爆音、それから震動。セントラルを土台から揺らす強い衝撃。
「……何事です?!」
クピトが鋭く叫んだ。
リュウにドラゴンブレードを突き付けていたジェズイットは切っ先を逸らし、やれやれ、と剣の腹で肩を叩いて溜息を吐いた。
「メイジがた、続けてくれ。ちょいと儀式は延長だ。オリジンを守れ」
「はっ」
ドラゴンブレードを無造作に放り、ファーストメイジのひとりに渡すと、ジェズイットはリュウを魔法陣に取り残したまま扉へ向かった。
リュウは慌てて叫んだ。
「ジェズイット! おれも行く!」
「アホか。おまえはおとなしく捕われのお姫様やってろ。お目当てはおまえなんだろうよ。ったく、絶対誰かがやると思ってたぜ」
「おれを……?! なんで?」
「なんでって聞くか」
ジェズイットは心底呆れた顔をリュウに向けた。
「おまえは腐ってもオリジンで、リュウなんだってことだよ。まあそこで俺が死なないことを祈っててくれ。ちょっと今回ばかりは、怒り狂ったあの子に本気で殺されるかもしれん」
「どういうこと?!」
リュウの問いには、誰も答えてはくれなかった。
声が、続く爆音で掻き消えたのだ。
火薬が爆ぜて、室内に張り巡らされたガラスがすべて割れ、真っ黒な煙が部屋を覆った。
メイジがひとりかふたり、爆風に薙ぎ倒されるのが見えた。
こんなふうにセントラルの強化ガラスを易々と破る方法はそうない。
リュウは二年ほど前に、これと似たようなものを見たことがあった。
確かリフトの上で、相棒とふたりで掛かっていた任務の最中に――――。
「誰だよ窓の外からミサイル撃ってくる奴! 信じらんねえ!!」
「そんなの、ひとりしかいないでしょう」
少しばかり煤けて焦げたジェズイットに、クピトが冷静に答えた。
「リン……後で減給ですね」
「言ってる場合か! たく、何考えてんだリンの奴! いくらボインでムチムチの美尻だからって、俺たちを殺す気か?!」
「殺す気満々でしょうね。どうせリュウには傷ひとつつかないと踏んでのことでしょう」
ドラゴンですし、とクピトは呟いて、杖を掲げた。
「グレイゴル!!」
最強の氷結魔法が焼けはじめていた壁を凍り付かせ、消火した。
「オンコット! セントラルへの着弾は全て防いで!……うわ!」
今しがた凍り付かせたばかりの壁が、今度は氷ごと弾け飛んだ。
「にゃああっ!!」
鋭く叫ぶニーナの怒声を聞いて、クピトは頭を抱え、ジェズイットは戦慄した。
あの声は、一番まずいものだ。
怒りのあまり、覚えたてのたどたどしい言葉が全部すっ飛んでしまっている。
つまり、それだけ周りが見えていない。
最強の魔法使いが暴走して、止められる唯一の人間は、今魔法陣の中で捕われの姫君役をやっている。
ドラゴンブレードでもってリュウに接触し、完全封印をするために解除されていた封印のせいで、彼女のバルハラーはやすやすと建物を破壊した。
「リュウ――――!!!!」
「ニーナっ?!」
リュウはあんまりにも驚いて、慌てて立ち上がろうとした。
だが魔法陣の障壁が、それを許してはくれなかった。
ごつんと勢い良く頭をぶつけ、リュウは痛みにうずくまった。
「ニ、ニーナ……どうして……?!」
「リュウ、にげよう!」
ニーナは叫んだ。
リュウに手を差し伸べた。
リュウは、悲しげに頭を振った。
「ニーナ……おれ、ここにいちゃいけないんだ。世界を壊して、おれは、きっと君を……」
「わたしはリュウのほかになんにもいらないのよ!」
ニーナは、必死だった。
二年前そのものの幼い顔で、まるで親から無理矢理引き離される子供のような表情をしていた。
今まで張詰めてきたものが、リュウの顔を見て一気に解けてしまったように、涙で頬をべたべたにして、いやだあ、と駄々をこねていた。
「やだああっ! いなくなっちゃいやだあ、リュウ!! リュウが死んだら、わたしも一緒に死んじゃうんだから!!」
「ニ、ニーナ!!」
「わたしも……! わたしも一緒に連れてってくれなきゃやだ、リュウぅ!」
「……おれは……ニーナ……」
「ひとりにしないで!!」
リュウは戸惑っていた。
どうすればいいだろう。
どうすれば、リュウと同じことを言って泣き喚くニーナが泣き止んでくれるだろう。
メイジが総掛りでニーナを取り押さえようとして、逆にメコムを食らわされたところで、リュウはクピトに向かって叫んだ。
「クピト! ここから出して!」
「……リュウ?!」
「ニーナが泣いてるんだ! おれが行かなきゃ……!」
リュウは、あまりうまくものを考えられない人間だった。
元々ローディーだからかもしれない。
だが、ニーナが泣いていて、それを放っておくことができない人間だった。
「泣かないで、ニーナ! おれ、すぐに行くから!」
リュウは必死で彼女に呼び掛けた。
「ひとりにしないから!」
リュウはひとりだとか、誰にも必要とされないとか、そんなのは今はどうでもいい。
ニーナがリュウの名を呼んで泣いている。
小さなニーナ。まだ子供なのだ。ひとりにしない。そばで守ってやらなきゃならない。
初めて出会った頃と同じ迷いのない感情が、リュウに満ちた。
それが正しいか間違いかは知らない。
リュウはニーナのそばにいるべき人間ではないのかもしれない。
だがそうしたら、リュウがいなくなったら、誰がニーナを守ってやるというのだ?
「リュウ……!」
障壁を叩いてニーナはリュウを呼んだ。
「待っててね、すぐに助けてあげるね……!」
彼女でも、この魔法陣はリセットできないようだった。
ホーリーハートをかざし、彼女は難しい顔をして必死に考えていた。
そうしているうちに、メコムの射程距離外にいたファーストメイジのネムリィの魔法が、ニーナに掛けられた。
ニーナはかくんと足を折り、床に膝をついて、霞んだ目で魔法陣を読み解きながら、リュウに手を伸ばした。
「……ぜったい……たすけて……」
助けてあげるから、ニーナは最後まで言うことなく眠りに落ちた。
軽く体重のない彼女の体が、とさっと倒れた。
リュウにはそれを受け止めることさえできなかった。
「ニーナ!」
制御装置に拘束された手を伸ばしても、障壁に遮られてニーナには届かなかった。
「……ニーナ……」
そしてリュウは、その男の名前を呼んだ。
「――――ボッシュ!」
完璧で、憧れのヒーローそのままのように何でもできて、そしてリュウの望みは何だって叶えてくれる、その男を。
「ボッシュ……ニーナをたすけて……!」
『了解、相棒』
すうっと、身体から何か大事なものが零れて抜け落ちていくような切ない感覚の後、『彼』がリュウの前に立ち、リュウと、眠ってしまったニーナを背中に隠した。
だがボッシュは、いつもとは少し様子が違っていた。
赤い眼を滾らせ、まるで1000年も昔からの敵を待ち受けていたように、凄惨な笑みを浮かべた。
『来たね』
ボッシュの鋭い視線の先には、竜の間を警護していたニーナ直属のファーストバトラー達がいた。
守るべき主の暴走を目の当たりにして彼らは呆然としていたが、ボッシュの目は、そのうちのひとりにぴったりと定められていた。
その男は真っ黒のジャケットを羽織っていた。
地上の光にいまだ慣れない地下世界の人間が良くやるように、黒い遮光眼鏡を掛けていた。丸縁のもの。
長い金髪を一纏めにしている。
その男を、リュウは一度見たことがあった。
いつかの悪夢が具現した夜明け、ひとりで泣いているリュウの前に現れた男だ。
名前も知らないが、どこかで見たことがあるような気がした。
ひどく懐かしい気配なのだった。
だが、どうしても思い出せない。
黒い男は口を開いて、とてもつまらなさそうに言った。
「俺の名前、知ってる?」
『さあ? 必要ないだろ。誰もおまえの名前なんて、もう呼びやしないよ』
「じゃあ、返してもらうぜ」
ボッシュは敵意を込めて、その男をじっと見ていた。
『リュウに手は出させないよ。こいつ、俺のなんだからさ』
そして、ゆっくりと肩を竦めた。
『死んでいいよ、オマエ』
「死んでいいよ、オマエこそ」
ボッシュとその男の声が、綺麗に重なった。
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