第一商業地区にあるオープンカフェに、その男とニーナは二人して顔を突き合わせて座っていた。
 もう夜が来て、店はバーへと姿を変えている。
 周りにいるものは酔っ払いばかりで、二人の会話に気を留めているものはいない。
 二ーナは奇妙に顔を緊張させて、目の前でベリーパフェを口に運んでいる男を睨み付けていた。
 彼女の前には、水の入ったグラスだけが置かれている。
「そんなに見たってやらねえぞ」
「……そんなんじゃないわ」
 二ーナは強張った声を出した。
「……どういうことなの? エリーナはどうなったの? どうして消えちゃったの? あの赤い眼はなに? リュウみたいな。そもそも、あなたは死んだんじゃなかったの? リュウがやっつけたの、わたし見てたわ。仕返ししにきたの。もしそうなら、そんなことさせない」
 男はなんにも答えなかった。
 ただ黙ってベリーパフェを一口、口の中へ放り込んだだけだった。
 その仕草が、おまえになにができるよ、と言われているようで、二ーナはぐっと黙り込んだ。
 また緊張を含んだ沈黙が流れた。
 彼は最後の一口を掬い、口に入れ、飲み込むと、ようやくニーナのほうを見た。
「なんかごたごたと取り込んでるみたいだけど、オリジン様は元気?」
「…………」
 二ーナは俯いて、口篭もった。
 皮肉で言われているのは分かった。
 この男がリュウに「様」なんて付けて呼ぶわけがない。
「……元気じゃないわ」
「あんなに必死で目指してた空じゃん。上司ぶっ殺して、相棒も裏切って、オマエと幸せに暮らしてるんだと思ってたよ、積み荷女」
「……リュウ……」
 二ーナは言うべきか迷ったが、溜息を吐いて、ぼそぼそと言った。
――――幸せなんかじゃないわ。身体がぼろぼろになっちゃって、なのにみんなリュウを頼ってばかりで、リュウを追い詰めて、最後には殺しちゃうの」
 二ーナは忌々しく、呟いた。
「みんななんか、だいきらいよ」
「……殺すって、穏やかじゃないね」
「あなたが穏やかなんて言うの、すごく変よ。リュウにひどいことばっかりしてたくせに」
「お言葉だが、判定者二ーナ様。俺、おまえらにわりとひどい目に合わされたぜ?」
「知らないわ、あなたなんか」
 二ーナはそっけなく言った。
「リュウをいじめる人なんか」
「ふうん。じゃああいつ、死ぬんだ」
「…………」
「それっていつ? もう死んだの?」
「…………」
「オマエが生きてるってことは、まだ生きてるな、あいつ。絶対後を追うタイプだよオマエ」
「…………」
「だんまりはいいけどさあ」
 男はそうして、にやっと笑った。
 ひどく意地の悪い、底の知れない笑顔だった。
「取引をしないか?」
「……どういうこと」
 二ーナは固い顔で、訊いた。
 男はさも簡単なことだ、というふうに、腕を広げて言った。
「条件はおまえの持ってる鍵だ。セントラル最上層には、統治者――――おっと、判定者しか入れないんだろう? 余計な手間はめんどくさいし、俺はあいつに用があるだけだからさ」
「……それであなたは何をしてくれるっていうの?」
「簡単。助けてやるよ。おまえのオリジン」
 そんなことが信じられるわけはなかった。
 二ーナが疑惑を顔中に浮かべていると、男はせせら笑うようにまたにやっとした。
「どうせオマエには何にもできないんだろ。俺にはできる。なんでも、不可能はない」
「……リュウを助けて、今度はあなたが殺すんでしょう? そんなの同じよ。あなたもリュウに優しくない人よ」
「なんで俺があいつに優しくしてやらなくちゃならないんだよ」
「リュウはわたしが助ける。セントラル全部壊してもいいわ。世界なんかどうでもいい。あなたはもう帰って」
「可愛げのない女だね。少しはオリジンに媚び売ってる欠片くらいの愛想は必要だと思うぜ」
「……わたしは、媚びてなんていないわ」
 二ーナは、心外ね、と言った。
「リュウは優しいもの」
「優しいリュウ様は、得体の知れない化け物をはべらせて満足だってさ」
 男はくすくす笑った。
「オマエもいらないって」
「……あなたの言うことなんか、信じないわ」
「どうだか。男が女に命を掛けて、そんなもんなのかね? あれから二年も経ってるんだから、子供のひとりでも産まれてるんじゃないかって思ってたんだぜ」
「リュウはそういうの、嫌いなのよ」
 二ーナは心底呆れ果てたように、男を見た。
「下世話なはなし。リュウは綺麗な世界が好きなんだわ。ずうっと子供のまま、だからあんなに優しい人でいられるのよ。わたしはそんなリュウが好きなの」
「女としてのプライドとかはどうなの?」
「そんなの、どうでもいいわ。わたしはリュウさえいればそれでいいの」
 二ーナはそう言って、あなたは変な話ばかりするのね、と聞いた。
「まるでリュウがそういうことしてないか、すごく心配してるみたい」
「…………」
 男はそれこそ意外なことを聞いたように、ちょっと黙り込んだ。
 ようやく口で負かしてやることができたようだ。
 二ーナは内心少しばかり溜飲を下げながら、言った。
「どうして今なの?」
「…………」
「リュウを殺しに来たんなら、もっと早く来れば良かったのに。どうして今になって来たの。心配だった?」
「……ウザイね。殺すよ」
「構いやしないわ。もうすぐリュウは死んじゃう。そうなったら、わたしは生きてても死んでても同じよ。いつ死んでも、そう」
 二ーナは薄く微笑しながら彼の灰がかったグリーンの目を見据えて、さっきの話だけど、と切り出した。





「あなたは、ほんとうにリュウを助けてくれる?」














 
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