突然現れた少年が、殺意を纏わせて剣を構えている。
誰もが事態を理解出来ていないに違いない。
リュウだって、ほとんどわかっていなかった。
何故ボッシュがこんなに怖い顔をしているのか、わからなかった。
「……ボッシュ……どうしたの?」
『オマエは気にしなくていーよ。ちゃっちゃと片付けちまうからさ』
「……彼は、誰? 知り合いなの?」
リュウは、ボッシュの目の先にいる黒い男を見た。
この前会った時とは違い、レンジャーの制服を身に付けていた。
バトラーだったんだ、とリュウは少し驚いた。
あまり剣を振り回してるのが似合わないくらい細身で、落ち付いて見えたので。
ボッシュは肩を竦めた。
『俺は顔見知り程度。おまえもいいよ、わかんないままで』
「……うん……」
リュウは良く分からないまま、頷いた。
『すぐに片付けるよ』
「……殺しちゃうの?」
『うん、すっごく悪い奴。俺の敵だよ』
ボッシュは、リュウに優しく言い聞かせた。
『だからオマエは、ここでじいっといい子にしてろよ、リュウ。言うこと聞かないと嫌いになるよ』
「うん……」
リュウは素直に、あまり納得はしていなかったが、頷いた。
ボッシュの言うことは全て正しいので、リュウが逆らっても仕方ない。
「……怪我、しないで……」
『俺を誰だと思ってるわけ』
ボッシュは笑って、そう言った。
『ボッシュ=1/64だよ、ローディーのリュウ=1/8192。オマエが俺の心配なんて、1000年早いの』
「気色悪いお喋りはもうお終い?」
黒い男が、やれやれと肩を竦めた。
「反吐が出るね。ああ、鳥肌が立った。オリジン様、冗談も大概にしてくれよな」
そうして、にやっと笑った。
目をぎらぎらと光らせた。
「ちゃんと見てなよ。ほんとはオマエの目の前で、見せしめにその金髪の小娘をぶっ殺してやろうと思ってたんだけど。そっちの『ボッシュ』を殺した方が効果ありそうだね」
男は楽しくて仕方がない、という顔をしていた。
いい玩具を見付けた、というような。
「いっそのことどっちも殺しちゃおうかな。なあ、オリジン様?」
『できないことは言うもんじゃないよ、名無し』
ボッシュが駆けた。
部屋の入口で二本の剣がぶつかり合い、鋭い金属の音が響いた。
二本ともが、良く似た形をしたレイピアだ。
『オマエは、何度も俺に負けてるんだよ。負け犬はとっとと尻尾巻いて帰りな』
ボッシュはにやりと凶悪に笑って、黒い男の緑色をした目をぎっと睨みながら言った。
拮抗した剣の間に、火花が散った。
「――――リュウ!」
まだ座り込みっぱなしだったリュウは、はっと顔を上げた。
「あ……ジェズイット?」
「あ、じゃねえよバカ。 ……こりゃあ、どういうことだ?」
ジェズイットは無造作にリュウの肩を掴んだ。
リュウは慌てた。
「ちょっ、なんでおれに触れるの?!」
「あのおまえから出てきた『ボッシュ君』が、魔法陣をリセットしてくれたみたいだな。ところで、リュウ。……なんであいつ、ふたりいるんだ?」
「え?」
リュウは変なことを聞いて、きょとんとした。
「ボッシュは、ひとりしかいないよ? なに変なこと言ってんの」
「……おまえ……もしかして、わからないのか?」
ジェズイットは、リュウを見て、変な顔をしている。
「おまえさんの相棒だったんだろう? わからんのか?」
「『だった』じゃない、ボッシュはおれの相棒だよ。昔も今だってこれからもおれを守ってくれるし、どうしようもないローディーだって、ほんとに何の役にも立たないんだって言ってくれる。それでもいい、おまえはもうほんとにどんなにあがいたってどうしようもないんだからって言ってくれる。……だから、しょうがないから守ってやるって……そんなこと言ってくれるの、ボッシュしかいないんだよ」
リュウは微笑した。
「ボッシュが敵だって言ってる。じゃああの人は、おれの敵だ」
◇◆◇◆◇
能力は互角。そういうふうに設定されている。
ただ間合いはいくらか、背丈の分だけ「ソイツ」の方が広い。
ボッシュは舌打ちをして後ろに飛んだ。
すぐに剣先が追い付いてきて、蛇が這うように迫ってきた。
「蛇噛」、それから「獅子砕」に続く。
来るのは、「死獣葬」。
(よん、ね)
ボッシュは真っ赤な目を、更に炎に染めた。
捌ききれない余剰分が、ジャケットに穴を空けて脇腹に突き刺さった。
少し、「彼」の記憶よりも強くなっている。
全く同じで、それでいて少し違う獣剣技。
「あのころ」より、少し荒っぽくなっている。
竜を、そしてリュウを殺すために鍛えていたのだろうか?
『めんどくさいなあ……』
ボッシュは憮然と吐き捨てて、ちらっとリュウを見た。
真剣に、心配そうな顔をしてボッシュの背中を見ている。
「おあずけ」が効いたようで、すぐに走ってきたくてしょうがないような顔をしているが、彼はちゃんと待っていた。 「おすわり」で。
(偉いね、リュウ)
やられっぱなしも性に合わない。ボッシュは攻撃に転じた。
「穿」に続けて、「テラ=ブレイク」、「絶命剣」。
これらは本当は、リュウのものだ。
リュウの前では『ボッシュ』らしく獣剣技のみで戦いたいところだが、相手が悪い。
そうも言っていられない。
こちらの方が、本当は慣れているし。
リュウと共生していたうちに、身体に染み付いて馴染んでいる。
『――――いくぜっ!』
床に突き立てた剣から、どん、とセントラルを揺るがす衝撃波が生まれた。
震動、柱の倒壊、だが直撃したはずの目の前の男には、かすり傷程度でしかないようだった。
彼はしょーがないね、というふうに、せせら笑った。
「『ボッシュ』は、そんな泥臭い戦い方はしないぜ?」
『……足癖も悪いしな』
「そうそう」
『……やっぱ、俺は俺らしくこっちかな』
ボッシュは無造作に剣を腰に差して戻した。
赤い光がぽうっと灯り、全身から立ち上った。
黒い男は訝しむような、そして戦慄したようなそんな顔をして、だが唇の端を上げた。
ようやくそれが来たか、彼はそう呟いた。
だがふいにきっと顔を上げ、祭壇を睨み付けた。
「……これで、どうです!」
クピトのグレイゴルが、睨み合っているボッシュとその男をいっしょくたに襲った。
「邪魔すんじゃねえよ、クソメンバー!」
『ウザイよ、このオリコンのクソガキ!』
「ジェズイット! リュウとニーナを連れて逃げてください!」
クピトが叫んだ。ジェズイットは頷き、リュウと眠ったままのニーナを抱えた。
「は、離して! おれ、ここにいなきゃ……」
「うるさい黙れよ。クピト、足止めは頼んだ!」
「任せて下さい」
「ボッシュの邪魔しちゃ駄目だよ! 死んじゃうよ、クピト!」
リュウが悲鳴みたいな声を上げた。
だが、クピトもジェズイットも聞かなかった。
黒い男は邪魔に入ったクピトに剣を向けて突っ込み、ボッシュは無理矢理に腕を引っ張られているリュウに手を伸ばした。
『リュウッ!』
視界の端で、男が剣を突き出しているのが見えた。
クピトへ。
ああ、あのガキ死んだな、とボッシュは思った。
ちょうど良かった。
リュウの目の前だし、彼もきっとすぐに「入って」来るだろう。
だが、切っ先がクピトの喉を貫く前に、ぱあん、と頭に響く発砲音がした。
着弾するなり発火し、辺りは煙に包まれて真っ白になった。
「クピト! 無事かい!」
「え、ええ、ありがとう、リン……彼は?!」
煙に紛れて、遠くの方からリンとクピトの声が聞こえてきた。
どうやらリンが間に合ったようだ。クピトを救ったらしい。
なら、あの男はどこへ行ったのか?
ボッシュははっとした。
ひとつの可能性が、彼の頭を掠めたのだ。
『リュウ――――ッ!!』
叫んで、リュウの名を呼んだ。
リュウが危険に晒されているかもしれない。
『どこだ、リュウーッ!!』
呼んで、背後に気配を感じて、ボッシュは慌てて振り向いた。
「……茶番は終わりだよ、アジーン」
レイピア、その針のように鋭い剣先が正しくボッシュに向かって振り下ろされた。
その男はすぐそこにいたのだ。
緑色の硬質な目線が、ボッシュを捉えていた。
赤い眼を燃え上がらせ、ボッシュは歯を軋らせた。
やられた。
刃物が肉を貫通する、嫌な音がした。
Back * Contenttop * Next
|