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 いつだったか、良く晴れた日の森の小道で、赤い靴を履いたそいつが言った。 
「なんで一緒についてくるのかって? 当たり前じゃないか。お前はオレが守ってやらなくちゃ」
 いつだったか、墓場みたいに無愛想な街が炎に呑み込まれた夜に、赤い靴を履いたそいつは言った。
「あんまり無茶すんなよ、万丈目。これからはもうオレが守ってやれないんだからさ」
 そいつは、いつも勝手に万丈目の後ろにくっついてきた。好きなことをわめいているだけで、特別に何の役にも立たない邪魔者だった。ただ、減らず口だけは人一倍で、荒唐無稽で分不相応に大それたことを恥ずかしげもなく吹いて回る。
 いつの頃からか万丈目にうるさく付き纏ってきていたおジャマ・シリーズのようだ。あの雑魚共の頭領の役割を与えてやってもいいくらいだった。全身真っ赤な<おジャマ・レッド>。興奮しやすく目付きが悪く、石頭で暑苦しい。見苦しい。相応しい。そっくりだ。
 まったく、素晴らしい思い付きだ。


 ネオ童実野シティの一角に、人々の営みが雑多にひしめく街の一等地にありながら広大な敷地を有する、デュエル・アカデミア・ネオ童実野校は存在する。台地の上に、デュエル・ディスクを模した巨大なオベリスクがそそり立っている。周囲を取り囲む形で緑の木々が正円を描いて配され、小等部の校舎を中心に、中等部、高等部とデュエル研究所、芝生が植え込まれたライディング・デュエル用の練習コース、おおよそデュエルに関連するあらゆる施設が整然と建ち並んでいる。
 調整したデッキをディスクに差し込んで、万丈目が正門の前に立つと、この世界に滅びをもたらす為に降臨した終わりの竜のしもべの一体が、ちょうど正面に向かい合う形で見えた。レベル八モンスター、<溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム>―― その奇形児。全身を覆っていたはずの溶岩は乾ききっていて、白い砂が、潮を吹くくじらのように頭の天辺から絶えず流れ続けている。長い年月を経て砂丘に呑み込まれていく古代都市の城を思わせる外観をして、緩慢に前進を続けている。流砂の塊が這いずったあとには、なめくじの軌跡のように、不気味な砂場が生まれていた。
 人も精霊も省みず、巨大怪獣はビルをへし折り、街路樹を踏み潰して電線を引き千切りながら移動を続けていた。どこへ行こうというのか、どこから来たのかも知れないが、怪物の進路は確実にデュエル・アカデミア分校と交わっている。万丈目がプロ・デュエリストとして、またデュエル・アカデミアのOBとして、子供達の輝かしい未来を育む学び舎を守るのは当然のことだと言える―― という立派な言い分を差し引いても、あの愚かな昔馴染みの尻拭いをするのは、不本意だが万丈目の引いた貧乏籤のひとつだった。
「本当に大丈夫だよね。おジャ万丈目」
 眼鏡を掛けた小柄な少年が、門の内側から心配そうに怪獣を見上げていた。
「さん、だ。こんな所でうろちょろするな。引っ込んでろ。あののろまな怪物に踏み潰されちまうぞ」
「友達の双子が街へ出てったっきりでまだ帰って来ないんだ。怪物に食べられてなきゃいいんだけど。心配でしょうがなくてさ。やっぱりオレも一緒に行くべきだったんだよ」
「問題ない。あの化物は世界一の弱虫だ。人を食う度胸があるとは思えん」
「ねぇ、おジャ万丈目。サインくれよ」
「あとでしてやるから、とっとと体育館へ逃げろ」
「後で絶対ね?」
 眼鏡の少年の友人らしい太った少年と、チョコレート色の肌をした金髪の少女にそっけなく頷きながら、万丈目はデッキからカードをドローする。
 流砂の源が、デュエル・アカデミアの正門前に到達した。バス停を踏み潰し、インターチェンジの直結ランプの隙間から、巨大な顔面が不気味に覗き込んでくる。怪物の空洞の眼窩の奥には、かすかに宝石のような光が見えた。どこかで同じものを見たような気がするが、忘れてしまった。長い腕をゴム人形のように伸ばしてくる。
 おジャマ・シリーズは、主の頭上で混乱を極めていた。イエローが不気味なしなを作って、不細工な目玉から滝のような涙を流している。
「アニキ! 相手が悪過ぎるわよぅ!」
 ブラックとグリーンは腹を決めた様子で、懸命に自分の墓穴を掘っていた。おジャマ三兄弟はこの上なく役に立たない。それだけは何十年経っても変わらない。
「ええい鬱陶しい!」
 怒鳴って、耳元で唸る蚊を叩き潰す要領で、手のひらを打ち合わせた。ひととき静かになる。
 引いたカードでディスクに触れる。全身を鋭利な刃物が飾っている、ずんぐりとした竜が現れた。<アームド・ドラゴン>。伝説と謳われるカード。万丈目のエース・モンスター。狂った世界の影響を受けて実体化している。ガラス玉のような眼をいからせて、砂でできたゴーレムの腕を、返しのついた刃の翼で受け止めた。
 飛び散った砂が目に入って、眼球が鋭く痛んだ。涙が滲んだ。視線だけを空に上げる。遠い覇王城の頂上に、面影を残して、無惨な蜥蜴の化物に変わり果ててしまった同窓生が佇んでいる。
「お前が、忘れろとか言うから、優しいオレ様は叶えてやったんだ」
 呪いを掛けるように、忌々しげに呟いた。
 もう何十年も昔のことだ。あの頃の万丈目の傍には、かしましくて迷惑極まりない茶色のぼさぼさ頭が、当たり前のように存在していた。ドロップ・アウトのオシリス・レッド。遊城十代。
 そいつは授業中に堂々と居眠りをして、チャイムと同時に大きく口を開けて欠伸をして腹を鳴らし、意味もなく宙に拳を突き上げ、俊敏そうな手足を子猿のように跳ねさせて、能天気な声を上げる―― 『よっ、万丈目!』、『お前ってさ、案外イイ奴なんだな!』、『万丈目かっこいー!』、『お前はオレが守ってやんなきゃだろ?』、『なぁなぁ、なぁなぁなぁ! 今日はエビフライの日だっけ?』……そんなふうに、十代はもう懐かない。奇声を上げない。大口を開けて下品な仕草で飯を掻き込まない。笑わない。<ガッチャ>しない。
 行方不明になったヨハンを探して足を踏み入れた異世界で、魔物の宴の供物に捧げられ、十代を恨んで倒れた万丈目は、ただうすぼんやりとした悪夢の中で絶望の片鱗を覗いただけだった。異形の怪物達に崇拝されていた覇王を。全身から人の血を抜いて、替わりに魔物の血を注いだような、異質な存在に変わり果ててしまった友人を。冷たい殺戮人形と化した十代の姿を。
 おぼろげな夢の片隅で、そんな寂しい姿を、ただ見ていた。
 あの時、本当はどうすれば良かったのか。何が最善だったのか。それは今でも分からない。元はといえば勝手な十代が悪い。ヨハンのまぼろししか見えなくなって、仲間が後ろを歩いていることも忘れて先走るから悪い。十代の目の前で恰好を付け過ぎたヨハンが悪い。それとも、諸悪の根源のユベルの性格が歪み過ぎていたせいだ。
 ―― 言い訳を幾通りも考えた。言い訳すらも考えたくなくなった。分からない。思考を放棄し、あの事件の顛末は全て忘れてしまおうと努めた。過ぎたことを言っても仕方がない。何もかもが綺麗に終わったのだ。臭いものには蓋を、寝た子は起こさず、墓の上には充分な土を盛り十字架の重石を。死体が二度と起き上がって来ないように。
 それでも忘れられるはずが無かった。起きてしまった事実は変えられない。十代は闇に染まり、綱渡りをする狸の妖怪みたいに危なっかしくふらふらと歩きながら、十八歳のアカデミア生だった頃から一ミリも成長しない身体で年を重ねていく。
 着古したパンツのゴムのように緩みきっていただらしない顔は、大人になると同時にようやく引き締まったものの、今度は下級生が脅える程に目つきが悪くなった。やぶ睨みで人相が悪いこと甚だしい。極端過ぎる。スイッチを押すとランプが点灯するブリキのロボット玩具みたいに、たまにいかがわしく目が発光する。公害だ。万丈目の涼しげで知的で温情溢れる目元を少しは見習うべきだ。
 一度起こった災難は何度でも繰り返す。また同じことが起こると、薄々分かってはいたはずだった。何故なら、あの時引き起こった事件は、根源的な所では何一つ解決していないのだ。ユベルは十代とひとつになり、狂った世界は理性を取り戻した。だが、十代のねじが外れる原因が生身の人間である限り、何度でも悲劇は再生される。ヨハンの背中を見失った時、十代はまた視界一面が白で塗り潰された濃霧の中を歩き出し、道を踏み外して遭難する。
 その時に自分はどうするのか、同じことを繰り返すのか、今度は別の方法を試してみるのか―― 万丈目は考えたくもなかった。二度と思い返したくもなかった。それでも、意識の有無を問わず、やはり何十年もその問い掛けと不安定な答えを繰り返してきたのだった。
 十六年前に、十代が強引に押し付けてきた答えはある。ずるくて惨めでみっともなく、あたりさわりがなく、素晴らしく無害な方法だった。
 『遊城十代を忘却する』。
 血筋と家柄と金でできた安楽椅子に深く腰掛けていた、デュエル・アカデミア中等生の頃の自分のように、生温い答えだ。もちろん気に食わない。万丈目に相応しいあり方とは異なっているし、それを一番良く分かっているのは、いつも万丈目の後にくっついてきて、いい加減に囃しながら、時にはたかり、時には生意気な口出しをしてきたあの遊城十代であるはずだった。その位には十代を信頼していた。それを突き返された気分だった。
 夜空を見上げて、人によく似た醜い竜に叫んだ。
「お前なんか知らん。オレの知り合いに、そんないい加減で人の気持ちなんて全然考えないドロップアウト男などいない。どんなに手を伸ばしても触れない。どんなに大声で叫んでも心に届かない。昔からそうだ。オレは一体お前の何なのだ? おい、聞いているんだろう大馬鹿者! お前、見ていたんだろう! ずっとずっとオレ達を見ていたんだろう! なんでお前は何年経っても、どれだけ時間を隔てても、ずっとそんなにアホなのだ!」
 その裏切り者は、今は異形の竜の姿で、世界の中心に佇んでいる。二目と見られない位に醜い姿を誇るように胸を反らしている姿は、見ているだけで赤面する程に痛々しかった。丸太のように太くて不恰好な腕を広げ、死人の瞳で世界を見下ろしている。誰も信じない、誰にも手を差し伸べない、棒きれと変わらない無意味な存在だ。金や銀や宝石でできた豪奢な玉座の上に座って、得意そうに鼻を鳴らしてはいるものの、冷たい台座のせいで尻が冷えている、情けない裸の王様めいた姿―― かつての自分がそうあった<最悪>を、打ち砕いて全てを変えてくれた張本人が模倣しているのは、ひどく落ち付かない心地がした。
 なおも届かない叫びが、何もかもが無駄な慟哭が、闇の中に吸い込まれていく。
「オレはお前の友達じゃないのか! なんで忘れろなんて言うんだ。なんで忘れるんだ。そんなにオレが信用ならないか。オレが怖いか。なんでいつもいつもちゃんと人の話を聞かない。お前の声はいつでもオレの中にうるさいくらい響いてくるのに! なんでオレの声だけ届かない?
 そんなに忘れて欲しければ、次は、こっちから忘れてやるぞ。それでもいいのか。お前はオレがいなくて寂しくないのか。オレがいなくても平気なのか。平気な顔をして過ごすのか! オレはお前が四六時中視界の隅でチョロチョロしててもまあ構わんと思ってやっているんだぞ、十代のばかやろう! なんでヨハンの奴ばかり見てるんだ、ばかやろうオレだってお前の友達だろうが!
 ……いや、友達だろう? 友達だって言え、オレを友達と呼べ今すぐ返事をしろ、なぁおい!
 なんで幸せそうにヨハンに笑い掛ける。オレの前では生意気な苦笑いしかしないくせに! なんでオレよりヨハンが好きなんだ。お前みたいな生活能力ゼロのドロップアウト野郎はオレ様にへこへこして寄生虫みたいに飯をたかっていればいいんだ! なんでヨハンと結婚した。お前達は二人共同じだけ馬鹿なんだから、場にお互いが揃った時に周りにどれだけ迷惑が掛かるか少し頭を冷やして考えてみろ! 十代!
 オレ達は友達だ。何十年経っても、何百年経っても、何千年何万年経っても友達だ。忘れるな。オレは忘れないからな。土下座して頼まれたって、お前みたいなアクが強くてくどくて、洗っても落としてもこびりついて取れない醤油汚れみたいな奴、忘れたくても忘れられるものか。……何度馬鹿をやっても、人を食おうが怪獣になろうが、お前が帰ってきたらいつでもデュエルをしてやる。このプロ・デュエリスト万丈目サンダーが、全力で、お前の相手をしてやる。忘れるな。待っててやるんだからな。この、貴様の万倍多忙なオレ様を待たせるとはいい度胸だが、待っててやるんだからな!!」
 金属の板を張り合わせて造ったかのような<アームド・ドラゴン>の体躯は、砂人形の愛撫を受け付けない。飛行することを諦めた凶器の翼を目一杯に広げて、武骨な腕を振り回す。打ち払う。金属の爪が<ラヴァ・ゴーレム>の砂を掻き出していく。やがて、ざらついた頭蓋骨が剥き出しになった。楔が穿たれ、割れた骨の中は空洞だ。張りぼてで何もない。
「こっちを見ろ! 余所見をするな、話の腰を折るなたまには黙って人の話を聞け! ―― 約束しろ!」
 何度も叫んだ。神も悪魔も信じはしないが、まるで祈りのようだった。
「オレは、十代、お前が……」
 書き損じたメモ用紙の末路のように顔をくしゃくしゃに歪めて、唇を震わせ、万丈目は言葉を飲み込んだ。とても惨めなことを口に上らせようとしているのだと気が付いて、血の気が引いた。一度大きく息を吸い、そしてもう一度吐き出した。
「……嫌いだ。鬱陶しい。面倒臭い。薄情者。大っ嫌いだ、遊城十代! お前の分際で、このオレ様を振りやがって! 身の程知らず! おおばかやろう!!」
 その声もやはり十代には届かない。
 ―― 届かないのだろうか?

 * * * * *

 エド・フェニックスの親友は、時折俗っぽい性格診断をくれる。
「君は勤勉で実直だ。自己にも他者にも厳しいが、意外に惚れっぽいところがある」
 ウェイト版のタロットカードがテーブルの上で気まぐれに捏ねられ、カバラのシンボルに順繰りに配されていく。セフィラが開かれた。原初の時代に極彩色の天使によって祝福されている一対の男女が描かれたカードが配置されている。占い師の口調が、朗々と謳う。
「薄幸の女性。誰もが認める類稀な才能を持ちながらも、思いやりに欠けた伴侶に一心に尽くし、個人に食い潰されて世に出ることはない。そんなひとを見掛けると、生真面目な君は相手の心が他人のものだと知りながら、それを惜しみ、同情し、苦悩し、運命のヒーローとして振る舞いたがる。救いになりたいと考える。君は相手を一目見たその時に、運命の導きを確信する……面食いなんだ、つまり。だけれど、人とは少し価値観がずれている。一般的には少々あくが強く、狂信的とさえ言える程に頑固で、したたかで只者ではない女性を好む。心当たりはあるだろう?」
「そんなものはないよ」
「大アルカナの<恋人>が指し示すカードの意味は『二者択一』。一角頭か。それとも、蝙蝠怪人か……」
「冗談じゃない。人間ですらなさそうじゃないか」
 ―― そんなでたらめな条件にぴたりと当て嵌まる人との出会いが、エドの人生において数度あった。彼女達は、あるいは彼と彼女は、したたかな強さで生まれ持った脆さを覆い隠し、ひたむきな愛を胸に抱いた気高い人で、伴侶に苦労をさせられていた。
 そして、確かに、少々あくが強かったと思う。


 二〇一〇年も、あと半月程で終わりを迎えようとしていたある日のことだ。
 特別な事件が起こったわけでもない。ただのありふれた日常を切り取っただけの、とりとめもない思い出に過ぎない。
 十二月の半ばに入ると、街はイルミネーションとクリスマスリースで鮮やかに飾り立てられ、凍り付くような寒さの中でどこか浮き足立って見えた。裸の街路樹は硬く縮こまり、鈍色の空から仄かに白いものが降り落ちてきていた。どこを歩いていても、足元に縫い付けられた影のようにジングルベルがくっついてきた。
 海馬コーポレーション主催の<ドミノ・カップ>―― 決闘者の聖地と呼ばれる童実野町において、一週間前に開幕が宣言された冬期全国大会は、冬休みを間近に控えた子供達がスタジアムに詰め掛けて、連日の大盛況だった。
 開幕式に件の<幻の決闘王>の姿は無かった。スポンサーの厚意を蹴り、決闘王のトロフィーを突っ返し、普通の会社員になったあの男に、今回こそは二〇〇九年度デュエル・ワールド・リーグの雪辱を晴らしてやるつもりだったが、相手はどうやら骨でも折ったのか、町内の病院に入院をしているらしい。ことごとく人の期待を裏切る男だった。
 横断歩道で立ち止まると、真後ろのクレープ・ショップから甘い匂いがした。行く手には増築されたばかりの童実野総合病院が見える。清潔で真新しい建物が、曇天の下でも眩しく光っていた。
 プロ・デュエリストのエドが、多忙なスケジュールの合間を縫って、暇人の見舞いに訪れてやる気になったのは、やはり相手に恨み言のひとつでも聞かせてやりたかったせいだろう。総合病院のエントランスを入ると、すぐ右手側に小さな売店が設置されている。まず、カードパックを物色しているツートン・カラーの頭が目を引いた。キャラメル色の髪が、毛先へ向かうにつれてビター・チョコレートに切り替わり、上下で綺麗に色が分かれている。相変わらず良い目印だ。
 十代が、エドに気付いて手を振って寄越した。患者衣姿ではあったが、思っていたよりもずっと元気そうだ。
「よっ、エド。忙しいのにわざわざ見舞いに来てくれたんだな。さんきゅー」
「ついでだ。近くを通り掛かったものだから、病室に押し込められたお前が辛気臭い顔をしているのを見て笑ってやろうと思っただけだ」
「ついででもいいさ。嬉しいぜ」
 前開きの患者衣は、袖口がゆったりと余裕を持って造られていて、着心地が良さそうだった。薄いブルー地で、あまり十代には似合っていない。いつも赤を纏った姿ばかり見ていたせいで、奇妙な心地さえする。
 十代は出会ったばかりの頃のように屈託なく笑って、売店の陳列棚に並べてあるゲームソフトの空き箱を指差した。
「今さ、携帯ゲーム機で最新のカードリストが見れるソフトが出てるんだぜ。知ってたか? すごくねぇ?」
「プロにはスポンサーから定期的にカタログが送られてくる。僕には必要ないものだな」
「でも品切れ中なんだよ。オレより一個前に来た子供が買ってったのが最後でさ、眼鏡のコウ君が……そうそう<エレメンタル・ヒーロー>使いの子なんだけど。その子がさ、お姉さんのみどりちゃんと姉弟でオレのファンなんだって。まだ小学生なんだけど筋が良いんだなぁ。デュエルをすると、オレとほとんど同じカード引くんだぜ」
 快活に笑う。ふと、先輩風を吹かせていた初対面の十代を思い出して、わけもなく不安になった。
 武藤遊戯、そして遊城十代。圧倒的なタクティクスと超人的なディスティニードローを展開し、フィールドを制圧する二人の<決闘王>。デュエル界に君臨するキングの姿は、決闘者を志す者にとっては崇拝の対象ですらある。
 能天気な馬鹿でも<決闘王>になれるのだと未来の決闘者に希望を抱かせるのはいいが、前途有望な子供の夢を壊さないかが心配だ。一応、「あまりだらしのない姿は見せるなよ」と釘を刺しておいた。
 狭い店内には日用品と菓子類、飲料、雑誌と単行本、セレクトの基準がいまいち良くわからない映画のDVDとゲームソフトが幾らかと、ポピュラーなカードパックが並んでいて、愛想の良い中年女性が店番をしていた。聖地と呼ばれる土地柄か、比較的デュエル関連の書籍が充実している。入院患者の嗜好を反映しているのだろう。せっかく見舞いに来たんだからと、今月号のデュエル・マガジンとカードパックをねだられて、エドは辟易してぼやいた。
「どっちかにしろ」
「ケチ」
 十代は罵声を上げてから、ふと目をまばたいた。マガジンとパックを元あった棚に戻して、手に取ったのは、単細胞には不釣合いな雑誌だ。エドは少し驚いて、疑り深い気持ちになった。
「<デュエル・サイエンス>……科学者向けの学術雑誌だぞ」
「うん、これでいいんだ」
 十代は落ち付かない様子でいる。どこか楽しそうだった。少し考えて、「これがいいんだ」と言い直す。
「本気なのか? 最も権威がある学術雑誌のひとつだぞ。載っているのはお前の頭で理解出来るとは到底思えない記事ばかりだ。専門用語が当たり前のように飛交っているし、もちろん難しい日本語漢字にルビなんて振られていない。カートゥーンで分かりやすくレクチャーしてくれるわけじゃないんだ。……会社の同僚に馬鹿だとからかわれたのか? 仕方がないじゃないか。本当に馬鹿なんだから」
 自然に子供を諭すような口調になった。十代は眉間に皺を寄せて、相手の方が一つ年上だということを忘れてしまいそうなくらいに子供っぽい顔をする。
「そんなんじゃねーもん。確かにオレは馬鹿だけどさ」
 気になった記事でもあったのだろうか。横目で目次を覗いてみた。デュエルが持つ力を信じ、娯楽性を純粋に追及するプロ・デュエリストのエドにとっては、タイトルを一瞥するだけで読む気が失せるものばかりだ。目に付いた所といえば、<深層心理に宿る精霊世界>という頭の沸いた論文が掲載されていた。
 著者はヨハン・アンデルセン。一応知り合いだ。世界に一揃いしか存在しないレア中のレアカードである<宝玉獣>を手足のように操る決闘者だ。エドと同じく、<デュエルモンスターズ>の創始者であるペガサス会長に世界五強の一人に数えられる程の実力を持つ。
 だが彼は、I2社に精霊研究機関が設立されると、プロの世界には目もくれずにデュエル研究者の道を選んだ。十代とは双子の兄弟のようにそっくりな性質をしていて、少し危うい程に仲が良い親友同士だった。
 なんにしろ、デュエル・アカデミア高校の通常授業にすらまともについていけていなかった十代には、難易度が高過ぎる雑誌だ。すぐに飽きて放り出されてしまうのは目に見えていた。色々なことを諦める心地で、押し付けられたパックの牛乳に、缶入りのレモンドロップと、その小難しい本を一緒にレジへ持って行くと、十代は日向ぼっこをする猫に似た顔になった。ヨハンの名前が入った雑誌を、絵本を買ってもらった幼児のように抱いている。嬉しそうな表情を見ていると、何もかもがどうでもいいような気分になってきた。
 横に並んだ十代よりも、背丈はもうエドの方が高い。今年の春には僅かな差だったのが、ガラスの仕切りに映り込んだ二人の身長差は、今では一目で明らかな位に開いていた。少し気分が晴れる。ようやくひとつ見返してやれたのだ。軽い優越感を覚えながら見下ろすと、真冬だというのに、スリッパをつっかけている裸足の足首が覗いている。くるぶしの骨が浮いていた。あまりにも細いから、少し気まずくなって眼を逸らした。
 売店を出た所で十代が、「病人は敬えよ」とわけの分からないことを言って笑う。花形のエドが荷物持ちにされる姿を、もしもエメラルダが見ていたら失神したかもしれない。清潔なクリーム色の廊下を並んで歩いていく。
「何かお見舞いのお礼をしなきゃな。こんなんしかねぇけど、受け取ってくれよ」
 患者衣のポケットから、四角い板のようなものを取り出した。マジックで表面に落書きをして、無理矢理エドに押し付けてくる。
「何だ、これは。ゴミか?」
「サインだよ。オレのサイン入りのCD。苦しい時、辛い時はエド、これをオレだと思って大音量で聴いてくれ」
「迷惑だ」
「なぁ、オレのサイン結構恰好良いだろ? このエッジの効いた斜めのラインがさ特に。吹雪さんが誉めてくれたし、カイザーも味があるって言ってくれたんだぜ」
「なるほど。お前が調子に乗ってるのは、また亮が無闇に甘やかしたせいか……確かに素晴らしくメタフィジカ的かつフラクタル幾何的だ」
「いやぁ、そこまでエドに誉められるとなんか照れる」
「誉めてない。読めないんだよ」
「ヨハンと遊戯さんは読めたんだぜ」
「ヨハンはともかく十代、お前は伝説の武藤遊戯に、この……雨上がりに道路の上で干乾びているみみずの死骸のような穢らわしい何かを贈ったのか? 呆れる以前に無謀さは尊敬できるが、参考までに聞いておく。一体何を書いた」
「『オレは永遠に貴方を愛し続けます』」
「<マインド・クラッシュ>級に心が折れそうになるメッセージだな。……それで、武藤遊戯はどんな顔をしていた」
「そりゃ心が広くて、男らしくて、優しい笑顔に決まってるじゃないか。手が震えてて眉毛が下がって口許がかなり引き攣ってたけど、遊戯さんはやっぱり恰好良いぜ。素敵だ」
「どん引きじゃないか。もういい、なんでお前は入院なんてしているんだ。むかつく位に元気じゃないか。ライディング・デュエルなんてわけの分からないものに手を出して、骨でも折ったのかと思っていたのに」
「わけわかんなくない。すごいんだぜ。今度後ろに乗っけてやるからエドもやってみろよ」
「……フン。まぁ、逆なら構わないがな」
「逆。なんで?」
「ちびのお前の後ろで腰に掴まっているなんて、恰好がつかないだろう」
「……よっぽど背が伸びたのが嬉しかったんだなぁ」
「何か言ったか?」
「なんにも」
 十代は、老人が孫を慈しむように微笑んで首を振った。
 病室は三階にあった。良く整頓されているというよりは、何もなく、殺風景な部屋だ。
「だって必要ないだろ。家は近所だし」
 十代はそう言いながら薄手のカーテンを窓の脇に纏めると、凍て付いたガラス戸を開けて、興奮した様子で叫んだ。
「うっわぁ。雪降ってる」
「閉めろ。寒い」
 エドは文句を言って、荷物をベッドサイドのテーブルに置いた。窓からの見晴らしは良く、埠頭と、停泊している外国の客船と、境界のぼんやりとした水平線が見えた。灰色に染まった冬の海が、不吉な波の音を立てながら、舞い降りてくる雪の塊を飲み込んでいた。十代がチェストから紙巻煙草を引っ張り出してきて、口に咥えた。幼児がシャボン玉を膨らませようとするような、気取りのない仕草だ。エドは眉間を寄せて、十代の唇から煙草を取り上げた。
「もう帰るから、それまで僕の前で煙草を吸うな。臭いがスーツに移る」
「煙草じゃない。チョコだよ。シガレットチョコ」
 甘い匂いが鼻の先をくすぐる。確かに本物じゃない。スティンランド社製のシガレットチョコレートだった。パッケージも、中身も本物にそっくりだ。十代は、煙草の形をしたチョコレート・スティックの包み紙を破いて、エドの口に強引に突っ込んでくる。自分は包装紙ごと唇に挟んでいる。もちろん、煙は出ない。
「まだちょっと口が寂しいんだ。前に、ほんのちょっとだけ吸ってたんだけど。恰好良いって思ってさ。でもやめた。もう吸わない」
「禁煙を始めた奴は皆そう言うんだ。大抵長続きはしない」
 憮然と言ってやる。懐かしい味がした。幼い頃に、同じものを育ての親に与えられて口にした覚えがある。
「ほんとさ」
 十代は穢れのない子供のように軽やかに笑って、ゆっくりと自分の腹を撫でた。
 ―― 何の仕草だ?
 何故笑うんだろう。
 その時の十代は、能天気で単純な少年でも、呪われた覇王でも、落ち付いた物腰の老人じみた青年でもなく、あぶくに変身して昼下がりの濁った海の中へ溶けて消えてしまいそうに、儚い人に見えた。
 エドは手を伸ばした。十代の頬に、壊れ物のように触った。
 ―― そして、思いきりつねって引っ張った。罵声が上がる。
「いてて! いってぇ! 何すんだ、いてぇっての!」
「知るか。ただ……」
「ただ?」
「むかついたんだよ」
 猫のような釣り目が、エドを恨めしそうに睨んだ。むくれている。
「何だそれ理不尽だぞ年下のくせに、一年も早く生まれた人生の先輩を少しは敬えっての」
 ほんの一瞬だけ、十代の姿に重ねて懐かしい誰かの面影を見た気がして、心を動かされたのだった。
 きれいだと思った。ただの間抜け面に、たとえ錯覚だろうと、そう思わされたことにひどく腹が立っていた。


 遊城十代は強い。只者じゃない。造作は美しいが、確かに少々あくが強い―― ひとまずは半陰陽であることに目を瞑ったとしても、普通の女性には蝙蝠の翼も蜥蜴の鱗もないし、目玉の数が多過ぎる。
 だが、確かにエドの未来を変えてくれた運命の人ではあった。
 ただ二人の間に存在する距離感や温度差や、信頼や不確定な感情の揺れを言葉で表現したり、一括りに纏めようとすると、途端に薄っぺらいものに変化してしまう。エドは、十代を単純に気に入っているのであって、恋や憧れとは別の次元の存在だ。友達と呼ぶと何か物足りないし、親友と呼ぶには気恥ずかしい。仲間という言葉もむず痒い。尊敬する先輩なんて冗談じゃない。そういう種類の関係にある。
 だけれど結局の所、単純な好意という点では文句のつけようもない。どうでもいい。


 ネオ童実野シティ湾岸エリアに建つスタジアムは、デュエルを愛し、力と戦術を駆使してしのぎを削る決闘者達と、彼らに共感し熱狂する人々の聖地だった。先程まで我が物顔でひしめいていた異形の魔物達は駆逐され、姿を消していたが、観客席に人の姿は無く、リングが無惨に踏み荒らされている。そして今、地球外から飛来した銀の円盤めいた形のドーム天井に手を掛けて、一匹の巨人が覗き込んできていた。
 <合成魔獣ガーゼット>―― その奇形児。この世界に滅びをもたらす為に降臨した、終わりの竜のしもべの一体だ。得体の知れない金属でできた骨格は、人を真似た形をしている。表層が風化していて、塩でできた柱のようだ。半身を白い綿毛が覆っており、ねじくれた角が頭の上に禍々しくそそり立っている。複眼が蛍の尻のように発光していた。
 エドの視線は悪魔じみた風貌の巨人を通り過ぎ、遥か遠くに聳えている覇王城へ向いている。
 十代は愚かだが、いつも向き合っている人間の理想だった。
 丸藤翔。兄に認められない孤独な弟にとっては、どんな時でも優しい思いやりと肯定をくれる理想の兄に。
 丸藤亮。弟に心を閉ざされた孤独な兄にとっては、快活で人懐っこく、屈託のない理想の弟に。
 万丈目準。友人を望んだ寂しがりにとっては、自尊心すら打ち砕き、呼吸を楽にしてくれる理想の親友に。
 エド・フェニックス。運命にがんじがらめに縛られ、復讐の牢獄に繋がれていたダーク・ヒーローにとっては、運命すらも打ち砕く勇気をくれた希望に。
 十代の本当の姿は誰にも見えない。誰も知らない。本人ですら長い間見失っていた。何色でもあり無色だ。どこにでもいてどこにもいない。そんな十代にそっくりな男が、一人いた。
 ヨハン・アンデルセン。
「あの甲斐性なしのカメレオン男のどこがいいんだ。まったく、趣味が悪い」
 誰も聞くものがいないと知りながら、ぼやいた。
 十代とヨハンは、お互いがお互いに擬態をしているような、胸の悪くなる程に調和し過ぎている二人だった。双子でもないのに本質が不自然な位に似ている二人だった。
 十代はかつて、家を空けがちな両親の代わりに愛してくれた悪魔族の精霊ユベルの記憶を切除された。ユベルが他人を傷付ける度に、幼い胸に刻み続けてきた負の感情ごと、心の闇を失った。それからは、他人に求められる為に生まれてきたようなスーパー・ヒーローを演じ続けていた。そんなふうに欠けた心で生きていた十代の中の空洞を、自身をいとわずに補い、無条件で、必ず、絶対に守ってくれる人間が、ある日突然現れる。
 ―― ヨハンだ。
 十代はヨハンの前で、初めて誰かの理想像ではなく、鏡の裏側にいる本当の姿を晒した。太陽の影に隠れて、誰からも忘れられていた小さくて惨めで泣虫の幼子が、成長を止めたままずっとそこにいたのだった。慣れない仕草で、ぎこちなく伸ばされた赤い袖が、人のぬくもりを欲しがっていた。誰かを欲しがることで、誰かに求められる幸せに、ようやく気が付いたのだった。指を絡めて二人は微笑み合う。不自然で、不恰好だが、世界中の誰よりも幸せそうに笑っていた。
「お前は僕が守ってやろうと思っていたのに」
 エドは恨みを込めて、遠い夜空に見える滅びの竜を詰ってやった。
 雨が降ったら、傘を差してやろうと思っていた。昔親友にそうされた時に、何よりも救われた心地がしたからだ。エドが十代に大きな借りを返す方法は、その位しか思い付かなかった。きっと一生面倒を掛けられるのだと思っていた。
 だが十代とヨハンは、雨の日には一緒に曇天を見上げて歓声を上げるような二人だった。お互いがいれば何もかもが面白い。雨に打たれることすら楽しい。他の誰にも理解できない程に幸せな一対だった。
「僕ならお前を置き去りにした無責任なあの男よりも、ずっと上手く守ってやれたのに」
 悪夢の頂きで破滅を謳う竜の姿は、少なくとも、幸福そうには見えなかった。神の呪いが仲間達から十代の思い出を奪い、そして十代自らも仲間達との思い出を失った。忘れることが、忘れられることがどれだけ酷いのか―― 誰よりも身に染みて知っていたはずのその人は、とても愚かで、何度でも同じ過ちを繰り返す。強がりながら、自傷癖があるとしか思えない位に痛々しく、自分の心に無数のガラスの欠片を突き刺す。独りぼっちになりたがったくせに、神はひどく寂しげだ。そんな無様な姿を晒しても、
「お前と出会ってから、僕の目はほとほと節穴だ。どんなに頭が悪くても、どんなに人から掛け離れてしまっても、むかついても、殴ってやりたい程腹が立っても、僕にはその間抜け面が、息ができなくなる位に……――
 ―― 十代はきれいだ。
 狂信的とさえ言える程に頑固な頭に、したたかな強さを湛えていて、只者ではあり得ない。エドは、十代の誰もが認める類稀な才能を惜しみ、同情し、苦悩し、運命のヒーローとして振る舞いたいと思った。悪い癖だ。子供だった時分とは違って、自覚はある。助けたいと願った。その人の救いになりたいと思った。
 デッキに組まれているのは、エドの父が遺した<E>を超える<D>のヒーロー達だ。運命に導かれて悪を倒す正義の味方達。エドの力の源であり、プライドの拠り所だ。
 かつての十代も、エドと共に運命に選ばれたヒーロー使いだった。十代は善悪の区別も分からないまま、憧れと無謀を正義と履き違えて、善の心で弱きを助けて強きも助け、悪の心で弱きをくじいて強きもくじいた。子供だったのだろう。幼い心が、成長しないまま、アンバランスに大きな力を手に入れてしまった。やがて起こるべくして悲劇は起こり、少年は闇を背負って成長した。
 あの異世界で引き起こった事件が終息してから、十代は別人のように大人びた。分別を弁え、思いやりといたわりと偽悪の為の嘘を知った。だが、人は脆いのだ。頭の悪い十代なら尚更だ。
 おそらくあの頃の十代がなりたがっていたのは、誰も傷付けず誰をも守り、他人の為だけになる優しい存在だったのだろう。そんなものは人間じゃない。大人も子供も関係がない。十代がそうありたかった大人の正体は、いるのかいないのかを誰も知らない、全知全能にして薄っぺらな神だ。
 いつかエドは十代に約束した。『望むのなら、滑稽なヒーローを演じてやってもいい』と。
 夜空を貫く<ガーゼット>の巨体を指定して、父の形見の<Bloo−D>のエフェクトを発動した。多くの命を吸い、全身を巡る熱い血に換えてきたヒーローが、薄い膜の張った翼を展開する。終末を告げに現れた巨人すらその強い引力に抗えず、瞬く間に小さな金属片へ分解されていく。蒼き<究極のD>のもとで運命の糧となる。
 十代が宿したというユベルの力―― <ナイトメア・ペイン>。悪意には悪意を、敵意には敵意を、殺意には殺意を、力には力を還すという、何ものにも傷付けられない無敵の鎧。まるで大きな鏡だ。そんなふうに、誰をも寄せ付けない絶対性がその人の中に本当に存在するのなら、エドの心に一体何を還すというのだろう。悪魔はいつでも飄々として掴み所がなく、逃足が速く鈍感で残酷で一方通行だった。
 厚意も好意も負い目も敬意も執着も、還せるものなら、同じだけ還してみせろというのだ。馬鹿馬鹿しい。



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arcen>安住裕吏 10.06.19 - 10.06.21 −