「リュウ……リュウ、おきて」
 二ーナの声で、リュウは目を覚ました。
 部屋の明かりがつけられて、そこには困った顔をしたニーナがいた。
 リュウは半身を起こして、どうしたの、二ーナ、と訊いた。
「……怖い夢でも見たの?」
「ううん、そうじゃないんだけど……なんだか、へんなの」
「?」
「へんなのが、いるの」
 手早く上着を羽織って、リュウはベッドを降りた。
「どこ?」
「これ……」
 二ーナはそう言って、ぎゅっと包んでいた両手を開いてリュウに差し出した。
 だが、そこには何もない。
「あ、あれ……?」
 二ーナはわたわたとして、きょろきょろと辺りを見回した。
「い、いない。逃げちゃった?」
「大丈夫、二ーナ。落ち付いて。なにがいたの?」
 リュウが静かに聞いてやると、二ーナは俯いて、ほんとにいたの、と呟いた。
「お化けがいたの」
「お、お化け?」
 リュウは目をぱちくりとさせた。
 二ーナはいたって真剣な顔をして、うん、と頷いた。
 冗談を言ってる様子はどこにもない。
「リュウに見せようと思って、起こしたら、消えちゃった……」
「…………」
 リュウがどう言って良いかわからずにいると、急に遠くから、どん、という衝撃が届いた。
 銃声だ。間違いなかった。
 リュウは慌てて剣を抱えて、部屋を出た。
 二ーナもついてきた。
「ニーナは部屋で待ってて! 危ないよ!」
 リュウは言ったが、二ーナはそのままついてきた。
 銃声の源は、セントラルのメインホールだった。
 そこにメベトの姿を見付け、リュウは駆け寄った。
「メベト! なにが?」
「ああ、起こしてしまったか。なに、ディクが侵入してきたようだ。警備が居眠りでもしていたかな」
「……ディクが?」
「メベト……お化けじゃなかった?」
 リュウの後ろから、二ーナがひょっこり顔を出して、聞いた。
「すごく怖い顔してなかった?」
 メベトはちょっと考えていたが、目を閉じて薄く微笑した。
「いや、二ーナ。確かに凶悪な顔はしていたがね」
「きっとそれもお化けよ」
 二ーナは譲らない。
 よっぽど怖かったようだ。
 彼女は強力な魔法使いだが、まだ子供なのだ。
 そうしていると、今度は外から悲鳴が聞こえてきた。
 それも一人ではない。
 リュウは廊下に出て窓を勢い良く開け、下を見下ろした。
 街を一望できるセントラル。眼下には、無数の明かりがある。
 家の明かり、プラントの照明、街灯、そんなものだ。
 悲鳴は、そういう人工の光が届かない暗がりから聞こえてきた。
 路地裏、休止中のプラント、倉庫。メディカルセンターからもだ。
「なんだ……!?」
「リュウ、どうしたの、これ?!」
 二ーナが慌ててリュウに取り縋った。
「……とにかく、行かなきゃ。メベト、二ーナを頼みます!」
「ああ、行きたまえ」
「わたしは!?」
「ニーナ、まずはリュウ君を行かせてやりたまえ。君は重要な戦力だが、今は丸腰だ。武器を取りに行かなくては」
「あ」
 二ーナは慌てて両手を見た。
「わ、忘れてた……リュウ! あとで追い付くから!」
「うん、二ーナ」
 リュウはにこっとニーナを安心させるように笑い掛けた。
 そして窓の下をもう一度見遣って――――硬直した。







 セントラルの真下に佇んで、リュウを見上げている『彼』と、目が合った。





「リュウっ?!」
 二ーナが目を見開いて、慌てた。
 リュウは窓枠に足を掛け、身を乗り出した。
 錯覚ではない。
 彼はまだそこにいた。
 静かに、じいっとリュウを見ていた。
「リュウ、どうしたの!? 危ないったら、リュウ!!」
 二ーナの悲鳴みたいな声が上の方で聞こえた。
 もうその頃には、リュウは窓から飛び降りて、落下していた。
 風を切るびゅうびゅうという鋭い音が耳元でわめいた。
 地面がどんどん近くなる。
 下にいる彼は、もうリュウから目線を逸らしてしまって、ふいっと歩き出した。
 まるで、来ないんなら勝手にすれば、置いてくぞ、とでもいうふうに。
「待って――――
 リュウは叫んだ。
 だが耳のそばで鳴っている風の音のせいで、上手く自分の声が聞こえない。
 そうしている間にも、彼の背中はどんどん遠ざかっていくのだった。
――――待ってよ、ボッシュ!!」
 その声は誰にも届かなかった。
 リュウにも、ボッシュにも、誰にも。

 












 
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