セントラル屋上は街が一望できた。
 見晴らしが良く、景色が良い。
 そしてとても天気が良い――――絶好の昼寝日和である。
 そんな感じで、剥き出しのコンクリートの上で日向ぼっこをしたまま眠ってしまったニーナを発見して、リュウは慌てて自室からシーツを引っ張り出してきた。
 彼女はとても心地が良さそうに熟睡してしまっていて、だらしなく手足を投げ出している。
 こうしているとほんとに、出会った頃の子供のままみたいだ。
 リュウはほのぼのとした気分になってしまった。
 自然、笑顔になってしまう。ニーナは可愛い。
「いい天気だもんね……」
 リュウはオリジンなので、間違っても昼寝なんかをしようと思ってここまで上がってきたのではない……はずだ、多分。
 やっと出来た休憩時間に一息つこうと、空を見にきただけだ。
 ここは一番、空が良く見えるので。
 間違っても、昼寝なんか――――
「ふわ……」
 自然、欠伸が零れた。
 今ここで少し眠れたら、すごく気持ちが良いだろうな、なんて思う。
「うー……ちょっとだけ、ちょっとだけ……」
 休憩時間は、あと10分ほどある。
「少しだけなら構わないよね、うん」
 言い訳するように呟いて、リュウはニーナの隣にごろんと横になった。
 そうすると、目の前は青一色になった。空だけ。どこまでも高い。
「……ん……?」
 空は綺麗だ。
 今日はほんとに天気が良くて、あたたかくて気持ちがいい……のだが、なんだか少し、居心地が悪い。
 ……ずーっと目の前で、ニヤニヤ含み笑いなんかされているみたいな、そんな感じなのだ。
 でも誰もいない。
「あれ……? へんなの……」
 訝しくリュウは目をぱちぱちして、目尻を擦ってみた。
 でも誰もいない。
「気のせいかな……」
 そうして、ころんと寝返りを打って、ニーナに掛けたシーツに半分混ぜてもらった。
 ふたりくらいなら十分に包まれる大きさはあった。
 そしてリュウがうとうととまどろみはじめたころ――――唐突に、尻にさわっと変な感触があった。
「ひゃあああっ!?」
 びっくりして、リュウは飛び起きた。
「な、な、な、なに?! えっ?! あ……! ジェ、ジェズイットだ! そうだろ!? びっくりさせないでよ……!!」
 リュウが顔を真っ赤にして怒鳴ると、空間がぐにゃっと歪んで人のかたちになり、そして男がひとり現れた。
 ジェズイットだ。面白そうにニヤニヤして、手のひらをわきわきとしている。
「うん、成長してるぞ」
「もー……! なんでそうやって、おれのお尻なんか! て、あ……」
 リュウは涙目になって怒ったが、ふと横で眠っているニーナを思い出して、口をぱっと抑えた。
「し、静かにしてね? ニーナ、起きちゃう」
「ああ、そりゃあもう。……ちょっとワースはキツかった、マジで」
「……なんで生きてるの?」
「さあ」
「……いやいいけど、んー……あ、そうだ、おれもう仕事の続き……」
 リュウはふっと気がついて起き上がろうとしたが、きゅっと袖を掴まれて、止まった。
「……ニーナ?」
「んん……りゅ、やー……」
「…………」
 ニーナは寝惚けたままだったが、リュウはふうっと苦笑の吐息をついて、言った。
「……ちょっと遅れるって、クピトに言っといてくれない……?」
「無理」
「なんで」
「何故なら、俺はサボリだからな」
「……堂々と言わないで」
 はあ、と溜息を吐いて、リュウはどうしても気になって仕方がない疑問を口にした。
「……なんでこんなにみんな仕事してないのに、全然問題なく街が稼動してるんだろう」
「実際まともに仕事してるのって、メベトとクピトだけだよな」
「いや、確かにそうなんだけど……」
「安心しろ、二代目。オリジンってのがまともに仕事をしてるところを、俺は長い間こーいう仕事やってるが、あんまり見たことがない」
「いいの、それ」
「さあ。まあ、そう忙しい時期でもないしな。正直あの有能な代行サマが来てから、ほとんどすることねえし」
「でしょ? ボッシュはすごいんだ」
 リュウは嬉しくて、にこおっと笑った。
 ボッシュが誉められるのは、オマエには関係ないだろ、なんて言われてしまうだろうが、リュウにとっては嬉しいことだった。
「仕事速いし、間違わないし、難しい言葉も知ってるし……」
「おまえとすごい違いだな、二代目」
「う……そ、そうなんだ……」
「引継ぎは? いろいろレクチャーしてもらったんだろ?」
「う……」
 リュウはかあっと頬を染めた。
 なんだかすごいことを思い出してしまった。
 でも、ここで赤くなったら変だと思われてしまうだろう。
 リュウは可能な限りのポーカーフェイスで――――リュウには一番苦手な作業だ。大体顔に出てしまう性質なので――――上手くいったかどうか定かではなかったが、うん、と頷いた。
「だ、だ、だいじょうぶさ」
「ふーん。ま、元気な子供を産んでくれよ」
「な……ななななな、なに、それ!」
 リュウは今度こそ真っ赤になってしまって、悲鳴を上げた。
「う、うわあああっ、まさか、もしかして、あの、その……!」
「ん? どうした二代目。顔が真っ赤だぞ」
「あ、うー……」
 リュウは俯いて、項垂れて、聞いてたの、とぼそぼそ言った。
「なにを?」
「あ、ああああ、あの、聞いてないなら、なんでもないんだけど、その……!」
「聞いてない聞いてない。二代目オリジンサマの可愛らしいお言葉なんてなーんにも聞いてない。まあ、しけ込むにしちゃ随分な場所だとは思うぞ」
「やだ、もう……し、死にたい……死んじゃうー……!」
 恥ずかしくて、リュウは真っ赤になったまま頭を抱えて、それからばっと顔を上げて、忠告した。
「ぜ、絶対に内緒だからね!」
「はいはい。ふーん、カマ掛けてみたんだが、そうか。なかなかやるなあ、めちゃめちゃに手が早いな、代行のやつ」
「…………」
 リュウはもう何とも言えず、泣きそうになってしまった。
「だ、騙された……?」
「やーい。ほんと単純だな、おまえ。それでオリジンやって大丈夫なのか?」
「う、ううー……」
「なんだ、ちょっと狙ってたんだが、残念だ。そーか」
「うっ、な、何を……? まだなんかするの?」
「いやいや、こっちの話」
「も、もう知らない……寝る……」
「あれ、仕事は?」
「やだ」
 リュウはふてくされて、頭を振った。
 そしてシーツを頭まで被って、目を閉じた。もう寝る。
「おまえってさあ、ほーんとガキだよな、二代目……」
「…………」
「うあー、俺も寝よ寝よ」
「…………」
 もうリュウは返事をしなかった。
 今度口を開けば、次は何を言ってしまうのかわからない。







 ぎっ、と扉が開いて、現れたリンは顔を顰めた。
「……あんたら、何やってんだい……」
「昼寝ッス」
「堂々と言うんじゃないよ、ジェズイット。このサボリ魔どもが……揃って雲隠れしたと思ったら、まあ……」
 リンは沈痛に頭を押さえ、ほら起きな、と怒鳴り掛けて、
「…………」
「ん? どうした?」
「…………」
 リンは黙ったままこつこつと靴音を響かせて、気持ち良さそうに眠っているニーナとリュウの傍らで立ち止まり、覗き込んだ。
「…………」
 そして、そのままニーナの横にごろんと寝転がった。
 ジェズイットが呆れたふうに、壁にもたれたまま肩を竦めたが、リンは知らん顔である。
「オイオイ、姐さん……」
「……揃って可愛い顔しちゃって、疲れちゃったんだね。私も、最近変なもの見ちゃってさ、ちょっと疲れてるし……まあいっか、寝ちゃお」
「……さっすが。話がわかる。いい尻してるだけのことはあ」
 ある、と言い掛けて、ジェズイットは長くて太いリンの尻尾に引っ叩かれた。
「寝込み襲ったらぶっ飛ばすよ」
「承知。ったく、油断も隙もない……」
「そりゃアンタだ」
 リンは冷たく言った。







 がちゃっと扉が開いた。
 現れたボッシュは先客のあまりの多さに顔を顰めたが、ふとリュウの姿を見付け、苦々しく舌打ちをした。
「オイ、何やってんだ。呑気に優雅な昼寝してる場合か。まだ通ってねえ書類とかあったろ」
「んー……」
 ボッシュにがくがくと揺さ振られて、リュウはいやいやをするみたいに頭を振った。
 起こさないで、という意思表示なのだろう、リュウはあれで案外寝汚いところがあるのだ。
「イヤじゃねえだろ、バカ。仕事しろよ」
「う、うー……あ、あと5分……」
「起きろ」
「うー……もうだめ……今日休むって……たいちょうに、いってて……」
「……ねボケてるのかよ。しっかりしろよ、バカオリジン」
 はあ、と救い様のない溜息を吐いて、ボッシュはリュウの頬をむにっと引っ張った。
「いい加減にしねえと襲うぞ」
「やー……」
「……うわ。離せよ」
 リュウの頬を伸ばしている手に、ぎゅっと抱き付かれて、ボッシュが顔を顰めた。
「離せ。起きろ。ああくそっ、折角ろくでもねえ仕事なんかサボって昼寝でもしてやろうと思ったのに、てめえら何やってんだよ。メンバーだろ。仕事やれよ」
 今ひとつ傲慢なことを言って、ボッシュはリュウを引き剥がそうとした――――が、すぐに諦めたらしい。
 リュウにくっついているニーナにあからさまに顔を顰めて、そうして舌打ちをして、やけになったみたいにリュウを腕にくっつかせたまま、べたっと床に寝転んだ。
「……後で絶対苛めてやるからな。覚えとけ」
 忌々しく吐き捨てて――――どうしても、それは照れ隠しに聞こえてしまった。なにせ顔がちょっと赤い。
 ボッシュはリュウに、リュウにくっついたニーナに辟易とした顔をして、昼寝に専念することにしたらしい。
 すぐに静かになった。
(……仲良いねえ)
 ぼおっと夢うつつでそんなことを思いながら、リンは小さく溜息を吐いた。
(こないだまで殺し合いしてたのにさ)
 ボッシュはリュウにあからさまな殺意を向けていた。
 だがリュウはそれを気にしたふうもなく笑っていた――――待ち侘びてすらいるのかもしれない。
 殺伐とした関係に見えたが、こうして仲良く昼寝なんかしたりもする。
(……殺したいのか好きなのか、どっちかはっきりしなよ……)
 そこには自分には理解出来ない種類の愛情表現なんてものがあるのかもしれない。
 あんまり考えないようにしようと思いながら、リンは目を閉じた。







 夕刻近く、扉が開いて、現れたのはクピトだった。
 彼は屋上の状況を目にして、もう諦めきったようにはあっと大きな溜息を吐いた。
「……オリジンリュウ。オリジン代行ボッシュ。メンバー、二ーナ、リン、ジェズイット。何やってんですか」
 答えはない。
 みなが熟睡してしまって、彼の声に答えるものはない。
 クピトは青筋を立てながら、彼らに杖を向けた。
「起きてください!」
 先端の緑色の宝石が発光し、クピトの得意とする最上級氷結魔法「グレイゴル」が彼らを一人残らず襲った。
「うわぁっ!」
「にゃー!」
「……!」
「つ、つめた……! ちょっと何するんだい!」
「オイオイ、いきなり魔法は卑怯だぞ!」
「言える立場ですか?! 揃って行方不明になって、まさかこんなところで仲良く昼寝なんて! ああもう、さっきセントラルが機能停止したところです……ってそこ! 何顔を赤らめて見つめ合ってるんですか。そういうのはプライベートで存分にどうぞ」
「あ、赤くなってないよー!」
 真っ赤な顔をして、リュウが講義した。
「ちょ、ちょっとびっくりしただけだよ! だ、だってボッシュが隣に……急にいるから……」
「俺をお化けか幽霊みたいに言うの止めろ」
「うー……」
「大体さあ、オマエ寝相悪すぎ」
「えっ?! な、なんかやっちゃった?!」
「……もう何でもいいから、全員今日は残業、徹夜です。いいですね?」
「えー、ひどーい。きっと眠くなっちゃう……」
「そ、そうだよクピト。ニーナは夜更かししちゃ駄目だよ」
「めんどくせえな」
「お肌に悪いねえ……」
「今日俺はパスな。なんか酒でも呑みに行きたい気分だ」
「そんな理由が通りますか」
 ともかく、絶対です、とクピトが言った。
「文句があるなら正式な書類でどうぞ。減俸の対象にしてやります」
 全員が不満げな顔だったが、そう言われればしょうがない。
 渋々頷いて、執務に戻った。







 その日はリュウの嘆願で定時刻に就寝したニーナを除いて、夜を徹してメンバー全員が執務室に缶詰にされ、仕事に掛かりきりだった。














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