雨が止むまで、そうしていた。
朝も夜も関係なかった。
シェルターの中には曖昧な闇だけがあって、光は届かなかった。
いつしか雨音が途切れたことに気がついて、顔を上げた。
どれだけ経ったのかは覚えていなかった。
「ん、んー……どしたの、ボッシュ?」
半分まだまどろんでいるリュウが、眠そうに目を擦りながらボッシュの髪を引いた。
ボッシュはリュウの背中をぽんと撫でて、なんでもないよ、と言った。
「寝てなよ、リュウ」
「どっかいったらダメだよ……?」
「行かないよ、ばあか」
ボッシュはちょっと不安そうに見上げるリュウの額に、ちゅ、と口付けた。
「リュウ、雨が止んだよ」
「あ、虹……出るかなあ……」
「見たいか?」
「見たい、見たい、……うー」
リュウは睡魔と格闘しているらしく、ゆるゆると頭を振り、ねむいよお、と言った。
「ボッシュ、つれてって……」
「オマエなあ……って、あ?」
なんだかぴりっとした気配を感じて、ボッシュは眉を顰めた。
ふと思い当たって、床に散らばっている衣服を掻き集め、適当に纏った。
「ボッシュ……? 外、いくの……?」
「ああ。オマエは寝てなよ」
「う、やだあ……おれもいくも……」
リュウは身体を起こして、慌ててボッシュの手を取ろうとしたようだったが、ひゃっと小さな悲鳴を上げてべちゃっと床に突っ伏してしまった。
「あ、あれ? た、たてないよ、あれ?」
「そりゃ、あれだけひどいことすりゃあさ……」
「ボ、ボッシュはなんで立てるの? ずるいよ」
リュウは不満そうにぷうっと頬を膨らましたが、ボッシュに手を伸ばし、ね、と懇願してきた。
「ね、ボッシュ、抱っこ」
「……いや、いいんだけどさ」
リュウにこんなふうに甘えられるなんて、思いも寄らなかった。
ボッシュは少し頬を染めて、リュウの言うとおりにしてやった。
適当にシャツを羽織らせ、抱き上げてやった。
リュウは嬉しそうににこおっとして、ボッシュにぎゅうっと抱き付いた。
「ふふ、ボッシュう」
リュウの身体は小さく、簡単に抱き込めてしまった。
リュウはにこにこと機嫌良く、オヒメサマダッコだね、と言った。
「……そーだよ、オヒメサマ」
「えへへ、それ、すごいの?」
「すごいすごい」
「わーい」
ぱ、とリュウが手を上げて、その拍子に取り落としそうになって、ボッシュは慌てた。
「うわ、暴れんな。落ちるぞ」
リュウは抱いてやってから、どうもボッシュに甘える仕草がグレードアップしたように見える。
ぎゅうっと抱き付いたり、体温の触れ合いが心地良いのだろう。
なんだかくすぐったい。
「ボッシュ、外、晴れ、虹!」
「ハイハイ、オヒメサマ」
くすっと笑って、リュウを抱いたままシェルターの階段を上り(リュウがはしゃいでじたばたするものだから、大分骨が折れたが)シャッターを開けた。
強い光が射し込んできて、目が眩んだ。
暗がりに慣れきった目には、いつもこの地上の光は眩しい。
1000年もの間、地下の人間が夢に見続けたものだ。
「わあ、まぶし……」
リュウはまぶしそうに目を覆っていたが、慣れたのか顔を上げ、そしてびくっとしてボッシュにぎゅうっと抱き付いた。
「ひゃ……!」
そこにはリュウを怯えさせるくらいに巨大な生物がいた。
半透明で光を透き通し、静かに立っていた。
いつからそこにいたのだろうか?
ボッシュは怖がるリュウの頭を撫でて、大丈夫だよ、とあやしてやってから、それを見上げ声を掛けた。
「よお、久し振り」
『ひ、ひどいよ――――!!』
そこにはボッシュの分身、オールドディープの生き残りの片割れ、チェトレの姿があった。
巨大なドラゴンは憤慨していた。
『なにやってたの?! 長い間待ちぼうけで、ディクにでも食べられたんじゃないかって心配してやってたら、なにさもう、ていうかなんでリュウといっしょにいるの?! 抜け駆けだよ!』
「不可抗力だ。いろいろあった。……騒ぐな、リュウが怖がる」
「うー……」
リュウは震えて、少し涙目になってボッシュに抱き付いていた。
「ボ、ボッシュう……おっき、たべられちゃうよ……」
「食わないよ。心配いらない、リュウ。俺が守るよ」
『しかもなんでいつの間にそんなラブラブなってんの?! おれ、これじゃ全然立場ないじゃないか! リンク者がいろいろ頑張ってるから、おれも我慢しなきゃって……あ、あんまりだよー……!!』
チェトレは天に向かって嘆いた。
吼えたので、辺りの木々はびりびりと震え、リュウは一層身体を縮こまらせてしまった。
「赦せ。あと大声を出すな。リュウが泣くだろ」
『い、色ボケ人間! うわあ、もう大嫌いだ、ボッシュなんて!!』
「言ったろ、俺とリンクしたことを後悔するんだな」
『してるよ、もう……』
チェトレはすごすごと小さくなって弾け、青い光になって、ボッシュの中へと戻ってきた。
『うう、姉ちゃあん、リンク者が放置するよう……』
頭の中から泣き言が聞こえてきたが、それが彼の姉に届いたかどうかは知らない。
リュウの中のドラゴンは始終知らん振りだった。
……もしかしたら、人間の恋愛表現なんてものを見ていられなくて、引っ込んでしまっているのかもしれない。
「な、なになに、ボッシュ? おっきい犬が……羽もついてた!」
「ドラゴンだよ、リュウ」
「え、えっ? ドラゴンって、おれたちのことじゃないの?」
「俺たちの半分だよ。おまえにもあんなのがくっついてる。過保護なのが」
「えー?! ほんとに?!」
「……わかんないの? オマエん中、もうひとりいるだろ」
「ん、んん……でもあんなにでっかくないよ……」
困ってしまっているリュウに、あんまりなんにも考えなくていいよ、オマエあんまり頭良くないんだから、と言ってやって、ボッシュは彼を抱えたまま、外の世界に踏み出した。
雨雲はもうどこかへ行ってしまって、良い天気だった。
遠くには虹が出ていて、それはリュウの興味をそっちへと引き付けてくれた。
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