随分長い間、彼は瓦礫の山の上で座り込んでいた。
 D−フォームは既にクールダウンして、もとの『ボッシュ』の身体に戻っている。
 心はひどく焦るのに、身体は動かない。
 空虚な静寂を破ったのは、まずはがらっという瓦礫の崩れる音だった。
 石の擦れる音。
 続いて大きな焦げついた石くれが転がり、どん、と転がった。
 現れたのは硬質の巨体だった。
 オンコット。クピトのガーディアンである。
 その影から、にょきっと数人の頭が生えた。
「し、死ぬかと思ったぜ……」
「ありがとう、オンコット。みんな、生きてます? 怪我はないですか」
「なんとかね。ニーナも怪我はないかい」
「……リュウ……リュウは?」
 彼らはどうやら生きていたようだ。欠員も見えない。
 腐ってもメンバーだな、とボッシュは思った。しぶとい奴らだ。
「……?! おい、そこの……」
 そのうちのひとり、確かリュウに不埒な行為をした奴が、げ、と顔を顰めてボッシュを指差した。
「なんで出っぱなしなんだよ! 怖えぞ引っ込め! オルテンシアを出せよ! ていうか、二代目はどこ行ったんだよ」
「……それ、一番後回しの事項なの、おじさん」
「いや、そーいうわけじゃないんだ、ニーナ……。……様」
 言い訳がましくそいつ、確かジェズイットとか言う元統治者はニーナに弁解している。
 ボッシュがイライラと舌打ちすると、すっと彼の前に影が落ちた。
 ボッシュは顔を上げた。
 クピトが静かに立っていた。
「……派手にやられましたね」
『……どってことないさ』
 上半身の半分を炭化させながら、ボッシュはそっけなく言った。
『次は倍返しだ。……リュウも、返してもらう』
「リュウっ?」
 その名前に顕著に反応したのは、ニーナだ。
 彼女は瓦礫を飛び越えてボッシュのもとへやってきて、その姿を見て変な顔をした。
 なんで、こんなものがこんなところにあるの、と言った顔だ。
「……あなた、なにをやってるの? どうして小さくなってるの?」
『小さくなってるわけじゃないよ、ニーナ。俺は元々こうなのさ。この先もずっとな』
 肩を竦めて、ボッシュは顔を上げてにやっとした。
 ニーナは戸惑いを更に濃くした。
「……わたしの、せいじゃなかったの? あなたなんかと取引きをして、だからこんな爆発……」
『オマエが手引きしたんだね、ニーナ』
 ボッシュは表情を変えずに頷いた。
『リュウ、攫われたよ』
「……!」
『オマエ、あいつがどっから来たのか知らない? 盗られたもの、すぐに取り返しに行きたいんだけどさ』
「……待ちなよ、あんた」
 リンの声が、ボッシュとニーナの間に割って入ってきた。
 彼女は、わけがわからない、という顔をしていた。
「あんた、チェトレじゃないか! 取引、手引きってなんのことだい? あんた、また何かやろうってのかい」
『ちょっと黙っててよ、オバサン。うるさいよ』
「おばっ……」
 リンはくらっときたように、ちょっとよろめいた。
「私はまだ23だよ! 青春真っ盛り、花盛りだ!」
「そこで過剰反応しちゃうっての、ちょっと自覚アリアリみたいでヤバいぜ、リン」
「…………」
「……いや、う、ウソだぜ。もうホント。なっ?」
 俯いてぶるぶると肩を震わせはじめたリンを、ジェズイットが必死にフォローした。
 ボッシュはそっちは放ったままで、真剣にニーナを見た。
『ニーナ、あいつはどこから来た。どこで会ったんだ?』
「……彼はエリーナを殺したわ。私が会ったのは、その時」
「は、ニーナ? なに言ってんだ、おまえさん。「エリーナ」って子は病気で死んだだろう?」
 ジェズイットが、ニーナの顔を覗き込んだ。
 だが彼女が冗談を言っているふうでもないことを見て取って、なるほど、と肩を竦めた。
 リュウの仕業だ、と感付いたらしい。
「リュウを助けてくれるって言ったの。……わたしがあの人なんかの言うことを信じたから、リュウは連れて行かれちゃったのね?」
『そうなるね』
 ボッシュは溜息を吐いて、肩を竦めた。
『あーあ、身体がぜんっぜん役に立たないみたい。少し……眠る……』
 強烈な睡魔に襲われ、ボッシュはぐらっと傾いた。
 焦げたコンクリートに肘をつき、そしてニーナを見上げた。
 ニーナははっと目を見開いた。
 彼女は気が付いたようだった。
「……あなたは、リュウ?」
 その声を最後に、ボッシュの意識は深く眠りの波に飲み込まれた。
 少し眠ろう。
 再生し、次に目が覚めた時には、必ず――――










(……オマエを、助ける……)









 眠りに塗れた意識の表層に、リュウの顔が浮かんだ。
 いつも微笑んでいて、かなりどんくさいところもあるが誰よりも優しい、やさしい友だち。
 ボッシュはリュウを守る。

 



 



「とにかく、場所を変えましょう」
 クピトが言った。
「『ボッシュ=1/64』に話も聞かせてもらいたいことですし。もちろん、ニーナもね」












 
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