「い や だ あ あ あ !!」
リュウは絶叫した。
それは生理的嫌悪と自己憐憫、それからやめてくれという痛々しいまでの懇願、そんなものが混ざり合った、平たく言えば悲鳴だった。
彼は自室にいた。
オリジンに宛がわれたもので、相応に広い。
そこには今は、部屋の主である彼のほかに、数名ばかりメンバーがいた。
「我侭を言わないでください、二代目」
クピトが眉を下げ、ほんとにもうしょうがない、と溜息を吐いた。
リュウはそれにいたく傷ついた。
まるで、リュウが悪いことでもしているといったようだったからだ。
「おれ……おれ、嫌なんだ。ほんとにもう勘弁して。仕事もさぼらない。逃げない。釣りも我慢する。ちゃんとオリジンするから、だから、だからそれだけは……!」
「なにをそんなに嫌がるんです。リュウ、プラントの人がわざわざあなたの為にって……」
「うう……」
「そうだぜ、二代目。プリーマの糸で織った布を地上の花で染めたんだってよ。力作だよなあ。おまえさんの青い髪に良く似合うからって、空の色にしてくれたそうだ」
「うううう……」
「街のみんなの好意を無駄にするつもりですか?」
「ううううううう」
メンバーふたりに詰め寄られ、リュウは弱った。
そういう話を持ち出されると弱いと知ってのことである。
「で、でも……でも」
リュウは、「それ」を指差した。
「それ、ドレスじゃないか! 女の子の!」
そう、それは美しい空色のドレスだった。
あまり飾り気はなくシンプルで、だが大きく開いた胸元、それから大胆なスリットなど、デザイン的にはほとんど嫌がらせをされているんじゃないか、と邪推してしまうくらいに色っぽい。
「おれは男なんだよー! こ、こんな……こんな身体になって、あまつさえ女装なんて……っ!」
「女が女の格好して、女装って言うんだっけ、クピト」
「さあ……」
「だからおれは男だよ!!」
リュウは必死で訂正して、わあ、と泣き崩れた。
「大体、なんで街のみんなにもうバレてるの?! これから必死で元に戻れるまで隠しとおしてやるって決めてたのに!」
「あ、俺が新聞屋に垂れ込んだ」
「バカ――――っ!!」
にやにやしながら言うジェズイットにオリジンのバックルを投げ付けて、リュウは泣いた。
めそめそとした。
「もうやだ、死にたい、死ぬ。……たいちょう、おれはこんなに汚れちゃいました……許してくださいい」
「あ、リュウ。早く着替えて下さいね。リンがお化粧してくれるって言ってました」
「おまえさんに似合いそうな小物を、ニーナが探しに行ってるぞ」
「聞いてよ!」
リュウは、ぶん、と腕を振って言ったが、クピトもジェズイットは聞いた様子もない。
「いいじゃん、幸せなことだぜ? オリジン様ご復活おめでとう祭、街のやつらが自主的にやってくれるそうだ。今夜はタダで呑めるぞ」
「痴漢は止めて下さいね」
にっこりと笑って釘を刺すクピトに、ジェズイットは答えず、そっぽを向いた。
どうやら油断はできないらしい。
リュウは項垂れたまま、零れた涙を拭った。
「……みんな……みんな、おれをからかって楽しんでるんだ。似合わないよこんなの。ニーナが着たら可愛いんだろうなあって思うけど、おれが着たら絶対気持ち悪いよ……」
「そんなことねーと思うぜ、二代目。絶対イイって。ほれ見ろ、この尻が強調されるデザイン! 素晴らしいよなあ」
「ぜったい、これ、イジメだ……」
「そんなことありませんよ。二代目、代行も楽しみにしてますって」
「ボ、ボッシュ?」
リュウはぱっと顔を上げて、おずおずと言った。
「き、きもちわるいとか、言ってなかった?」
「言ってませんよ。なんであなたはいつもそう、ネガティブ思考なんです」
「そ、そうかな……」
リュウは具合悪そうに視線をあちこちさまよわせて、ふう、と溜息をついた。
「……多分、後で絶対にバカにされるよ……。変なもの見せるな!って、刺されるかも」
「じゃあもういいだろ、とりあえず着てみろ。なんだ? 人に見られてると恥かしいか?」
「……おれの話なんて、誰も聞いてくれてないんだ……」
「そう言えば、二代目。こっちの「ありがとう復活しました」腕章はどうします?」
「ぜったい、やだ」
「我侭なオリジンだな」
「ですね」
「…………」
リュウがまた泣きそうになっているところで、扉が開いた。
入ってきたのはニーナとリンである。
「リュウー!」
「ニーナ……」
リュウはほっとして、彼女に笑い掛けようとして、そこで引き攣った。
彼女の手にあるのは、リボンじゃあないだろうか?
女物の靴じゃあないだろうか。
彼女も、リュウの味方じゃないのか?
「遅くなったね。ちょっと仕事が長引いてさ。さ、交代交代。男は出てって働いてきな」
リンが、しっしっという動作で、男どもを追い払う仕草をした。
「じゃ、ニーナ、リン。よろしくお願いします。二代目我侭ばっかり言うんですよ。たぶんあなたたちの言うことなら聞いてくれると思います」
「じゃ、後よろしくー。姐さん。めいっぱい綺麗にしてやってくれよ。楽しみにしてるぜ」
「ああ、任せときな」
目の前で、交わされる言葉がひどく怖い。
リュウは青ざめて、それを見ていた。
ふと、ちょこちょことニーナが寄ってきた。
彼女はきゅうっとリュウの手を握り、にっこりと笑った。
そこには曇りもなにもなく、邪気のない、純粋な嬉しさがあった。
「わたしの、リュウとおそろいのドレスなの。いっしょに綺麗なの、着ようね」
「あ……ええっと、ニーナ、おれ、女の子の格好はちょっと」
「リュウとおそろい、できるようになってうれしい」
「…………」
リュウは、なんだかもう自分が負けてしまっているということは、理解しはじめていた。
ニーナが喜んでいる。
これで、リュウの負けは決定だ。
「さて、始めようか」
リンがバッグから取り出して、テーブルに並べていってるものは、女性の化粧品ではないだろうか。
とてもいい匂いがする。香水もあるみたいだ。
「リン、リュウのあとで、わたしもー」
「ああ、わかってるわかってる。ふたりとも、めいっぱい綺麗にしてやるよ」
「…………」
リュウは、力なく項垂れた。
誰も彼も、リュウを助けてはくれないらしい。
「さあリュウ、顔を上げな」
リンにくっと顎を持ち上げられて、リュウは引き攣った顔で微笑んだ。
「……おてやわらかに」
負けたものは、そのくらいしか言えない。
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