べちゃ、と潰れる音。
 タルトは箱の中できっとぐちゃぐちゃになってしまっているに違いない。
 箱を取り落としたままの姿勢で、リュウは呆然としながら、震える声で聞かされたそれを反芻した。
「……出て……った……?」
「ええ、昼前に、もう。最後にプラントでやり残したことがあったと言っていましたが――――遭いましたか?」
 執務室にいたのは、クピトがひとりきりだった。
 静かに、ただ気遣わしそうにリュウを見て、眉を顰め、言った。
「辞表は受け取っています。一月前に……でも、あなた多分泣くから」
「……ボッシュ……どこに?」
「さあ……街を出るそうですよ。でもきっと、すぐに」
 クピトの声を最後まで聞かないうちに、リュウは踵を返し、走り出した。







――――すぐに帰ってきますよ、きっと」
 最後まで、リュウは聞いてはいなかった。
 顔を真っ青にして、駆けて行ってしまった……きっと彼を探しに行くのだろう。
「て、聞いてませんね……もう」
 できることならボッシュを引き止めておいてやりたかったが、彼は人の言うことに耳を貸すような人物ではなかった。
 多分あの様子だと、リュウは泣くだろう。
 まず今晩中泣き通して、明日は1日ぼおっとしているに違いない。
 最後ってことらしいから、我慢して下さいね、と思いながら、クピトは溜息を吐いた。
「……ちょっと不器用過ぎますかね」







 探して、探し回った。
 街を出て、それから彼はどうするだろう――――世界をさまようつもりか、地下に降りるのか。
 もう時刻は夜に差し掛かっていて、リフトの発着時間は過ぎ、ステーションはがらんとして物寂しく、人気がなかった。
 わざわざこの時刻から地下へ潜るはずもないし、なら空を巡るとして、街を出るなら北側からだ。リュウは考えた。
 手付かずの土地がそこにある。
 以前のように地上で一人きりで生きていくつもりなのだろうか。
 誰も彼も、リュウもそばに置かず、一人で、ずっと。
 もし見つかったとしても、リュウは彼を引きとめることはできないだろうと重苦しく自覚していた。








 街の北には一本の道がある。
 途中でぶつ切れになっていて、どこへも届かない道だ。
 ただまっすぐに続いている、建設途中の道路だ。
 そう遠くないうちに、この先にまた街が造られるそうだ。
 ボッシュが言っていた。
「……あ!」
 そう行かないうちに 見慣れた背中を見つけて、リュウはもつれそうになる足を必死に動かした。
 前にもこんなことがあったような、そんな気が――――ああ、とリュウは思い出した。
 『ボッシュ』を追い掛けて、追い掛けて、そうして届かなかったあの夜だ。
 覚えている。
「ボッシュ!」
 リュウは叫んだ。
 ボッシュは立ち止まってくれて、面倒臭そうにしながらも振り向いてくれた。
 リュウは息を切らせて、やっと追い付いた。
 しばらく荒い呼吸を沈めるために胸を押さえて、それから顔を上げて、ボッシュを縋るように見た。
「……ど、どっか行っちゃうの……?」
「ああ」
 間抜けな質問だったと思うが、ボッシュはそっけなく頷いて、じいっとリュウを見た。
「オマエ、なんで泣きそうな顔してんの?」
 そうして、意地悪くにいっと笑った。
 それは本当にいつものままで――――きっとボッシュは、リュウみたいに、寂しいもほんとに離れ離れになってどうすればいいんだろうという困惑も、……ずうっといっしょにいたかった、なんてことも、思ってはいないのだ、と今更また、認識させられた。
「……また、帰って――――あ、」
 リュウは気付いて、言い直そうとした。
 ここは、彼の帰るべき場所ではない――――きっとどこまでも前ばかり見て歩いていく人だから、そしてそれはリュウのせいでもあった。
 彼の帰るべき場所を潰してしまったのは、リュウだったからだ。
「また、あ、会える、よね……」
「……さあ?」
 でも、ボッシュはそっけなく首を振るだけだった。
 ほんとにどうでも良さそうに、リュウとの会話が煩わしいように、そう。
「できればオマエの辛気臭い顔なんて、もう二度と見たくないよ」
「あ……う……、あっ、あの……あのさ、」
 泣きそうになってきた。
 唇がわなないて、上手く言葉を綴れなくなってきた。
 リュウは、手を繋いで、と言おうとした。
 もう離さないで、ずっと1000年憎んで。
 手を伸ばしかけて、結局のところ、それはかなわなかった。
 きっとボッシュは顔を顰めるだろう。
 もうおまえで遊んでやるのも飽きたと言わんばかりに、それでもって、なに調子に乗ってんだローディ、なんて言われてしまうかもしれない。
 だからリュウは、全然別のことを口にした。
「……おれ、あんまりひどい目にまだ遭ってないけど。……1000年も、まだ」
 1000年憎んでくれるんじゃなかったのボッシュ、リュウは言った。
「1000年そばにいていいって……」
「なんのことだか」
 しかし、ボッシュは肩を竦めて、言った。そんなのは忘れた。
「なに? 寂しい?」
「あ、あの……! おれもいっしょに……!」
 ついていってもいい、とリュウは聞こうとした。
 だが、ボッシュはひどく顔を顰めて言った。ふざけんな。
「邪魔だよ。ていうかさあ、オマエオリジンだろうが。感情に任せて他のことは全部切り捨てちまえるところ、俺は昔からオマエのそういうところが嫌いなんだ」
「う……ごめん……」
 リュウは俯いて、震えて、目をぎゅっと閉じた。
 そうすると、諦めが浸蝕してきた。
 リュウのようなどうしようもない人間を、ボッシュみたいなすごい人が気に掛けて、たとえそれが憎悪であったとしても、そして肌を合わせてくれるなんて夢みたいなことが長続きなんてするわけがないと、本当はずっと知っていたのだ。
 彼がいつかリュウの手を振り払って、どこか遠くへ行ってしまうという、明確なビジョンは見えていた。
「辛気臭い……最後に見るのがそーいうのなんて、最悪だな」
「あ……」
 リュウはそう言われてはっとして――――確かボッシュはリュウの泣きそうな顔を何より嫌うのだ――――慌てて笑顔を取り繕って、にこっと笑った。
 それは泣き笑いに他ならなかったが、リュウはそうした。
「か、身体に気をつけて。あ、何がいるかわからないし、その、地上って……怪我しないでね」
「オマエ、バカ? 俺が誰かわかって言ってる?」
 そう言えばそうだ、とリュウは笑った。
 ボッシュは最強のドラゴンだったので、この地上に脅威となるものはなにもない。違いない。
 リュウは誤魔化すように頷いた。
「そ、そうだね。チェトレもいるもんね……行き先は、決まってるの?」
「言う必要、あるわけ?」
「……あ、い、いいんだ。ないよね、そんなの。はは……」
 リュウは笑顔はそのままに、少し項垂れて表情を隠した――――また少し涙が零れて、それはボッシュを不機嫌にさせるだろうと思ったのだ。
 リュウはふと思い出して、ボッシュに言った。
「……もう、痛く、ないね……」
「……ああ。オマエが近寄らなきゃあな」
「うん。ご、ごめんね……。今まで、痛かったね、ボッシュ」
「……言っとくけど、オマエとお揃いの傷なんてゴメンだからな。勝手に真似すんなよ」
「う……わかってるよお……」
 ほんとは正直言うと、そうしてしまうつもりだった。
 あっさりと見抜かれていたようだ。
 リュウは誤魔化すように微笑んだ。
 ボッシュと繋がるものが欲しかった。
 もう捨てられたのだとしても――――そうして、リュウははっと気がついた。
 今その時がきて、リュウは本当にボッシュに捨てられたのだ。
 これで、本当に最後なのだ――――そう、思った。
「ボッシュ……ごめ、ごめんね」
 そう自覚すると、ぼろぼろと涙が溢れてきた。
 それでも笑顔のかたちは綺麗に保ったままで、ああ、おれはほんとにボッシュの前で、うまく嘘をついて笑えるようになってしまったんだ、とぼんやりと思った。
「……おれ……バカだから、ずーっといっしょにいられるなんて、夢見てた……!」
 諦めていたはずだった。
 でもそばにはいたかった――――1000年ずうっと、彼を、彼が愛するものたちを見ていたかった。
 1000年恋をして、ボッシュを見ていたかった。
 彼にとってそれは面倒臭いものでしかあるはずがなかったので、もうずっと胸にしまい込んだまま、静かに、好きだなんて一言も言わずに。
 でも、本当のところはまだ全然諦めることなんて、できていなかったのかもしれない。
 ボッシュがいなくなるという。
 それで、胸がこんなに痛い。
 それこそ、死んでしまいそうなくらい。
 なんでこれでおれ生きていられるんだろうというくらい、身体をばらばらにされるよりそれは、きっとずっと痛かった。
「……ずうっと、ずうっと手を引いていてもらえると思っちゃった……」
 気まぐれでボッシュはそうして、いつも決まってリュウを突き放した。
 手を離して、どこへでも行っちまえ、どうにでもなっちまえというように、おまえなんか知らないよ、と言いたげに、乱暴に振り解くのだ。
 リュウは震えて、ぼろぼろと止まらない涙を拭うこともできないまま、ボッシュに謝った。
「ゴメンね、バカだから、ほんとに1000年ずっと、憎んで――――おれのことだけ見てくれるんだって……あ、あんまり頭、良くないからさぁ」
 リュウはボッシュの言うとおり、頭が良くない。
 ローディなせいもあるだろうが、それだけじゃないだろう。
 D値1/4なんて検査結果が出されたって、今までと何ら変わりないからだ。
 リュウは手のひらを、ボッシュに助けを求めるように伸ばしてしまいそうになるそれを胸の前で押さえて、震えながら俯いた。
「てを、つないで……はなさないで……ずうっと、ずうっとさ……」
 笑顔は抜け落ちてしまった。
 ボッシュはただ冷たくリュウを見下ろしていた。
 彼の冷たい視線には、リュウのような感情なんてどこにもなかった。
 ただ少しうっとおしそうに目を細めて、それだけだった。
「ボッシュ……おれは……」
 ひとりにしないで、とリュウは言おうとした。
 でも、できなかった。
 ボッシュの冷たい目が、それを許さなかった。
 彼はリュウの泣き顔に辟易しているように見えたので、リュウはまた無理に口の端を歪ませて、笑顔を作った。
「……あ、ご、ごめんね。せっかく出掛けるのに、へんなこと、言っちゃったな。星もこんなに綺麗に出てるのに!」
 夜空には無数の星が輝いていた。
 きっとボッシュは、これからもっと綺麗なものを見るだろう。
 綺麗なものばかり、リュウのような余計なものなんて目に映さずに、世界の果てまで歩いていって――――空は彼に優しく、そこにあるだろう。
「景気悪くてゴメン、ボッシュ。いってらっしゃい」
 ボッシュは何も言わなかった。
 リュウは、もうきっとすごいよ、外の世界、と明るく言った。
 そうするしかなかった。
「綺麗なものをいっぱい見にいって。空は綺麗だよ」
 そして、にこおっと精一杯にボッシュに笑った。
 いつかきっとボッシュはリュウの顔も忘れてしまうのかもしれない。
 少しでも、彼の記憶に留まれる存在でありたかった。
 ……だが、彼の中から早く消え去ってしまいたかった。
 ボッシュにとってはもうゴミ以外になんでもないのだろうと、そう思うことが辛かった。
 痛みに顔を歪めそうになりながら、リュウは笑顔を作った。
 もう一生笑うことなんてできなくていい、だからせめて今だけは、うまく微笑んでいたかった。
 ボッシュ、彼のために。
「世界は綺麗だよ。あんまりおれが言ってもありがたくないと思うけど……ボッシュ、きみが幸せでありますように」
 肩が震えるのを、どうにか我慢しながら、リュウはボッシュの手を取った。
 ボッシュは咎めなかった。
 彼の手の感触を感じながら、ああ、これでもう一生彼と手を繋ぐことなんかないんだ、とリュウは思った。
 それは空虚だった。
「ずうっと……世界の果てまで、どこまでも、きみがどこにいたって」
 寂しかった。
 胸がぎしぎしした。
 ボッシュが今、たとえリュウをゴミとして見ているとしても、リュウは彼のことがどうしようもなくいとおしいのだった。
「おれ……」
「……俺さあ、言っただろ、好きな子いるんだ」
 ボッシュは急にそんなことを言い出した。
 リュウの手は振り払わないまま、ボッシュはふっと微笑した。
 それはあんまりに綺麗なもので、リュウは思わず見惚れてしまった――――悲しさも絶望も、一瞬だけリュウから離れて、遠いところにあった。
 それはリュウに向けられたことのないものだった。
 きっと生涯向けられることのないものだった。
 リュウは眉を顰めたまま微笑んで、うん、と頷いた。
 ボッシュは静かに、穏やかに、聞いたことがないくらいに優しい声で言った。
「昔から――――初めて遭った時から、この子とずうっと一緒に生きていくんだって思ってた。わかってた。きっと、愛してるってことなんだよ。良くわかんねえけど……」
 ボッシュは少し気恥ずかしそうに目を逸らして、だからさ、と言った。
「俺はもっと強くなる。そしたら迎えに行ける。もうつまんないことで泣かせやしない……」
「うん……そうなるといいね」
「ああ。だから、それまでさ。……待ってる、よな……」
 少し自信が無さそうに、ボッシュは言った。
 いつも自信満々で弱いところを見せないボッシュがこんな顔をするなんて、リュウは少しおかしかったが、頷いて言った。
「だいじょうぶ、きっと待ってる」
 人を好きになると、ボッシュでもこんな顔をするんだ、とリュウは思った。
 だからリュウは、ボッシュをちょっとでも安心させてあげようとした。
「あのさ、それ、街の子? 地上まで上がってきてる? ボッシュがいない間、かわりにおれが守ってあげるよ! その、不安だろ、ほったらかしにしちゃったり、さあ……」
「…………」
 それはとても良い考えに思えたが、ボッシュは思いっきり顔を顰めた。
 気に入らなかったのだろうか?
 いい考えだと思ったんだけど、とリュウは呟いた。
「あの、おれ、バカだけどわりと強いし……だ、だいじょうぶ、女の子だろ? おれこんな身体になっちゃったし、心配しなくてもその子に変なことなんかしないから……!」
「……もういいよ、このバカ」
 ボッシュはふてくされたように言って、リュウに背中を向けて歩いて行ってしまった。
「じゃあな、リュウ」
「あ……」
 リュウは手を伸ばそうとした。
 また繋いで、歩いてもらいたかった。
 どこまでも一緒に連れて行ってもらいたかった。
 空の果てまで、ボッシュがいればそれがどこだって良かった。
 地の底でも、世界の果てでも、彼さえそこにいれば、リュウはどこだってバカで幸せな人間でいられたのだ。
「もう……さよならだね」
 ボッシュはもう振り向かなかった。
 リュウは最後に、精一杯の笑顔を作った。
 今度はきちんと微笑むことができた。
 ボッシュは見てくれなかったが、リュウはそれで満足だった。
 彼を笑って送り出してあげられたことが。
「いってらっしゃい。……さよなら、ボッシュ……」
 本当にずっとそばにいて、それが許されると思っていて――――こんなふうに毎日がずうっと続いていくんだと思っていた。
 ずうっと手を引かれて歩いていくんだ――――そう夢想した日々は、もう遠くに行ってしまった。
 さよなら、なんてもう二度とボッシュに言いたくはなかった。
 もう二度と、リュウはボッシュに会うことはないだろう。
 彼はリュウを捨て、綺麗なものばかり手に入れる。
 いつか好きな子を迎えに行って、幸せに暮らすだろう。
 リュウの知らないところで。
 ボッシュの背中は次第に遠ざかり、小さくなっていき、やがて夜の森に溶けて消えてしまった。








 ほんとうにボッシュが行ってしまったんだ、と理解したのは、そのまま長い間その場所に留まり、ぼんやりと彼が消えた方を見つめ、いくらかした頃だった。
 もうボッシュの姿を見ることはできないだろう。
 あの綺麗な顔も、柔らかい髪も、少し眠たそうな灰色がかった緑の目も、それが少し眇められ意地悪そうにリュウをローディと罵ることも、気まぐれに体温を分け合い、リュウに浸蝕することももうない。
 ボッシュはもういない。
 そういうことを理解するのに、大分時間が掛かった。
 もしかしたら戻ってきてくれるかもしれない、なんて希望を持って、リュウはそこにいた。
 動けずにいた。
 けれど、ボッシュはやっぱり戻ってはこないのだった。
 リュウはもう、完全に必要ないものとして、ボッシュに捨てられてしまった。
 彼の言葉のひとつひとつから――――1000年憎んでやるなんてことや、そんな何もかもから現実味が薄れていって、それはリュウの中で、今まで白昼夢を見ていたようなふわふわした感触を伴うようになった。
「ボッシュ……?」
 ほんとうは、ジオフロントで彼の心臓を突き刺したまま、彼はそこで終わってしまって――――また幸せな夢を見ていたんじゃないか、とリュウは思った。
 彼に責められ、罵られ、軽蔑されて、それでも優しく抱かれて――――それはあまりにも遠い日々だった。
 だがボッシュはもういなくなってしまって――――彼をリュウの手で終わらせたとしても、今こうしてリュウを捨て去って、行ってしまったとしても、同じだった。もうボッシュはいない。
 いつかリュウでない人間に微笑み、少し不器用に微笑し、照れ隠しにちょっと不機嫌な顔をしたり、そんな――――そんなふうに、ボッシュはリュウでない誰かを愛し、幸せに生きるだろう。
 ボッシュの中から、ちっぽけなリュウのことなんて、すぐに消え去ってしまうだろう。
(あ……あれ……?)
 ふいにぐるっと視界が回って、顔の前に地面が、生い茂った植物があった。
 倒れたのだ。
 だが、衝撃はなかった。
 リュウからは、急速に感覚が消え失せはじめた。
(あ、そうか……もう、その、時が……)
 リュウは気がついた。
 消え失せているのは感覚ではない。
 感覚から、身体から、リュウが消えはじめているのだ。
 まるで手のひらに掬った水がどんどん零れていくように、なにもかもが希薄になっていくのだった。
 もう胸も痛くない。
 リュウは痛みも麻痺してしまった胸を押さえて、僅かに苦笑した。
 ゴミはゴミらしく、だ――――それはとても似合いのことに思えた。
 もう感情なんて、心など、必要ないのだ。
 後悔はない。最後に笑いながらボッシュを送り出してあげることができた。
 もう二度と、笑うことなんてできなくていい。
(あ……どうしよう、おれの身体……邪魔になっちゃわないかな……)
 ボッシュが使ってくれなくなった身体だ。
 身体だけになったリュウを、ボッシュは抱き人形みたいに使ってくれやしないかと、本当は望んでいた。
 心が壊れて、身体だけが残っても、そのリュウの欠片はきっとボッシュが好きだ。
 愛している。
(ボッシュ……もう、二度と……でも、)
 リュウはもう固まってしまってうまく動かない手のひらに視線を落として、ふうっと微笑んだ。
 最後に掴んだ手のあたたかい感触がまだ残っていて、そしてそれを忘れることはないだろう。
 たとえ、心が壊れてしまったとしても。
――――好きだ、ボッシュ……)
 自分がばらばらになっていく感覚。圧倒的な寂しさはリュウを包んで、引き裂いた。
 そうして、それで最後だった。
 後には身体だけがのこった。
 記憶も慕情も愛も、心を構成するものは薄くなり、溶けて消えていった。
 ボッシュが必要としないリュウは、もうここにある価値なんてない。












 そしてその夜、リュウは、壊れた。















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