸くした。表情が大きく動くと、どこかどんぐりの実をかじっている栗鼠に似ていて、無くなっていた愛敬が帰ってくる。 「あ。前の十代みたいな顔」 「龍亞。お前オレのことを母さんだとか寝言を抜かしていたよな」 十代は低木の茂みに片足を突っ込んだ格好で動きを止めて、龍亞を穴が開きそうなくらいに見つめながら、呆然としている。 「寝言じゃないよ。うん、そうだ。間違いないよ。オレ分かるもん」 「で、ヨハンが」 「そうそう。パパ。遊城・ヨハン・アンデルセン」 「いや、待て。何がどうなってそうなる? そんなわけないだろう。ヨハンはオレの親友だ。そういうんじゃなくて、一番の友達だ。龍亞が未来から来たオレの子供だって? ヨハンとの?」 「だから初めからそう言ってるじゃない」 「……くだらない。そういう冗談は好きじゃない。オレにもヨハンにも面白くない。大体、オレは人間とは子供を作れない身体なんだよ」 「でもデキちゃってるんだよ。実際。今だって試してみたわけじゃないんでしょ? 試してみた?」 「するわけないだろ。そんなの」 「ものは試し、っていうでしょ。ヨハンと今すぐやってみなよ。できるよ」 目の前で両手を上向けて、指を折りながら数えてみる。二桁の暗算は少し骨が折れたが、少なくとも今龍亞が生まれたら、遊星よりも年上になる。それも面白いかもしれない。 「遊星、オレのこと『龍亞のアニキ』って呼んでくれちゃったりして」 「……悪趣味だぞ。龍亞」 十代が今までで一番不機嫌な顔になった。龍亞は首を傾げて、十代の鼻の先に人差し指を突き付けた。 「もしかして十代、赤ちゃんの作り方まだ知らないんでしょ。子供だなぁ、遅れてるー。じゃあ特別にオレが教えてあげてもいいからね」 「…………」 龍亞は腕組みをして、重々しく口を開いた。 「赤ちゃんはさ、<青眼の白龍>が背中に乗せて運んできてくれるんだよ。一生懸命お願いしたパパとママの所にね。大事なのは心だってオレが尊敬する人が言ってた。だから真面目に頑張れば、十代のところにだって来てくれるんだよ」 「……あー」 「びっくりした?」 十代は間の抜けた声を出して、頭を抱えて龍亞の前に手のひらをかざし、 「分かった。分かったからさ。うん。……わりー。なんか、今まで」 何故か頭を下げた。 「よくわかんないけど、ありがとう十代。信じてくれたんだね!」 「子供の言うことを間に受けるかよ。オレは薄汚れた大人になっちまった自分に嫌気が差してんだ」 くたびれたように呟いている。
森を抜けた。良く晴れた夜空の天辺に丸い月が浮かんでいる。仄白い光が島中を照らし出している。すぐ傍で波のさざめきが鳴っていた。夜の海は黒く濁っていて、少し怖い。 「ねえ十代。<デビルバスター>って知ってる?」 龍亞は草むらの間を蛇行する一本道を歩きながら、夜行性で、ようやく眠気を振り払ったらしい十代に尋ねてみた。 「嫌な名前だな。<悪魔退治>、なんて」 十代は眉を顰めている。何も知らないみたいだ。少し引っ掛かるような気がした。 「大事な宝がこの島に隠されてるんだって」 空野は、この島に名前も形も分からない大切なものが隠されていると言っていた。過去のアカデミア本島、未来のアカデミア本島。宝物はどちらに埋まっているのだろう。 宝捜しは好きだ。特に面白い友達とやるのは最高だ。怪談話から興味が移って、作りかけの地図をポケットに仕舞った。 「十代は知らない?」 「どんな宝だ?」 「知らない」 龍亞は頭の後ろで手を組んで、隣で首を傾げている十代を横目で見た。とても美しい顔をしている。向かい合って言葉を交わしていて、この人のことが好きにならない人間が果たしているんだろうかと考えた。女子にもてるんだろう。男子にももてるんだろう。 龍亞は十代のことがすぐに好きになった。龍可だって、話してみればきっと十代の良さが分かるに決まっている。遊星に初めて出会った時のように。 芝生をジグザグに縫いながら、踏み固められた道が続いている。その先に、赤い屋根のおんぼろ屋敷が見えた。今にも崩れそうなオシリス・レッド寮だ。ドロップアウト・ボーイの吹き溜まりだ。 「みんなはもう無いって言ってたけど、『かろうじて』残ってるね。レッド寮」 「オレで最後なのさ」 十代が、少し寂しそうに言った。 「もう無い、か。まあほとんど授業にも出てねぇから、いない奴扱いされてたって不思議じゃないな」 「なんか絶滅動物みたいだよね。いないはずの恐竜がまだ前人未来の秘境にいたって感じ」 「前人未開だと思うぜ」 「それもなんか違う気がする……」 十代は物知りでクールな少年に見えたが、ドロップアウト・ボーイと呼ばれているだけあって、あまり頭が良い訳ではないらしい。優等生の龍可がここにいれば、馬鹿二人だと呆れながら正解を教えてくれたような気がする。上手くいかない。 「そうそう、宝だ。空野さんは、『プログラムの綻びの大元』って言ってたよ。<デビルバスター>の……体感ゲームなんだけどね。分かるかな。ソリッド・ビジョンが実体化するんだ。実際には、モンスターが実体化してるわけじゃないみたいだけど」 「何だそれ。さっぱりだ」 「うーん、オレにもよくわかんない。ええと、モンスターを実体化させるのに、この世界と別の次元の境界線を取り払って、世界を召喚、するんだって。空野さんが説明してくれたよ」 「なんだそれ。そんなもん、ゲームにすることじゃないだろ」 いつのまにか十代は足を止めていた。龍亞は振り向いて、彼の眼の鋭さに驚いた。気だるげな猫のようだった瞳が、毒を含んだ針のように細められている。思わず逃げ出したくなるような人外の表情だった。 「ど、どうしたの? 十代」 「世界の召喚だって? 何なんだよ。この宇宙でそんなことができるのは――
ユベルとひとつになったオレしか、いないじゃないか」 熟した木の実のようだった目の色が変わる。文字通り、変色する。左眼は残酷な深い緑色に、右眼は妖艶な橙色に。金属めいた光沢を孕んだ悪魔の眼だ。龍亞が良く知っている<ガッチャ>の眼だ。言葉も記憶も失った、可哀想な異形の母親の瞳だ。 「嘘も誤魔化しもなく教えてもらう。お前が何者なのか。オレはこの世界を不安定にしている原因だ。責任を取らなきゃならない」 十代の瞳を媒介にして、得体の知れない黒い靄が心の中に忍び込んでくる。全身の皮膚を裏返しにされて、臓物をひとつずつ皿の上に並べられ、ナイフとフォークで切り分けられているような感覚だ。胃が逆流し、喉が焼ける。視界が回って立っていることもできない。たまらない。胸を押さえてうずくまった。 「――
それは、オレの骨か」 冷たい水のような声がした。 ベルトに通しているストラップが淡く発光している。ささやかで柔らかい光だ。硬直していた身体が楽になった。顔を上げると、ちぐはぐ色に瞳を輝かせたまま、十代が呆けて立ち尽くしていた。 「骨!?」 龍亞は目を丸くして、牙の形をした石細工を凝視した。まるで十代の瞳の輝きに呼応するかのように、黒曜石の光沢を持つ表面から、泡のような燐光が立ち上っている。 「そいつをどこで手に入れた」 「も、貰い物だよ」 気圧されるようにして答えた。十代はふいに顎を上向けて、星がまたたいている天を挑むように睨み付けた。 「そこで見てる奴がいるな」 「え!?」 龍亞も十代につられて夜空を見上げた。しかし、そこには無数の星が青白く燃えているばかりだ。 尻餅をついた格好の龍亞の目の前に、十代が月の光を遮って立っている。妖しい輝きを放つ瞳が、夜空に磔にされている本物の星よりも美しく、どこまでも落ちていく彗星のようにきらめいて、龍亞を見下ろしてきていた。 「ここには大切なものは何もない」 十代の声のトーンが変わった。気だるさが消えている。何かを悟ったような、静かで虚ろな声だった。聴いていると墓石の前で手を合わせているような気分になってくる。 「お前にとっても、龍可にとっても、ヨハンにとっても大切なものはない。形もない。求めるだけで傷付く。でもお前の世界のオレには何よりも大切な宝物だ。だから……ここには何もなかった。それでいい」 「分かんないよ。分かるように言ってよ」 「百年経ったら分かるさ」 「そんなの、分かる前にオレが死んじゃうよ」 「オレは死んだそうだ」 十代が肩を竦めた。救いようがない結末を迎えた物語を最後まで読み切ってしまったみたいに、ひどくつまらなさそうだった。 「だから、帰れ。こんな悪趣味なゲームなんてやってたら、お前まで不良になっちまうぜ」 龍亞はしばらくの間十代を見上げていた。何を言えば良いのか分からなかった。口を開けて閉じ、それを繰り返しているうちに、頭の中身が上下逆さまにひっくり返るような感覚が襲ってきた。目を閉じ、気持ちの悪い浮遊感に耐えて、再び目を開けると十代の姿は消えていた。 どこにもいなくなっていた。龍亞はひとりぼっちで、壊れ掛けたオシリス・レッド寮の前にいた。満天の星空の下で首を巡らせてから、両手を開いたり閉じたりした。頬を抓ってみる。痛かった。 「十代、どこ行ったんだよぉ」 立ち上がって、尻に付いた土を払いながら呼び掛けた。 あの人は何だか泣きそうな顔をしていたと思う。無駄にプライドが高そうな少年だったから、弱みを見せるのを嫌って、部屋に引っ込んで拗ねているのかもしれない。 目の前にある建て付けの悪そうなドアから、明かりが透けて見えている。龍亞はドアノブに手を掛けた。鍵は掛かっておらず、簡単に開いた。 扉の先にあったのは、そっけない程に無駄なものが一切無い部屋だ。カードカタログと日本語の辞書が並べられた勉強机に向かって、知った顔が座っている。 十代ではなかった。青い頭に青い制服を着て、光の灯らない灰色の目が、急に押し入ってきた龍亞の姿に驚いたように見開かれている。部屋の主の少年は、ハネクリボーの絵柄が彫り込まれた茶碗に温めたてのレトルトのご飯を盛って、上にスプーンでリンゴンベリーのジャムを乗せている所だった。 後ろを振り向くと、弱々しい蛍光灯に照らされた白い廊下が続いている。龍亞が何度も同級生の友達を遊びに誘いに訪れたことがある、デュエル・アカデミア・ネオ童実野校の男子寮だ。オシリス・レッド寮の建て付けの悪い扉は、アカデミア本島の夜空ごと消え去っていた。 『……あれ?』 龍亞は――
そしてネオ童実野校学年首席の遊城青は、二人揃って不思議そうに首を傾げた。
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