白い世界、そこに彼はいた。
彼にはもう望みはなかった。
燃え尽き、真っ青なひかりになって、世界から弾けて消えてしまったはずだった。
「――――リュウ……」
かつて彼が成し得なかった空の解放を成し遂げた少年がいた。
少年はオリジンとなり、かつての彼のように世界を見守る役を担うようになる。
「ヒトに優しい、というのも……案外、不便なものだな……オルテンシア」
「誰も貴方のようにはいきません、主よ」
そばで、かすかな笑い声とともに、彼女が頷く気配があった。
「優しいだけでは、世界は成り立たない。それは子供の世界です、この優しい竜の世界のように」
「難しい、問題だ――――」
エリュオンは微笑して頭を振った。
人間は大深度地下都市でも、地上、空の下でも変わらずあがき続けている。
そういうものらしい。
彼は好きだった。
人々があがきながら、そうして必死に生きていく姿が。
そこには彼自身にはない輝きがあった。
生きよう、今日を、明日を。貪欲な生命への欲望。希望と呼ばれるもの。
明日のことは誰にもわからないが、今日はきっと昨日よりもいいことがある。
空を閉じて以来、彼はそんな輝きを古き友と一緒に失ってしまった。
抜け殻のようになって、死人の目で世界を見守っていた。
だが空を開けた少年はどうだ。
エリュオンが見る限り、リュウは良く笑った。
街を愛し、人々を愛し、はじまりのひとつひとつから根気良く付き合って、時にはオリジンの仕事がおろそかになっているとクピトに怒られながらも、彼の目は優しさで満ちていた。
そしてリュウは誰よりもあがいていた。
死に掛けた身体でもって、彼は人々を、街を、地上の世界を守護していた。
エリュオンの目に狂いはなかった。
あれは、正統なオリジンの器である。
エリュオンのような間に合わせのオリジンではなく、あるべきもの、きたるべきもの――――ずうっと永い間待ち続けた男だ。
「……オリジン……?」
白い闇の中でまどろんでいるクピトが、目を擦りながら、不安そうにエリュオンを呼んだ。
「どうした、クピト」
「……いえ……ちゃんと、いるかなあって、おもって……」
半分眠りながらたどたどしい声で、クピトは呟いた。
「あなたは……ほんとに、目を離すとすぐにどこかに……ぼくを、置いて……」
「私はここにいるさ」
エリュオンは静かに言った。
「オルテンシアも、ここにいる」
「もうなにも心配はいりませんよ、クピト」
オルテンシアは微笑んで、クピトはそれに安心したように、また目を瞑った。
そこには歳相応の、まるで庇護されることが当たり前にある子供の、あどけない寝顔があった。
◇◆◇◆◇
「クピトはどこに行ったんだい!」
セントラルのエントランスで、リンが吼えた。
彼女を迎えたジェズイットは、弱りきった顔で、まあまあ、と宥めた。
「あいつ、最近急にふらっとどっか行っちまうんだよ。仕事もなにもほったらかしてさ」
「ならあんたでいいよ。どういうつもりだい? リュウに手を出したら承知しないよ。ニーナを泣かすことになるに決まってるってのは、あんただって知ってるだろう?」
「もう泣いてるみたいだぞ」
ジェズイットは、はあ、と溜息を吐いて頭をがりがりと掻いた。
「リンは見なかったのか? あの化け物ども、じゃあ地上だけなんだな、発生してたのは」
「他になんでも方法はあるだろ? ドラゴンの力が邪魔なら、制御装置を付けてればいいだけじゃないか」
「まあそれで生活は差支えないだろうが、あいつは特例なんだ。ドラゴンと融合するとこまで行った適格者はほかにいないんだとよ。人間の造ったもので、どこまで制御しきれるかわからん」
「どきな。会ってリュウに直接話をつけてやるよ。まったくあの子は、ニーナが泣いてるってのに、昔みたいに世界をぶっ壊してでも頭を撫でてやりに行こう、って気負いはどうしたんだい?」
「ぶっ壊されちゃかなわねえんだけどなあ……」
「何か言ったかい」
「いいえ」
ジェズイットは慌てて首を振り、それから腕を組んで、リン姐さん、それ無駄、と言った。
「二代目寝てるぞ」
「叩き起こすよ」
「いや、……今は何しても起きやしねーよあれ、たぶん」
「どういうことだい?」
「…………」
ジェズイットはどう答えるべきか、というふうに顔を顰めて、頭を振った。
「……あっち側に行っちゃってるんだよ」
「……あんたは、何をしてるんだい?」
リンは押し殺した声で、ジェズイットに聞いた。
「あんたや私みたいな大人が、リュウやニーナみたいな子供を守ってやらなきゃ、誰がそうするんだい。あの子らは普通に生きてきたんだよ。気負いもなんにもなく、いきなりオリジンだ、判定者だ。そんな事を言われて、いきなり上手いことできるとでも思ってるのかい?」
「だが、適性ってものがある。俺はD値は信用しないが、そいつは信じてるよ。二代目オリジンはこの上ない適任だ。あいつは愛されてる。この地上と街にな。わかってないのは本人だけだ」
ジェズイットは、リンに肩を竦めて見せた。
「あいつはもうそろそろ子供を辞める時期にきてる。俺らがちやほや甘やかしてやってちゃ、いつまで経ってもあのまま、ガキのまんまだ」
「それにしたって、今度のは実質死刑みたいなもんじゃないか?」
リンは噛みつくように言ったが、ジェズイットは静かに、ぼそぼそと言った。
「……あれは、やべえもんだよ、リン。二代目はいい。可愛いしな。だが、あれは――――」
そして、彼は無理ににやっとした。
その顔が強張っていることに、リンはようやく気付いた。
ジェズイットはほとんど自分に言い聞かせているような調子で、呟いた。
「あれは、マジで世界を壊すものだ。人間も街も地上も関係なく、容赦なくぐっちゃぐちゃにしちまう奴だ」
その声の底に僅かな震えを嗅ぎ取って、リンは眉を寄せた。
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