「エリーナ!」
二ーナは悲鳴を上げて、手のひらをかざした。
エリーナはまるで玩具の人形みたいな軽薄さで、胸を貫いていた剣から振り落とされた。
ニーナは叫んだ。集中し、力ある魔法陣を世界に解き放った。
「燃え尽きなさい!」
最上級攻撃魔法「パドラーム」の爆炎が男を包んだ。
ごうと唸り、爆ぜて、地面を溶かしてぼこぼこに泡立てながら、最後に火柱を吹き上げた。
炎がばっと散った跡に男の姿はなかった。
二ーナが訝しんで眉を顰めていると、耳元でふいに金属の擦れる音がした。
冷たい感触がニーナに触れた。
細身のレイピアが、二ーナの頬を撫でた。
「……いきなり人にパドラームかますか普通? おまえ、一体アイツにどういう教育されてるわけ」
呆れ果てたような男の声が、すぐ後ろで聞こえた。
二ーナはばっと振り向いた。
そこには、彼女に剣を突き付けてさっきの男がいた。
「エリーナになんてことをするの?!」
「どうでもいいけどさあ、それ、さっきのゾンビみたいなののこと?」
男は肩を竦めた。
二ーナは耳を貸さず、魔法を放ったばかりの魔力の昂ぶりをそのまま乗せて、詠唱した。
「これでどうかしら!」
彼女が知っている最強の魔法、「メコム」。 そして続けて、「バルハラー」。
この二撃を至近距離から食らえば、ひとたまりもないはずだ。
どんな人間でもそうだ。
二ーナは今や、この世界で最強の魔法使いだった。
リュウを守るためなら、このくらいの力がなければ話にならないのだ。
だがニーナは、先ほどパドラームの炎の渦に遮られて見えなかったものを見た。
男の前に見慣れた光の壁が現れ、彼を守り、二ーナの魔法を弾いたのだ。
「アブソリュードディフェンスですって……!?」
メンバーのみしか持たないはずの無敵の盾を目にして、ニーナは驚愕した。
目を見開いた時には、彼の剣はニーナの細い首筋を正確に狙ってきた。
それはニーナ自身のアブソリュードディフェンスに弾かれたが、男はそのままニーナの胸倉を掴み上げた。
「まったくいつもながらウザイったらないよ、このチビ。おまえ、ちゃんと利用してやろうと思ってたのに。今死ぬ?」
「……っ!」
息が詰まって、二ーナは苦しげに顔を歪めた。
サングラス越しに男の目が透けて見えた。
その目、彼女には覚えがあった。
ただしあまり良い思い出はなかった。
その男は二ーナの前に現れた時は、必ずその鋭い剣を、目を、「彼」に向けて――――
二ーナが男の名を呼ぼうとして、口を開いた時だった。
男は急にニーナから手を離し、放り出して、飛びずさった。
次の瞬間、彼とニーナの間に赤いまたたきが疾った。
ごっそりと地面が抉られた。
まるで巨大な獣の爪痕のように、鋭く陥没していた。
二ーナは我が目を疑った。
「エリーナ……?」
その先に立っていたのは、先ほど胸を貫かれたはずのエリーナだったからだ。
『お姉ちゃんにひどいことしたわね』
「だから何。ガキゾンビ、俺と戦り合うわけ。瞬殺だよ本当」
男はとんとんとレイピアで肩を叩き、だからさあ、と言った。
「おまえらの中で一番強い奴、出てくれば?」
『……あなた、来る頃だと思ってた。どんどん近づいてくるって、さっき『ボッシュ』がそう言ってたわ』
「変だね。結構その名前、多いの? 俺も聞いたことがあるんだけどさ」
『あの子を泣かせに来たのね』
「さあ?」
すっとぼけた顔をして、男は剣を突き出した。
それは正確にエリーナの額を貫通した。
だが、少女は顔色ひとつ変えなかった。
血も出なかった。
ただ真っ赤に目を燃え上がらせて、男を見上げ、言った。
『『ボッシュ』が怒ってるわ。帰って。あの子、もういじめないで』
「帰ってその『ボッシュ』に伝えなよ。生み出してる奴共々、すぐにぶっ殺してやるってさ」
エリーナは目をすうっと細め、そして全身を弾けさせた。
真っ赤な光が満ちて、広がり、収束し、そして地面へと吸い込まれていった。
二ーナは事の成り行きについていけずに、呆然としていた。
ただ今しがたまで微笑み合っていた少女の赤い目に、ひどい既視感を覚えていた。
そしてその正体を、彼女は知っていた。
(……あの目、あれは……)
真っ赤に燃える、赤い光。
それそのものが炎のよう。
彼女には馴染みがある光だ。
あれはリュウの目だ。
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