『竜が現れた』
きん、と覚えのある波長が、脳を貫いてはしった。
それが何なのか、『ボッシュ』にはわかった。
竜の共鳴反応である。
あいつだ。
それも、近くにいる。
『モグラが地面から出てきたね。あーあ、可哀想なリュウ。ひどいこといっぱいされちゃってさ』
『ボッシュ』はやれやれ、と肩を竦めた。
『俺、あいつ殺さなきゃ』
あいつを殺して、あの男がそこにいたということも、怖い記憶も、恐怖心も、……そして、僅かに芽生えた懐かしい感情も。リュウの中から、全部消し去ってやればいい。
なんでもなかったことにすればいい。
怖れも自己憐憫も屈辱もなにもかも、リュウの感情で『ボッシュ』の思い通りにならないものがあるはずない。
そういうものだ。
リュウにとっての『ボッシュ』とは。
『あ……マズ』
少し、気を抜いていたみたいだ。
金色の髪の中に青い房を見つけて、『ボッシュ』は慎重にそれを摘んだ。
すぐにそれは元の金色に戻った。
『ボッシュ』はふと気まぐれを起こして、変わるままに任せてみた。
髪は青く、少し伸びて、輪郭が少しばかりシャープさを失って柔らかいものになり、変わっていく。
ほどなくそこには、『リュウ』の姿があった。
『絶対こっちの方が可愛いと思うんだけどなあ。垂れ目じゃないし』
ぺたっと頬に触って、彼は暗いガラス窓に映るその姿を見た。
サードレンジャーのローディー、リュウ=1/8192。
彼の相棒の姿だ。
『なあ、オマエどう思うよ、ニーナ?』
「ええ、その通りよ」
会議室のデスクに肘をついたニーナが、にっこりと笑いながらこくんと頷いた。
でも、と彼女は言った。
「リュウはもっとおとなしいわ」
◇◆◇◆◇
反応があったのは、街の北から少しばかり離れた森の中だった。
ほとんど人も立ち入らない場所だ。
どんな未知の生物が生息しているかわからない、危険な場所だった。
「……ていうか、ドラゴンよりも危険な生き物なんているわけもないよな」
げっそりとジェズイットがぼやいた。
「おじさん、嫌なら帰ってもいいのよ」
「何を言ってるんだ、ニーナ。おまえさんや爆尻……じゃなくてリンふたりだけを、そこの変な竜と一緒にしておける訳がないだろ? メベトとクピトに仕事全部押し付けたし、あとは俺が来るしかないだろ」
「……デスクワークがめんどくさかっただけじゃないの」
「ひどいなあ、ニーナ。お兄さんは、ちゃんと二代目を心配してるとも。あいつの尻は大丈夫かなあなんてことを」
「嫌な心配をしないで」
二人でのらりくらりと会話しているニーナとジェズイットを放ったまま、リンは『ボッシュ』に聞いた。
「あんた、リュウは近くにいるのかい」
『……わかんないね。たださっきまでまた泣いてたよ』
『ボッシュ』は肩を竦めた。
『あいつ、泣き過ぎだよ。リュウ』
ボッシュは顔を上げた。
共鳴は近い。
そして、その周りにはなんにも人らしい生体反応がないのだった。
リュウはそばにはいない。
どくん、と心臓が鳴った。
ドラゴン同士の意識の共有が起こり掛けている。
すぐそこにいる。
『……見付けた』
『ボッシュ』は森の中、駆け出した。
素早く反応したニーナが追ってきた。リンも一緒だ。
待ってやるつもりもないが、ついて来られるなら構わない。
そうして、鬱蒼と茂った葉を押し退けると視界が広がった。
その男は黒ずくめの格好をしていて、右手にいささか手持ち無沙汰に剣をぶら下げていた。
燐を纏った羽虫が、ぽうっとした光を放って飛んでいた。
男は『ボッシュ』に気がつくと、まるで何年も前からの友人を待っていたように手を軽く上げ、よお、と言った。
「遅かったね、アジーン。俺ちょっとオマエが邪魔だから、今度はやっぱりお情けなしでちゃんと殺そうと思ってさ。ここで待ってた」
『奇遇だね、名無し』
『ボッシュ』はにい、と笑って、剣を抜いた。
『俺も生意気な名無しの黒ずくめが、勝手に相棒連れてっちゃってさ。返してもらおうと思って来たよ』
『ボッシュ』の左手でリンがバムバルディを構え、右手でニーナがワンドに魔法の光を灯した。
そして彼らは突進し、二つ剣を交えた。
鋭い音がして、火花が散った。
銃声が響き、硝煙の匂いが森に立ち込めた。
バルハラーが森をぱあっと明るく照らした。
そして戦闘がはじまった。
◇◆◇◆◇
「まったく、若いもんは先走り過ぎだっての……」
ジェズイットは呆れたようにぶつぶつ言いながら、森の中を走っていた。
あの三人(ひとりは「人」と数えるのかどうか曖昧な奴だったが)とは逆の方向だ。
遠くでパドラームの炎が爆ぜて、かあっと昼間のように明るくなった。
「……森を火事にはせんでくれよ、ニーナ」
それだけを祈りながら、ジェズイットは素早く視線を巡らした。
森の中には人影らしい人影もない。
あの『ボッシュ』たちを見て、ジェズイットは思った。
これではただの子供の喧嘩ではないか。
そこにはまるで、気に入りの玩具を取り合っている子供のような幼稚さがあった。
リュウが『ボッシュ』にどういう感情を抱いているのか、『ボッシュ』はどうか。
そしてあの黒ずくめは本当のところ一体何が目的なのか。
なにしろ理由はそれぞれどうあれ『取り合い』の喧嘩だとすれば、「子供」ならきっと「戦利品」はどこかにこっそり仕舞っておくだろう。
遠くほどいい。
手の届く範囲で、できるだけ遠く。
間違っても取っ組み合いの現場に持っていったりはしない。
(しかしそれにしても、俺は本命には振られる運命なんてものがあるのかね?)
皮肉げに、ジェズイットは考えた。
だとすれば損な運命だ。
「――――っと」
がさっと草を掻き分けて、ジェズイットは小さな泉のほとりで足を止めた。
「見付けた」
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