前にもこんなことがあったような気がするが思い出せない。
そう何度もあってはたまらないのだが、妙に懐かしいような――――そんな、余計なことを考えている余裕など、本当のところはこれっぽっちもないのだが。
「ひゃあああー!!」
リュウは悲鳴を上げていた。逃げていた。
巨大なムカデの王様みたいなディクに追い回されていた。
確かに悪いのはリュウだった……寝ているところをいきなり触覚をむぎゅっと踏み付けられたら、ムカデだって怒るに違いない。
「ご、ごめんなさい、怒らないで怒らないで、たっ、食べないでー!!」
無数の足を交互に動かして這うさまはちょっと本当に怖い気持ち悪い、ダメだ。
ふいに王様ムカデが反り返って反動で跳ね、リュウに飛び掛ってきた。
「わ、わあああ!」
押し潰される、と思った瞬間、リュウの足元がぼこっと崩れた。
「へっ?!」
足場になっている腐った木が崩れたのだと気がついた時には、もうリュウはまっさかさまだった。
「わ、わー!!」
ほんとに、前にもこんなことがあったような気がする。
「いたたた……」
しこたま打った頭を抑えながら、リュウは起き上がった。
上を見上げる。空が遠い。
割合深い所まで落ちて来たようだった。
周りは大きな空洞になっていて、遠く上の方からぱらぱらと砂が零れてきた。
王様ムカデは穴の上でしばらく迷うようにうろうろしていたが、やがて諦めたようで、どこかへ行ってしまった。
「あ……」
立ち上がろうとして、足に鈍い痛みがはしった。
どうやら捻挫してしまったようだ。
「う、ここ、どこお……? ボッシュう……」
光が射す穴倉は大きくて深くて、とてもじゃないがリュウがよじ上れる高さではなかった。
辺りの苔の壁にはいくつも穴が開いていて、風が吹き込んでくる。
びゅうびゅうごうごうと大きな音が始終聞こえる。
リュウは怖くなって泣き出してしまった。
「うっ……うっ、うわあああん……! ボッシュ、ボッシュう……!」
ごめんなさいボッシュ、謝りながらリュウは泣いて懇願した。
「う、言うこと、きかなくて、ごっ、ごめんなさい……むかえに、きてえ……」
本当に、ボッシュの言い付けを破るといつも酷い目に遭うのだ。
もうこれからはぜったいなんでも言うとおりにするからと言いながらリュウは泣き喚いたが、ボッシュは現れなかった。
声が聞こえないのかもしれない。
◇◆◇◆◇
「共鳴は!」
『……わかんない。地上にいないよ』
「チッ、この役立たずめ……! じゃあなんだ、地下か、シェルターか?!」
『もしかしたらディクのおなかの中かもー』
「……悪趣味な冗談だな!」
『あはは、だいじょうぶだいじょうぶ。姉ちゃんも一緒だもん』
もう辺りは暗くなり掛けていた。
リュウがいなくなった。
シェルターから少し離れたところに木の釣り竿が放り出してあったのを見付けた。
その辺りには大きな生物が、ムカデかフナムシあたりが這いずり回ったような跡が残っていた。
ディクに襲われて逃げ出したのかもしれない。
食われてはいないはずだ。アジーンがついてる。
『すぐ帰ってくるよ』
「アホ抜かせ、迷子になってたら、アイツ一人じゃなんにもできやしないんだ。餓死するぞ」
『……それは……するかもね……』
ちょっと苦笑気味にチェトレが頷く気配がした。
ボッシュは振り返って、後ろをついてくるメンバーどもに怒鳴った。
「テメエら、帰れ! リュウは俺が見付ける!!」
「そういう訳にもいかないだろ。迷子は保護しなきゃ」
「そーそー。あ、俺らが先にあいつを見付けたらさ」
「帰らない!」
「……ガキだよなあ」
「ねえ」
呆れたように二人のメンバーは頷き合っていたが、そんなものはボッシュの知ったこっちゃない。
「リュウ……! どこだ?!」
返事はないが、間違いないことはひとつ。
リュウは多分今頃泣いてる。
◇◆◇◆◇
そう、ボッシュの予感は的中していた。
リュウは泣いていた。
「う、ううー……。さむいよお、おなかへったよ……のど、かわいたよ……さみしいよお、ボッシュう……」
流れてきた涙をごしごし拭って、リュウは手のひらを見た。
手がとても寂しい。
「て、つないでよお……」
もう暗くなりはじめていた。
空は赤くなって、どんどん黒くなっていく。
ぎゃあぎゃあと鳥の鳴く声。
羽音。
それらのひとつひとつが、リュウを怖がらせた。
「ボッシュ、ボッシュ……。はやく見付けて、むかえにきてえ……」
今頃ボッシュはリュウを探してくれているだろうか。
リュウがいなくて寂しいって泣いてやしないだろうか。
「ご、ごめんね、ごめん、ごめんなさい、ボッシュ……な、泣かないでー……」
ぐすっと鼻を啜って、膝を抱えて、リュウは上を見上げた。
地上は遠過ぎた。
「……うー?」
ふとリュウは首を傾げた。
ばさばさと、重たい羽音が聞こえた。
どんどん大きくなっていく。近づいてくる。
「……な、なに? な、えっ?」
リュウは慌てて、不安でいっぱいになりながら、遠く天井の穴を見上げていた。
やがて影が差した。
ばさばさと大きな翼を羽ばたかせて、深い草色の体皮にはいくつもの奇妙な模様が見えた。
リュウよりもいくらも大きい――――そして何より恐ろしいのが、その顔だった。
髑髏のような模様、頭の上の方に真っ赤な目があった。
足は器用で、何かを掴んでいる。獲物だろうか?
どう見たって草食には見えなかったから、そうなのかもしれない。
そいつはリュウに気がついたようで、すごい速度で急降下してきた。
リュウは強張ってしまって、動けなかった。
ただ、ひとつだけ馬鹿なリュウでもわかったことがある。
この穴はこの巨大なディクの巣穴で、そいつが今まさにリュウを食べようとしていることなどだ。
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