背負われて、ふらふらと揺られているうちに、なんだか眠くなってきた。
うとうととしていると、声が掛けられた。
「……人は眠ると、重くなるんだな……」
「……んー? おれ、重い、ね、えるー……?」
彼は首を振った。重くない、ということだろう。
リュウはぎゅうっと彼の背中に抱き付いたままで、半分瞼を閉じながら、言った。
「うー、ぱちぱちする……ねえ、なに、これ?」
「……それは共鳴だ、リュウ。我々は竜だ……」
「ボッシュもね、おんなじ……でもちょっと、違う? ね、なんで?」
ささやかな疑問だ。
また難しい、と言われるかもしれない。
もしかしたらちゃんと答えてくれるかもしれない。
だけど眠くて、もう半分以上耳には入ってこなかった。
こうやって人の背中におぶさって揺られていると、いつもいつのまにか眠ってしまうのだ。
「うーん、へんなの……おれと、えるー、いっしょ、みたい……」
「それは、おまえが――――」
彼の声はとても遠いところから聞こえた。
リュウはこくっと彼の肩に顎を乗っけて、目を閉じた。
ゆらゆらする、気持ちがいい。
「おまえが私の血に連なるものだからだ、リュウ」
リュウは眠り込んでしまった。
◇◆◇◆◇
「――――リュウっ!!」
肩を掴まれて、揺さ振られた。
「う、う……?」
ぱちっと目を開くと、すごく心配そうなボッシュの顔があった。
ちょっと泣きそうだ。
森の中だ。
大きな木の、張り出した根っこにもたれて、眠り込んでしまっていたらしい。
リュウは一人だった。
えるーはどうしたろう? 夢だったのだろうか?
リュウは眠い目を擦って、手を伸ばし、ボッシュの頬に触った。
「……泣かないで、ぼっしゅ……?」
「リュウ……」
ぎゅうっ、と抱き締められた。
すこし、苦しい。
「バッカ、遠くに……どこにも行くなって、言ったろ」
「うー……」
リュウは頷いて、うすぼんやりしていたが、ごめんね、と謝った。
「ごめんね、ボッシュ……きらいに、なってない?」
「……なってない」
「ほんとにほんと? ……ほんとに?」
リュウは不安に顔を歪ませた。
ボッシュはこんなに優しいのに――――リュウのことを嫌いになった訳でもなさそうだ。
なのに、どうしてさっきから、何度も頭の中に意地悪なボッシュの声が聞こえるのだろう?
それはすごく怖いものだった。
『多分、オマエを殺すまでずうっと痛むな』
リュウはボッシュをおずおずと抱き返して、背中に手を回し、触れた。
「きず……」
「……え?」
ボッシュが、ぎくっとした顔になった。
リュウは不安でいっぱいになって、眉を顰めた。
「きず……いたい?」
「……何、言ってんだ? リュウ……?」
「へんだ……おれ、ボッシュに、なんにも……なんにもひどいことなんて……あれ……?」
リュウはふるふると首を揺らして、訊いた。
「おれのこと、殺すの、ボッシュ?」
「な……」
「なに、へん……さっきから、ボッシュ、すごく意地悪なことばっかり言うんだ……」
こんなに優しいのになんでだろう、リュウは少し首を傾げて、ボッシュに謝った。
「ごめん……こんなに、やさしいのに、へんな夢ばっかり見るんだ。ボッシュが、おれを――――」
最後まで言うことができなかった。
きつく、ぎゅうっと、ほんとに強く抱き締められて、唇を吸われた。
キスというやつだ。
本当にリュウを食べてしまいそうなくらいに激しく、ボッシュはリュウの口の中に舌まで突っ込んで、舐めて、何度も何度もそうした。
「……ん、ん、んっ」
息ができない。苦しくなってボッシュのコートの裾を引っ張っても、ボッシュはやめてくれなかった。
彼は、なんだか、ひどく何かを怖がっているみたいだった……リュウを抱き締めて、こうしていなければ怖くて怖くてしょうがないというふうに。
少し震えていた。
リュウはボッシュが可哀想だった。
だから頭を撫でてあげた。
泣かないでよ怖くないよ、おれがいるよと言ってあげようとしたが、口の中をボッシュに舐められているせいでうまく喋れない。
かわりにきゅっと頭を抱き締めてあげた。
「――――リュウ……」
やっと、なんだか少し不安そうに離れて、ボッシュはリュウに言った。
すごく一生懸命な顔だった。
「……ひどいことなんて、なんにもしやしないよ。俺が守る。1000年掛けて、ずうっと……ずうっと、いっしょだ。手を繋いでいくんだ。俺は……」
ボッシュはリュウにしがみ付いて、子供みたいに、そして胸に頭を押し付けた。
そうすると安心するようだった。
リュウの心臓の音は、彼に聞こえているだろうか?
「俺は、ほんとにほんとにオマエが好きなんだよ、リュウ。なあ……嫌いになんて、ならないよな?」
「なるわけないよ……」
リュウは、へんなの、とくすっと笑った。
リュウがまさかボッシュを嫌いになんて――――そりゃあたまに意地悪なんかを言われた時は、謝るまで嫌いになってしまうが、そんなことになるわけがないのだ。
「へんなの、ボッシュ。泣いちゃだめだよ」
「……う……」
「だいすき、ボッシュ。あのね、だから……き、きらいになるなんて、もう言わない?」
「……言わない」
「ひどいこと言って、ごめんなさい、する?」
「……ゴメンナサイ」
「うん、ゆるしてあげる。すき、ボッシュ」
にこっとリュウは笑った。
なんだか、こうやってボッシュにぎゅうっとされているというだけで、リュウの不安はいつもどこかへ行ってしまうのだ。
殺してやる、1000年憎んでやる、オマエなんか大嫌いだよ――――じゃあな、リュウ。
いつかほんとにボッシュはそんなひどいことをリュウに言ったのだろうか?
全然覚えが無いが、でも今はすごく反省してるみたいだ。うん、許してあげよう。
「……ほんとに、嫌いになんてならないよな?」
「ならないよー」
「俺がひどいこと言っても?」
「うー、あんまり言わないで……泣いちゃうも……」
「……い、言うわけないだろ、バカ」
「あ、またバカって言った……ボッシュ、キライ……」
「オマエだってキライとか言うんじゃねえよ……」
こつっと頭を叩かれて、リュウはぷうっと膨れて、でもボッシュがいつものボッシュに戻ってくれたことには正直ほっとしていた。
ボッシュがこんなふうに泣いちゃいながらゴメンナサイなんてしたら、リュウはもう何をされても許してあげるしかないのだ。
よしよし、とボッシュを慰めて撫でてあげながら、リュウはそこで、ようやく気付いた――――後ろにふたり、さっきのヒトがいる。
ボッシュといっしょにやってきたのだろうか?
「あ……おねえちゃん、おにいちゃん、どうしたの?」
「…………」
ボッシュはそこで、あ、というふうにびくっと震えた。
どうやら完全に忘れていたらしい。
尻尾の生えたヒトはなんだかぽーっとなったような赤い顔をしていて、もうひとり、つんつんしたヒトは背中を向けて、リュウたちの方を見ないようにしていた。
「……かっ……か、かっ、かわいい……。なんだいちょっと、こんなかわいいこともできるんじゃないか代行……」
「あー、星が綺麗だ。きっと明日も晴れるな、オルテンシア……そこから見てるか? 地上は平和だ」
「うわあ、リュウもやっぱりいい子だね……! ニ、二ーナに見せてやりたい……もう、なんでカメラ持って来なかったんだろう……?!」
リュウはきょとんとして、顔を上げた……ボッシュの頭をよしよしと撫でてあげながら。
「……?」
見るとボッシュの耳は真っ赤に染まっていた。
はずかしい、とかそんな時になるような感じだ。
ボッシュは顔を隠すように、さっきよりも強く強くリュウの胸に顔を押し付けた。
なんだかすごく見られたくなさそうだったので、リュウはボッシュの頭をぎゅうっと抱いて、隠してあげて、見ちゃだめ、と言った。
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