リュウの身体は、確かに変わってしまっていた。
以前よりも少し柔らかくなって、小さかった。
かつて彼の身体を蝕んでいた死の病の兆候は、少しずつ薄くなっていた。
何故なのかは知らない。
だが前みたいに不健康に痩せていることはなかったし、腰は少し丸みを帯びて、胸も決して貧相ではなかった。
今のリュウの身体はどこからどう見ても女だったし、こうなる前の彼の身体を見ていない人間からすれば、おかしいところはなんにもない、混じりっけなしの可愛い女に見えただろう。
死に蝕まれたあの身体、そして2年前まで良く目にしていた、あの少し栄養の足りないふうなひょろひょろした地下育ちの身体。
少し黄味がかっていて、肉なんてほとんどついていないから、硬い筋が目立つ、あの。
それらも嫌いではなかった。
ただ確かに、入隊時期にその姿を見た時は愕然としたものだった。
同期のサードレンジャーとなった少年リュウはどこからどう見ても女には見えなかったし、胸はなかったし、支給された制服に身を包んで、昔一度見た時のように汚くこそはなかったが、ごく普通の少年だった。
変わらないものといえば女みたいに長くて綺麗な青い髪と、そのちょっと気後れしたような笑い方だけだった。
子供の頃の他愛無い勘違いで終わるはずだった。
リュウは彼のことを覚えてすらいなかった。
そうするべきだ、とわかりきっていた。
だがリュウは、何にも変わっちゃいなかった。
リフトで置き去りにされまいと必死でどこまでもどこまでも追い掛けてくるところだとか、不器用な笑い方とか、馬鹿みたいに純朴で嘘の付けない性質だとか、そのほか、いろいろ。
毎日それを見せ付けられて、ボッシュは嫌でも納得せざるを得ないのだった。
ああ、こいつは人違いでもなんでもなく、あの子なんだな、なんてことを。
毎日どんどん新しい発見があった。
剣を握る時のちょっとした癖だとか、笑い方の種類だとか、時折ふっと見せる表情の抜け落ちたぼおっとした顔だとかだ。
リュウはどんなに辛くなっても泣き言ひとつ言わない種類の人間だったので、ボッシュは前よりずっとリュウという人間というものを良く観察するようになった。
それは任務を滞りなく済ませるものであったはずだ。
子供っぽい約束とは別のかたちで、ボッシュはリュウと、数年間確かにそこにいたのだった。
相棒というかたちで、それに不満はなかった。
まさか男を娶ろうなんて気にはならなかったし、そんな寝言を言い出すほど馬鹿でもなかった。
リュウはローディーで、1/8192だった。
そしてボッシュは1/64だった。
それで全ては済まされるはずだった。
リュウはサードで立ち止まり、ボッシュはもっと上にいく。
ほんの僅かな時間の馴れ合いだ。
そうなった後、リュウはおそらく、あんなすごい人の相棒だったんだ、と自慢げに話すかもしれない。
ボッシュはリュウに誇りとされるだろう。
そこまでは許してやろう。それで終わりだ。
だが、奇妙な気まぐれでもって、ボッシュはリュウを、もう少しそばに置いてやってもいい、という気になっていた。
彼の後ろ盾となり、彼をそばに置き、1/8192のローディーなど私兵としての戦力になりもしないから、そうだ、小姓としてくらいなら飼ってやってもいいだろう。
ほんの気まぐれだ。
ずっと一緒にいようなんて何も知らない子供じゃあるまいし、そんなことは彼が軽々しく口に出すことではなかった。
そしてリュウにもその資格はなかった。
だが確かにボッシュは、そうすべきではない対象であるリュウをじっと観察していたのだった。
髪を結う仕草だとか、露わになったうなじだとか、そこに刻まれたD値だとか、視線に気付いてどうしたのと困ったように笑う顔だとか、そんななんにもなりはしないものばかりだ。
リュウは従順だった。
ボッシュに逆らうことも、歯向かうこともあるわけはなかった。
彼は誰より穏やかで、ボッシュの言葉は何だって受け入れたし、秩序を愛していた。
離れ離れになる未来などありえなかった。
ボッシュの中のいつか彼がそうであった子供は、そのことにひどく安心していたが、彼は癪なので気付かないふりを続けていた。
毎日はそうして過ぎていった。
ある日、リュウがボッシュの前に立ち塞がり、追い越して、上へ上へと駆けて行ってしまうようになるまで。
「――――あ!」
そんなことを考えていたボッシュは、ふいに悲鳴を上げたリュウの声に、緩慢に顔を向けた。
リュウは小さく縮こまって、震えていた。
怯えているのかもしれない。
「なに、怖い?」
リュウは緩く首を振った。
こわくない、と言っているようだったが、呼吸ができなくて、上手く言えないようだった。
「じゃあ、痛い?」
また、今度も違うと言った。
またこの顔だ、とボッシュは思った。
リュウはどんなに辛くなっても泣き言ひとつ言わない種類の人間なのである。
身体は劇的に変化してしまっていたが、心はそのままだった。知識も、なにもかもそうだ。
そんなふうなところに、女として男の身体を受け入れて、大分混乱しているようだった。
顔は涙でべたべたに汚れていた。
「……おれの、こと、かまわないで。だいじょうぶ、すきにして……」
リュウはそんなことを言って、身体を、なにもかも全部差し出すのだった。
そうすることで、ようやく少しほっとしたような、安堵の表情を見せるのだった。
「……あぁ、も、っと、おれのこと、憎んで」
そして小さな声で、リュウは言うのだった。
おれのこと考えてと、ひどく申し訳無さそうに言うのだ。
「ごめん、ね、ボッシュ。ごめん、なさい……ごめん……」
そして、そう考えていることそのものがとても悪いことみたいに、泣きながらボッシュに縋りついて、ごめんなさい、と謝り続けるのだ。
「ころして、ひどいことばっかりして、こんなこと、考えて、ごめんなさい……」
リュウはずうっと泣いていた。
ボッシュに触られたところがひどく痛むように、ぎゅうっと目を瞑りながら、ずうっと。
もう泣くなよ、とは言ってやらなかった。
代わりに、リュウをずっと奥まで抉って、腰を抱いて、中を擦って、突いてやった。
リュウは悲鳴を上げて、仰け反った。
痛いのか苦しいのか、それとも気持ち良いのか、ずうっと呼吸を荒げている。
それでもボッシュに縋りついて、言うのだった。もっとひどくして。
「あぁあ、っ、いたい、ボッシュ……」
リュウはそうしてやると、少し満ち足りたような顔をした。
死刑台に立たされた囚人のように、これでようやく救われるんだというような静かな表情で、安心していた。
「……っ、うあ、あっ、ころして……!」
壊れるんじゃないかというくらいに強くしてやって、きっと痛いばかりだと思っていた。
そうしてやろうと思っていた。
だがリュウの身体はそう上手い具合にはいかないようだった。
彼は快楽を感じ始めたようで、ものすごく戸惑った顔をしてボッシュを見上げた。
「……っ? あ、っ? い、やぁ、ぼっしゅ……な、なんか、へん……」
「良くなってきた?」
「あ……ち、ちがう、なって、ない。なってない……」
リュウはまた俯いて、ごめんなさい、と繰り返した。
そして震えながら、もっとひどくして、と懇願した。
「い、いたくして……あっ、おねが、い。やさしくしないで、じゃないと……っ、あぁ!」
びくん、と腰を大きく跳ねさせて、リュウは悶えた。
その顔には、僅かに快楽が見て取れた。
リュウは混乱していて、違うんだ、と消え入りそうな声で言った。
「んっ、ちがうよ、ボッシュ……おれ、いや、ちがう……」
「……めんどくさいね、オマエ」
ボッシュはリュウの中を強く突いてやりながら、柔らかい胸に噛みついてやった。
リュウは悲しそうに、頭を振った。
何で素直に気持ち良くならないんだか、とボッシュは思った。
本当にマゾの気があるみたいだ。口を開けば痛くして、優しくしないで、それから殺して。
「いっそのこと、気持ち良くなりなよ、リュウ」
リュウは戸惑いがちに、涙が溜まった目でボッシュを見上げた。
いいよ、とボッシュは言ってやった。
「オマエの卑猥な格好見てやるのも、楽しみのひとつなんだからさ」
リュウは顔を真っ赤にして、ひどいよ、と呟いた。
ボッシュはリュウの顔を上げさせて、言った。
「心外だな。ひどくしてもらいたがってるのは、オマエだろ」
リュウは、それに関しては頷いた。
「わりといい身体してるね、オマエ。結構これも気に入った」
呼吸を荒くして、時折息を詰まらせているリュウの唇を舐め、噛んで、口の中に舌を差し込んで、そうしているとここにきてようやく、リュウは目を潤ませて、とろんとした顔になった。
「いい顔」
ふと笑って、ボッシュはリュウの頬を撫でた。
「さっさと良くなっちゃえよ、めんどくさい」
リュウは緩慢に頭を振ったが、その身体が感じはじめているのはすぐに見て取れた。
うっすら赤く色付きはじめた。
少しずつ、泣き声とは別の、濡れた声も上げるようになった。
まあ上出来だろ、とボッシュは思った。
ぎこちないが、こういう反応は割と嫌いじゃない。
「……あっ、うう」
リュウの声は艶めいたものを混じらせ始めた。
戸惑いながら、彼は火照った身体を持て余し始めた。
中がきゅうっと締まって、少しきついが、具合は良い。
「いや……ボッシュ、っあ、あっ」
両手で胸に触ってやりながら、リュウを犯した。
リュウはようやくおずおずと自分から足を開いて、恥ずかしそうにしながら、快楽を受け入れはじめた。
ぽおっとなった顔をして、ボッシュ、と名前を呼び、縋りついてきた。
それはボッシュを興奮させるものだった。
リュウはこんなだが、馬鹿だし余計なことばかり考えて、自分を貶めてばかりでどうしようもない奴だが、顔は可愛いし、身体も嫌いじゃなかった。
女にしては無頓着で、ボッシュはもう少し胸の大きい女が好みだったが、リュウの身体は気に入っていた。
本当は、男の、あの貧相に痩せた身体でさえも構わなかった。
なんでも良かったのだ。
「リュウ……」
リュウが快楽に染まりきってしまうまで、そう時間は掛からなかった。
元より慣れないせいで、気持ち良いことに関しての耐性は薄いようだった。
あの気に入らない「ごめんなさい」も「痛くして」「殺して」も少しずつ姿を潜め、そしてようやくリュウはただ快楽を貪るだけ、純粋にボッシュに抱かれるようになった。
「……っしゅ、あぁ、好き……」
そうしている間は、好きだ、とリュウは何度も繰り返して言った。
手を離さないで、そばにいて。
あと驚いたことに、おれを好きになって。愛して、ボッシュ。
リュウはうわ言のように、何度もそう言った。
そういうことも言えるんじゃないか、とボッシュは少し驚いた。
あのリュウから愛してくれなんて言葉を聞くことができるなんて、思いもしながった。
「……大嫌いだよ、オマエなんか」
そう言ってやると、リュウは悲しそうに、やだ、と頭を振るのだった。
そうしてまた子供みたいに泣き出して、好きになって、と繰り返すのだった。
ほんとにまったくしょうがない、とボッシュは思った。
リュウは良く分からない奴だ。
愛して欲しいならそう言えばいいのに、リュウは絶対に口にしない。
ことが終わればまた目を伏せて、言うのだろう。おれを憎んで。
「めんどくさい奴だな……」
ボッシュは呆れたふうに言って、もう気持ち良いこと以外、なんにも感じられなくなっているようなリュウを抱き締めてやった。
こうなってしまえば、もうリュウにはボッシュの声なんて聞こえていないに違いない。
「……好きだよ。好きだ、好きだ、リュウ」
ちゃんと俺を見ろよ、とリュウの耳元で囁いた。
「すげえ、愛してるんだよ……」
リュウの身体を全部自分のものにしてやりたかった。
それは子供っぽい征服欲だったが、ボッシュは確かにリュウを愛していた。
憎んで欲しいならそうしてやるし、痛め付けて欲しいなら、リュウが望むなら、ボッシュはこれからもそうするだろう。
何故なら優しくするなんていうことがどういうものなのか、ボッシュにはさっぱりわからなかったのだ。
「……オマエも、俺のこと、好きだよな……?」
少し眉を顰めて、ボッシュはリュウに訊いた。
リュウはひどく喘がせてやっているせいで、まともにボッシュの言葉も聞こえてはいないようだった。
返事はなく、リュウはずっと泣いていた。
腹の奥で放って、一番気持ち良くしてやって、リュウが耐えきれずに気を失ってしまうまで、ずっと。
リュウを困ったふうに無理して笑わせるか、こうして泣かせることくらいしかできそうになかったが、ボッシュは確かに純粋にリュウを愛していたのだ。
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