ばちっ、と青い光と共に、中央省庁区の会議室に、男がひとり現れた。
「……少し遅刻です、オリジン」
「よぉ、どこ行ってたんだ?」
 彼の名はエリュオン、この世界を統べる最高統治者である。
 メンバーはすでに揃っているようだった。
 いや、ふたりほどその姿は欠けていた。
 統治者ヴェクサシオンと、クピトの姿がなかった。
 目だけを向けて無言で訊くと、会議室の机にだるそうにべたっと寝そべっているジェズイットが、ああ、あれはなあ、と苦笑した。
「息子がいなくなったんだってよ。お弟子さんが血相変えて飛び込んできた」
「……それは、知っている」
「知ってる? マジ? ……なんで?」
「…………」
「まあなんでもいいけど、クピトは……」
 そこで言葉を止めて、ジェズイットは、ああ来た、と言った。
「オリジン!」
 ばちっ、と先ほどと同じく、青い光が弾け、まだあどけない少年が姿を現した。
「もう、どこ行ってたんですか!」
 クピトだ。
「下に降りたって言うから、上層区を探し回ったっていうのに! いいですか、あなたは最高統治者なんです。みだりに出歩かないで下さい。中央省庁区にもしものことがあったら、どう対応するつもりなんですか」
「オリジンの心配はしてやらねえんだな、クピト」
「心配するだけ無駄ですよ、もう」
 クピトは膨れて、全然言うこと聞いてくれないんだから、と言った。
 エリュオンは緩く首を振って、下層に行っていた、と言った。
「一目、見に……」
「またお友達のところですか?」
 ちょっと目を伏せて、クピトは溜息を吐いた。
 もう諦めているんだ、という調子で。
「出掛けるのは極力アルターエゴにしてください。その為の能力でしょう?」
「ああ……すまなかった」
 圧されて頷いたエリュオンを見て、オルテンシアがくすっと笑った。
「……そろそろ許してあげなさい、クピト」
「でも、オルテンシア……もう、しょうがないですね」
 クピトは、もう、と腰に手を当てて言って、席についた。
「会議を始めてください、オリジン」
「ああ……ヴェクサシオンは、来ないのか……。訊きたいこともあったのだが……」
「なんです?」
「……血に連なるものがいるというのは……どういう感触なのだろう、と……」
 ごつっと音がした。
 ジェズイットが動揺して、机に頭をぶつけたらしい。
 クピトは呆けて、デモネドは溜息を吐き、オルテンシアはあら、まあというふうに口元を手で押さえた。
「……なんでそういう、突拍子もないことをいきなり言い出すのかねえ、このオリジンは……」
「た、大変なことですよ! 軽々しく最高統治者がそういうことを口にしないで下さい!」
「……割と、良いものだ」
「あら、確かあなたのところは、娘さんがいましたね、デモネド」
「そうか……」
 エリュオンは頷いて、会議を始める、と言った。
 統治者たちは腑に落ちない様子だったが、それ以上話題になることはなかった。
 オリジンが妙なことを言い出すのはいつものことだと、慣れきっているのだ。







 もう5年ほど前になるか、ラボのあるプロジェクトに関わったことがある。
 血液を採取、D因子を摘出し、胎児に注入する。
 生まれてくるのは適格者たるものか、それとも普通の人間なのか、それとも死ぬのか。
 結果は失敗、実験体はロスト、そういうふうに聞いている。
 監獄のような鉄格子の嵌った窓から、子供の寝顔が見える。
 ぼろぼろに摺り切れたナゲットのぬいぐるみを胸に抱いて、良く眠っているようだった。
 近くにいるだけで、ばちっ、と電流のような感触が、背中に走るのだった。
 それは共鳴反応だった。
 オールドディープのアジーンとリンクしていた当時、彼の兄弟がすぐそばにある時に感じる、痺れにも似た感覚のような、だが少し違っていた。
 今ある反応は、それらより近しいものだった。
 アルター・エゴに似た感覚だ。
 子供がころんと寝返りを打った。
 シーツを蹴っ飛ばして、ぎゅうっとナゲットのぬいぐるみを抱えたまま、少し泣いているようだった。
 悪い夢を見ているのかも知れない。
 子供も同じく共鳴反応を感じているようで、身体を強張らせて、それから少しむにゃむにゃと微笑んで、とうちゃん、と言った。
 驚いたが、どうやら寝言であるようだった。
 目は覚まさないし、また行儀悪く手足を放り出して眠っている。
 その子供が呼んでいるのは、おそらく反逆者として処分されたらしいラボの公社員だろう。
 彼の夢でも見ているのかもしれない。
 一度ラボに保管されていた資料で見たことがあった。その母親も。
 だがそれは確かに彼に妙な気分を植え付けた。
 人工的に混じらせたものとは言え、そこには確かに自分の血液が流れているのだ。
 たとえ失敗作だとしても、同一のD因子という奇妙な繋がりでもって。








◇◆◇◆◇







「は、はずかしー……」
 頬に手を当てて、アジーンはぼそぼそと呟いた。
 恥ずかしい、はこの仕草だったはずだ。リュウがひとりでいる時、良くやっているものだ。
 彼女は照れ隠しを含めた動作でもって、弟を非難した。
「な、なにオマエんとこのリンク者! なんでこんなに恥ずかしいわけ?!」
「おれも照れちゃうよ。人間って面白いよね」
 もう慣れた様子で、チェトレは頷いて、うちのリンク者馬鹿だから、と溜息を吐いた。
「もうねえ、ギャーってかんじ。ねえアジーン姉ちゃん、おれがこんなことしたら、イヤ?」
「兄弟の縁切ってやる」
「て、ていうことは、やっぱり、つがいとして……」
「アホ。もう二度と顔見せんな、って言ってやる」
「う。ね、姉ちゃん、おれにすごく冷たい……」
「変な冗談言うからだ」
 ふんとアジーンはそっぽを向いて、あ、と思い当たった。
 そう言えば当分口も聞いてやらないから、と宣告しておいたのだった。
 でもまあ、いいか、という感じだった。
 リンク者の問題はリンク者同士に任せておけばいい。
 そんなことに口を出したって仕方がないし、こうして見れば、非はリュウにだってあるのだ。
「うちのリュウ、ものすっごい鈍いんだから。そこが可愛いんだけど」
「リュウ、可愛いよね。うちのリンク者も、もうちょっとリュウみたいな可愛げがあったらいいのに」
「だろ?! リュウ、優しいんだよ。一生懸命だし、真面目だし、それに……」
 ちょっと顔を紅潮させて、アジーンは指折り数えて早口で言った。
 それからはっとして、あ、と口篭もった。
 悪い癖だ。
 リュウのことになると、アジーンは他の事が見えなくなってしまうのだった。
 ばつの悪い顔を上げると、チェトレはいつものように目を閉じたままで、にやにやしていた。
「姉ちゃんも可愛い」
「ばっ……うるせえ、そんなことあるかよ、馬鹿。オマエチェトレのくせに生意気だぞ。弟のくせに」
 アジーンは仏頂面でもって、チェトレの頭をごつっと叩いた。
 この弟のドラゴンは、放っておくとすぐ調子に乗るのだ。
「……まあしばらく見てるよ。言っとくけど、リュウに何かあったら怒るからな、チェトレ」
 アジーンは不機嫌に、弟に言った。
「嫌いになるよ」
「うわあ……気をつけるよ……」
 うちのリンク者、お願いだからもうちょっとおとなしくしてくれないかなあ、とチェトレが項垂れながらぼやいた。
















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