ばしゃん!という水に重いものが放り込まれる音。それではっとした。
 それから冷たさが来た。
 コートがべったりと肌に貼り付いてきた。少し気持ちが悪い。
「……え……」
 そこは小さな泉だった。
 リュウは腰まで水に浸かっていた。
 目の前には、あの男がいた。
 黒いコートに遮光眼鏡、それから長い金髪の、リュウをひどく陵辱した男だ。
 彼は無表情で、リュウの足を大股に開けさせた。
「なっ、なにを……!」
「うるさいよ!」
 男は怒鳴って、リュウの尻に無造作に指を突っ込んで掻き混ぜた。
 リュウはびくっと震えた。
「……っあ、あっ、な、なに……するんだ……!」
「何ディクなんかにヤラせてやってるわけ? 結構手広いね、おまえ」
「……あ……!」
 リュウははっとして、顔を青くした。
 記憶が蘇るにつれて、おぞましさに鳥肌が立った。
「あ、あれ……あいつは……!」
「殺した」
 そっけなく男は言って、リュウの中から粘ついた液体を掻き出した。
 どうやら洗ってくれているらしい。
 リュウはほっとしてしまって、一気に身体の力が抜けてしまった。
「……助けて、くれた、のか?」
「…………」
 男は答えなかったが、くっ、とリュウの中で指を蠢かせた。
「……んっ!」
「神経毒にやられたね、オマエ。熱っぽいよ」
「は……ん、毒……?」
 リュウは途切れがちに訊き返した。
 そう言えば、さっきから身体が火照っている。
 男に触られるごとに、なんだかむず痒いような感覚が皮膚を泡立てるのだった。
「お、れ……死ぬ?」
「死にはしないだろ」
 男はあくまでそっけなかった。
 リュウを水の中に引き倒して、肩口も揉みくちゃに洗った。
 不思議とあんなにひどい傷を負っていたのに、痛くはなかった。
 見ると血は止まっていない訳ではない。
 水を赤く染めている。
 だがまったく痛くないのだ。
 どちらかと言えば、触られるとぞくぞくと寒気がする。奇妙な感触だった。
「……あ、あ、あっ」
 リュウは、熱っぽく吐息をついた。
 身体の中に熱が篭ってしまって、それを上手く外に吐き出せないような感じだった。
 ざばっと身体を引き起こされて、男はまたリュウの尻に触れて、意外そうな顔をした。
「……なに、勃ってるの、オマエ」
――――っ! はあぁあっ!」
 きゅっ、と性器を握られて、リュウは悲鳴を上げた。
 それはひどく濡れていて、リュウは顔を真っ赤に染めた。
 なんだかすごく、変な声だったのだ。
(……な、なんて声出してるんだ、おれ……)
 だが、びっくりしたのはその男も同じようだった。
 耳元でやられたのだ。
 耳が痛そうに顔を顰めていたが、やがて彼は気付いたようだった。
「……へえ」
「んっ!」
 血の滲んだ肩をつっとなぞられて、リュウはびくっと跳ねた。
 男は確めるように、リュウの尻にまた指を突っ込んだ。
――――っ! ひゃっ、ああぁあ……!」
 さっきまでその男に弄くられていた時の嫌悪感のかわりに、リュウの背筋にぞくぞくと痺れがはしった。
「まわっちゃったみたいだね。なんだ、最初からこーいうの、使ってやれば良かった」
 泉の中で、男は濡れるのも構わずに座り込んで、リュウを正面から抱きつかせた。
 そして腰を掴んで引き寄せ、落とした。
「……あぁっ!」
 何度も解されたリュウのそこは、男根を難無く受け入れた。
 じゅっ、と泡立つ音がした。
 ろくに触られてもいないのに、そこはもうひどく濡れているのだった。
(……あれ……へんだ、おれ、絶対変だ……)
 ぼんやりリュウは思いながら、ゆっくりと足を開いた。
 何故かわからないが、そうやって奥が擦れるのが、もう他のことなんて何だって良くなってしまうくらいに気持ちが良いのだった。
「……急に淫乱になっちゃって、まあ」
「あっ! ああっ、ひゃ、わう……!」
 呆れたように呟きながらも、男はリュウの腰を掴んで揺さ振った。
 リュウは悲鳴を上げて仰け反った。
 そして後ろ向きに倒れそうになって、慌てて男の首に抱き付いた。
「はぁっ、あん、うわ、なに……これっ、へんだ、おれ、死ぬ……?」
 リュウは焦燥で目をいっぱいに見開きながらも、ゆっくりと腰をくねらせた。
 やはり、中が擦れるとひどく気持ちが良いのだった。
 毒が回っているとは、こういうことなのだろうか?
「あっ、あっ、あっ、やっ、やだ……」
 ず、ず、と水の中で、今まで犯されていた時と同じように尻に性器が出入りするのが見えた。
 だが、それは今までにない感覚なのだった。
 頭のなかがぼーっとなって、熱く潤んでいた。
 男は実験でもしているみたいな目つきで、ぱっとリュウの腰から手を離した。
「オリジン様、自分でいやらしくいいトコ突いてみなよ。俺知らない」
 普通はそこでは、ふざけるな、と嫌悪と怒りを吐き出すべきなのだろう。
 だが今、リュウはどうしてもそんな気になれなかった。
 頷くのももどかしく、男にぎゅっと抱き付いたまま、腰を蠢かせた。
「はっ、あああぁ、……あくっ、うっ……うっ」
 そして、それがどうしようもなく気持ち良いのだった。
 リュウはぽおっとして、顔を上気させた。
(……ボッシュの、敵、なのに?)
 いい加減にしろ、と冷静なリュウが遠くから叱責するのだった。
 何をやってるんだ、浅ましい、汚い。
 こんなこと、おれは絶対しない。
 だけど、リュウは止めてしまうことができなかった。
(駄目……きもち、いい……)
「んん……はぁっ、あっ、……っ、ねえ……」
 おずおずとリュウは顔を上げて、その男に縋った。
 こだわりも判断も、ひとつずつ溶けていくのだった。
「しな、いの?」
「なにを?」
「おれの、こと、さっきまでみたいに、……ぐちゃぐちゃに、ひどく、しないのっ?」
 浮かされた頭で、無理矢理に与えられた陵辱の数々を記憶から引っ張り出すだけで、リュウは昂ぶって達してしまった。
 もっと、ひどく苛めて欲しかった。
 身体が、全部で求めていた。
「してほしいの?」
 また実験の目だ。
 リュウは、うん、と肯定した。
「あれ、みたいに、もっと痛く、痛く……っ」
「真性のマゾだね、オマエ」
 男が肩を竦めた。
 そしてまたリュウの腰を掴んで、今度は下敷きにして突き上げた。
「あああぁっ!!」
 リュウは歓喜の入り混じった嬌声を上げた。
「いじめて欲しいの?」
「ん……っ! あ、あっ、お願い……だ、よ……っ」
「いやらしいことだね、オリジン様」
 くすくす笑う声すらも、リュウに快楽を教えてくれた。
 惨めにされればされるほど、痛くなればなる程、リュウはどうしてか、頭の中がぽおっとなるのだった。
「俺、『ボッシュ』の敵なんだけど?」
「はぁっ、あん、あん、あっ、ボッ、シュ……」
 リュウは、大好きな、そこにあるだけで安心するヒーローの名を聞いて、びくん、と跳ねた。
 ぎゅうっ、と男のものを締め付けてしまった。
「名前だけで感じてるの?」
 彼はくすくす笑った。
 その緑色の視線がリュウを突き刺して、それは痛みさえ伴うように錯覚した。
「そんなにボッシュが好き?」
「んんっ、……好き。だい、すき……」
「駄目だね。飛んじゃったな、頭」
 実際もう自分が何を考えているのか、リュウはわからなかった。
 突かれて、それはとても乱暴にリュウの奥まで届いた。
 また中がひどく傷ついているかもしれない。
 しかし、それすらも今リュウには恍惚だった。
 ひどくされているという実感が、誰かが自分に罰を与えてくれているという実感が、リュウにとってはこの上ない悦楽だった。
「ああっ、あっ、はあぁん、ああぁああ……!!」
 ぱっと弾けるように奥の方で熱が生まれ、広がり、リュウは仰け反ってびくびくと震えた。
 誰かにこんなにも汚されることが、リュウにはこの上なく快楽を感じるものだったのだ。








 荒い呼吸の音だけが響いて、リュウは震えていた。
「まだ……ころして、くれない?」
 自分の呼吸にすら感じながら、熱で浮かされたまま、ほとんどうわ言のような調子で、リュウはぽつりと言った。
 男は答えなかった。
 ただ着衣を手早く整えて、リュウの唇を割って、舌を差し込んだ。
「ん……」
 ぎゅうっ、と男に抱き付いたままで、リュウは目を細めた。
 彼は誰だったろう?
 ひどく懐かしく、そして自分はずうっと昔から、本当は彼のことが好きだったのだ。
 灰色がかった緑色の瞳。リュウをローディーと罵り、呆れ、たまに憐れみすら見せるその目。
 リュウは彼の背中に守られていた。
 リュウは、彼の背中を見ていると、ひどく安心するのだった。
 ずうっと手を引かれていたかった。
 それだけのために、優しい世界すら造った。
(……だ、れ……?)
 微かな疑問は、すぐに掻き消えた。
 口移しで与えられたねむりキノコがリュウの意識を深くに沈めるまで、そう時間は掛からなかった。
――――きみ、だれ……?)
 視界に、静かな闇が落ちた。
 眠りの暗闇が。












 
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