「偉いな、ちゃんと来たね」
 部屋に入って言われたのは、まずそういうことだった。
 ボッシュは機嫌が良いようだった。
 リュウはうんと頷いて、俯きながら胸に抱いたコートを示して、これ、ありがとう、と言った。
「返そうと、思って……」
「その辺に適当に置いとけ」
「うん……」
「その前にドア、閉めろよ」
「あ、うん」
「鍵も掛けとけ」
「うん」
 ボッシュの言う通りにドアを閉め、鍵を掛けた。
 そこで「これって、やっぱりそういうことだ」なんて改めて思いながら、慎重にコートを壁に掛けた。
 身体ごと手が震えるものだから、大分苦労した。
 リュウは困惑と不安と期待で胸の中をいっぱいにしながら、ボッシュを見た。
 ボッシュは相変わらずそっけなかった。
 ベッドに寝転んで1000年前の難しい文献を読んでいる。
 きっとリュウにはちんぷんかんぷんなものだ。
 彼からはリュウのような戸惑いも、手が震えることも、そのまましゃがみこんでしまいそうになるくらいの緊張も見て取れなかった。
(……ボッシュは、やっぱりこういうこと、慣れてるんだろうか)
 リュウはなんだか今更そんなふうなことを感じてしまって、きゅっと口を結んで俯いた。
 レンジャー時代から、ボッシュは女の子にすごく人気があった。
 あれだけの容姿と身分だ、もてないほうがおかしいっていうものだろう。
 でもボッシュが彼女なんかを連れてるところは、見たことがない。
 ローディーなんか、はなから相手にしないことにしていたのかもしれない。
 彼はいつもクールでそっけなくて、またそこがいい、なんて騒がれていたものだ。
 反対に、リュウはそんなふうな話とは全然縁遠かった。
 まともに女の子の手ひとつ握ったことがなかったと思う。
 同期のレンジャーたちは年相応に可愛い彼女なんて作って、良く締まりのない顔でリュウにその写真を見せてくれた。のろけに付き合わされたものだ。
 リュウは恋愛とは大体無縁だった。
 一日訓練して、それで終わり。
 顔もあまり自慢できるようなものじゃないし、弱いし、女の子相手にどういうことを話せば良いのかわからない。
 その上余裕がない。仕事で手一杯だった。
 もてないのも仕方がない。
 女性とまともに顔を合わせて言葉を交わすのは、ゼノ隊長くらいだった。
 だが隊長はそういうものじゃなかったし、そもそもD値こそ掛け離れてはいるが、彼女はリュウの――――
「コートひとつ掛けるのにどれだけ時間掛かってるんだよ、どんくさい」
 呆れたように声を掛けられて、考え事ばかりしていたリュウは慌ててはっと我に返った。
「あ、ご、ごめん!おれ、その……」
「さっさと来いよ、リュウ」
 本から目は離さないまま、ボッシュはリュウを呼んで、片手で投げやりに手招きした。
 もしかすると、リュウの思い違いなのだろうか?
 ボッシュは何か用事があっただけなのだろうか?
 そう思ってしまうくらい、本当に何でもないような顔をしているのだ。
 戸惑いがちに近付くと、ようやくボッシュは本を閉じた。
 ベッドから、どうでも良さそうにその本を床に放り投げたので、リュウは慌てて受け止めて、書物机にそっと置いた。
 黄ばんでぼろぼろで、今にもばらばらになってしまいそうだった。
 旧世界語で書かれているようだったので、きっととても貴重な資料なのだろう。
 最近ようやく、現在使用されている言語を一通り修めたリュウには、まったく訳が分からなかったが。
「隣」
「う、うん」
 上半身を起こして、ベッドに腰掛けているボッシュに命令され、リュウは心持ち頬を上気させながら、ベッドの端っこに座った。
「あ、あの……」
 どうしようボッシュ、と言い掛けたところで肩を掴まれて、リュウは乱暴にベッドに押し倒された。
「わ……!」
「勿体つけすぎ」
 目を白黒させていると、ボッシュはそのままの急な動作でリュウの唇を奪った。
 柔らかい感触があって、リュウは目を丸くし、そして顔を真っ赤にした。
(ボ、ボッシュに……)
 触られている。キスをされている。
 そのせいで心臓の鼓動が上手くいっていない。
 壊れてしまうんじゃないだろうかというくらい、どきどきと激しく鳴った。
 ボッシュはリュウの口の中まで舌を入れてきた。
 息苦しく、熱くて、柔らかくて濡れた舌の感触がリュウの口腔を激しく掻き回してくれた。
 なんだか涙が出てきた。
 息ができないせいだろうか。
 それとも、他の理由の方だろうか。
 わからなかったが。
 ようやっと離してくれたボッシュは、彼もちょっと息を荒げながら、呆れた顔をした。
「……キスだけで泣き出す奴なんて、初めてだよ」
 リュウは緩く頭を振って、泣いてないよ、と言った。
 ボッシュは信じていないようだった。
 馬鹿にしたような顔をしながら、リュウのコートをはだけさせた。
「……このアンダーさあ、もう少しなんとかならないわけ? ノーパンだし、なんか露出狂みたいだよ、リュウ」
「だ、だってオリジンはこれ、着なきゃならないって……」
「断れよ。俺は着なかったぞ」
「う」
 色気のない話をしながら、ボッシュはアンダー越しにリュウの胸を触った。
 あんまり面白くもなさそうな顔をしながら力任せに揉むので、ちょっと痛い。
「……あ」
 乳首に爪を立てられて、リュウは小さな悲鳴を上げて、ボッシュの腕に縋り付いた。
「相変わらず、痛いのが好きみたいだね」
「ち、違うよ」
 リュウは慌てて首を振って、でもいいよ、と言った。
「い、痛くして……」
「やっぱり好きなんじゃないか」
「だ、だっておれ、そうじゃないと、きっと勘違いしちゃうから、さあ」
 困った顔で笑って、リュウは言った。
 ボッシュに優しくなんてされたら、そんなことはきっとありえないのだが、リュウは勘違いしてしまうだろう。
 抱かれてもし気持ち良くなんてなってしまったら、リュウはその快楽を臆面通りに取ってしまうだろうと思う。
 ボッシュがまさかリュウを愛して、だから抱いてくれたりしたんじゃないか、なんてふうに。
「勘違いって、どんなふうに?」
 ボッシュは意地悪く訊いてきた。
 リュウは顔を真っ赤に染めて、目を伏せ、俯いた。
 言ったらきっとボッシュは怒るか、呆れるだろう。
 でも彼はわかりきったような顔をして、馬鹿にしたように鼻で笑った。
「好きだから抱いてやってるとでも?」
「…………」
「自惚れるなよローディー。思い上がるな」
 思った通りの返事がきた。
 リュウは無理に笑って、そうだよね、と言った。
「お、おかしいよね。おれ……こんな、身体で」
 あはは、と笑って、リュウは変だね、と自嘲気味に言った。
「変な身体で、ごめんね」
「ちょうど溜まってたし、都合がいいよ」
「……うん」
「いいところに使える身体になっちゃってさ。せいぜい泣き喚くんだな」
「……うん」
「オマエの身体、使ってやるよ。ありがたく思えよ、リュウ」
「……うん……」
 じわじわと染み出してきた涙が、ぽつっとベッドシーツに零れた。
 肩が震えてきた。
 愛なんて感情はどこにもなかった。
 ボッシュはリュウを、ただ使い道のある道具として見ていた。
 優しくして、なんて言える訳がなかった。
 おれを好きになって。そんなことも駄目だ。
 せいぜいが、彼が途中で飽きてしまわなければ良いのに、そう祈ることしかできない。
 ボッシュが、リュウを好きになんてなってくれる訳がない。
「まだ泣くなよ」
 リュウは黙って頷いた。
 涙を堪えて、顔を上げた。
「お、おれなんて、触っても面白くないと思うけど、その」
 リュウはせいいっぱいで、にっこりと笑った。
「……使って。おれ、なんでもするよ……」
 ボッシュが好きだから、何だってするよ。それは飲み込んでおいた。
 きっとこの先彼に愛してもらえることなどないのだろうという諦めに打たれながら、それでもリュウは幸せなのだと思い込もうとした。
 彼はリュウを愛さない。
 だが、触ってはくれる。
 道具としてなら、ボッシュはリュウの身体を使ってくれるのだ。
 好きな人に触ってもらえて、それはとても幸福なことなのだろう、とリュウは思い込もうとした。
 心は貰えなかった。
 でも身体は与えられるのだ。
 それで十分だ。過ぎたことだ。
 





 本当は好きだと言ってほしかった。
 優しく触られたかった。
 ひどくしないで、手を繋ぎながら、リュウだけを目に映して微笑んでほしかった。
 ボッシュに愛されたかった。






 そんなことが知れたらきっとボッシュは怒るだろうな、とリュウはぼんやりと思った。
 組み敷かれながら、爪を突き立てながら胸を弄られ、きつく噛みつかれ、ひどく痛くされながら、そう。






(ボッシュ……)






 リュウはボッシュに縋りついて、触られるだけで泣きそうになりながら、そうしていた。
 ボッシュは乱暴で、いつか彼の名前もわからないで陵辱された時のように、リュウに触れた。
 優しくなかったが、それで良かった。
 きっと、彼に優しく取り扱われたりなんかすれば、リュウは本当に泣き出してしまっただろう。
「リュウ」
 ボッシュに呼ばれ、顔を上げさせられて、リュウは、なに、と微笑もうとした。
 あまりうまくはいかないようだったが、ボッシュは咎めるようにリュウに、おまえさあ、と言った。
「使えとか言っといて、人形みたいになったまま?」
「あ、あ……ごめんね?」
 リュウは慌てて、そして混乱した。
 何をすれば良いのか、わからなかったのだ。
「あ、あの、ボッシュ……おれは何をすれば」
「……いいけどさあ」
 ボッシュはあんまり期待できそうにないという顔をして、リュウを起こした。
「とりあえず、舐めろ」
「……え」
「できない? 役に立たないね、オマエ」
「え……えっと、あの、えと……靴とか?」
「……真性のマゾなわけ?」
 ボッシュは心底呆れ返った顔をしながら、ベルトの金具を外し、リュウの目の前にソレを晒した。
「あ……舐め、るって、もしかして、そういう……トコロ……」
 リュウはがっと顔を真っ赤にした。
 ボッシュが言っている意味を、頭がようやく理解した。
 そんなところ舐めろなんて、ボッシュは痛くないのだろうか?
「だ、だいじょうぶ? あの、痛くない?」
「痛かったらぶっ殺す」
「う、うん。き、気をつけるね……」
 リュウはどうにか、呼吸が止まりそうになるくらいに緊張しながら跪いて、ボッシュのものに恐る恐る舌を伸ばした。
 戸惑いがちに舐め上げると、ソレは顕著に反応した。
 びくっと震えて、大きくなったのだ。
 赤く色付いていく。
(あ……もしかして、気持ちいいなんて、感じてくれてるのかな……)
 それはちょっとした感動だった。
 これでいいのかな、なんて不安に思いながら、上目遣いでボッシュの表情を覗うと、彼はじっとリュウを見下ろしていた。
 なんだか気恥ずかしくなって、リュウはすぐに目を伏せた。
 舐めるごとにソレは大きくなって、固くなっていく。
 この前、これが身体の中に入ってきたのだ。
 そんなことが嫌でも思い出されて、そうすると下腹部の辺りに、なんだか重たい感触が集まってきた。
 もどかしく、苦しい、ぎゅっと詰まったような感じだ。
 待ち遠しいと言ってでもいるようだ。
「そのまま咥えろ」
 ボッシュに命令されて、リュウは困惑しながら頷いて、恐る恐るその先端をかぷっと口に咥えた。
 どうすればいいの、と困った顔でそのままボッシュを見上げると、彼はリュウの頭を掴んでぎゅっと押さえ付けた。
「……んんっ!」
 喉まで先っぽが当たって咳込みそうになったが、ボッシュはそれを許してはくれなかった。
 押さえたままで、彼はそっけなく命じた。
「そのまま吸え。できるな?」
 震えながら、リュウはボッシュの言うとおりにした。
 あまり上手くはいかなかったが、吸って、舐めた。
「……ヘタクソ」
 リュウは項垂れて、やっぱり上手くできないんだと少し落ち込んだ。
 こんなところをこういうふうにされて、ボッシュは痛くないのだろうか?
 噛んでしまわないように気を遣いながら、そうやって舐めていると、ようやくボッシュが手を離した。
 ぷは、と息をついて、酸欠で涙目になりながら、リュウはボッシュに、どうしよう、と訊いた。
 彼はあっさりと、そのまま続けろと命じた。
「今度は手も使っていいよ。オマエヘタクソだから、口だけなんて無理そうだし」
「ご、ごめん……」
 リュウはしゅんとしてしまった。
「オマエさ、自分がどこ触って気持ち良いとか、分かるだろ? 男だったんだから」
「う、うん、あの」
 ものすごく気恥ずかしいことだったが、わかる、とリュウはぼそぼそ言った。
「もうちょっと上手くやれよ」
「う、が、がんばる……」
 こくっと頷いて、リュウはもう一度ボッシュのものに唇をつけた。
 ちゅ、と音をさせて吸って、手で触って揉みながら、なんとかボッシュが気持ち良いよなんて言ってくれるように努力してみた。
 今度は、さっきよりは上手くいったようだった。
 ボッシュは呼吸をちょっと荒くして、リュウの頭を撫でて、上出来、と誉めてくれた。
 ほどなく口の中に精液が放たれて、リュウは噎せながらもそれを飲み込んで、ボッシュの腹に零れてしまったものに、震えながら舌を這わせた。
 彼のものを身体の中に取り込むことは、リュウにとって一種の恍惚だった。
 嫌悪はどこにもなかった。
 それが何であれ、良かった。
 いつかひどい殺し方をしてくれる時にそうあるだろう彼の剣でも、血と肉でも、今みたいに精液でも、なんでも。
「……良くできたな」
 ボッシュはリュウの頭を、柔らかく撫でてくれた。
 リュウは目を閉じて、うっすらと微笑んで見せた。
 そういうふうに優しい仕草をされることが、単純に嬉しかったのだ。








 そこに愛なんてものはどこにもないということは、リュウはもう知ってはいたのだが。















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