リュウは膨れっ面でもって、両手を差し出し、せがんだ。
「ボッシュう、抱っこ」
「……ダメだ。そのくらい平気だろ。歩け」
「うー……」
ヒトが来てから、ボッシュはちょっと意地悪だ。
面白くないが、まあ彼らに頭から食べられなかっただけでも良しとするべきだろう。
「えるーはしてくれたよ……」
「だから誰だよそのえるーって」
「竜だって言ってたよ」
「ハア? だから、もう二人きりなんだっつの。大方夢でも見たか、お化けでも見たんだろうよ」
「え、えるーお化けなの?!」
「……そうじゃないか?」
「え、えー……そーなのー……」
リュウはしゅんとしてしまった。
怖がればいいのか、でもえるーだから平気なのか、良く分からない。
痛いこともしなかった。おぶってくれた、ディクから助けてくれた――――悪い竜じゃなかった。
もし本当にボッシュの言うとおりに彼がお化けなのだとしたら、ちょっと気になることがある。
お化けの前でお化けが怖いって言うのは、失礼じゃなかったろうか?
でもお化けはリュウを怖がらせるためにいるのだから(そうに違いないとリュウは踏んでいた)悪いことじゃなかったろうか。
疑問がぐるぐると頭の中で回って、うんうん唸っていると、ボッシュはリュウの頭にぽんと手を乗せて、こっそりと言った。
「……痛いか?」
「ん……」
「もうちょっと我慢な、リュウ。後で背負ってやるから」
「……今はだめなの?」
ボッシュはヒトの方をちらっと見て、頷いた。
リュウは、それじゃしょうがない、と納得した。
「……がんばるね……」
「……ああ」
ボッシュは、ちょっと心配そうな顔をしていた。
リュウはにこっと笑って、平気だよ、と言った。
◇◆◇◆◇
「……だからもうついてくんなよ」
「あと1日しかないんだ……首に縄付けてでも連れて帰るって言ったろ」
「引き千切ってやるよ、そんな縄」
「うーん、リュウちゃんは可愛いお尻をしてるなあ。かたちが良いんだよなあ……これでボリュ―ムさえあればなあ」
「あはははは! やだ、くすぐったいよお! おしりなんか、さわんないでよー。へんなの」
「……オイ。ぶっ殺されたいのか? リュウに触るな」
「……? なんで? おれ、さわっちゃだめなの? どろんこで、きたない?」
「……そういうんじゃない、リュウ。ああもう、オマエこっち来てろ」
肩をぐっと掴んで、リュウをそばに寄せて、ボッシュは彼らを睨んだ。
「さっさと帰れ」
「あんたもね」
「……ほっとけよ。さっさと帰ってやれば? ニーナ様のところへさ」
「に、な?」
ボッシュが何気なく言った言葉に反応して、リュウが不思議そうに顔を上げた。
「……わかるのか?」
「…………」
リュウは俯いて、ボッシュの言葉に答えず、ただふるふると頭を振って、項垂れた。
「なんか……すごく、悪いことしちゃった後みたいな感じ……。後でおれ、めってされる?」
「……しないよ。オマエも悪いことなんかなんにもない」
「そうだよ。悪いのは全部そこの代行のアホなんだから」
「黙れ巨乳」
「ダイコー? キョニューって、なに? お姉ちゃんのおなまえ?」
「……私はリンだよ、リュウ」
袖をつんつんと引きながらリュウが言うと、リンは困った顔を多少引き攣らせて、笑った。
「オリジン代行は、そこのボッシュのことさ。あんたはオリジン――――そいつより偉いんだよ」
「え?! おれ、ボッシュよりえらいんだ!」
「……変なこと教えんな、巨乳」
「なんだい、ほんとのことさ」
「ねえねえ、おれ、えらいの? じゃ、リュウさまって呼ばなきゃだめだよ、ボッシュ!」
「……ハイハイ、リュウさま」
「ね、なんでおれ、ボッシュよりえらいの、ボッシュ? なんかいいこと、した?」
「微妙」
「うー……。よくわかんない……」
「リュウさま、あんまり頭が良くないんだ。余計なこと考えないほうがいいぞ」
「あー、またバカって言ったでしょ……。もう、なんかヘンだから、いつもどおりにして、ボッシュ……」
「ハイハイ、オヒメサマ」
「リュ、ウ!」
「ハイハイ、リュウ」
「うー……すごいてきとう……ひゃっ」
「どうでもいいけど、オイそこのハゲ。消えたって無駄だ。リュウの尻に触るな」
「ちっ……ていうか、ハゲって何だよ! おい、聞き捨てならねーぞ!」
「あーもー、うるせー……」
耳に指で栓をして、ボッシュはうるさげに顔を顰めた。
「わかったわかった、そのうち帰ってやるよ。100年後くらい」
「今すぐだよ! もう、ニーナが持たないんだ。あの子も色々ギリギリなんだから……」
「問題ない。あの女はしぶといから殺したって死なないよ」
「まあ、それに関しちゃ……うん、なあ?」
「あんた何を納得してんだい、ジェズイット……こうなりゃ力ずくでも、先にリュウだけでも連れて帰るよ」
リンががしっとリュウの手を掴んだ。
リュウはびくっとして、ぎゅうっとボッシュの腕にしがみ付いた。
「や、や、やだやだ、やだあ! ボッシュ、はなれるの、いや……」
「リュウ、帰るんだ……あんたさえ帰ってくれば、そこのも自動的にくっついてくるに決まってるんだから……」
リンは辛抱強く、リュウに言い聞かせた。
リュウは涙目で震えていたが、おずおずと目を開けて、首を傾げた。
「かえる……おれ、かえるとこ、ないよ」
「あるんだ。あんたの世界が。あんたがいなけりゃ、居場所をなくしちまう子がいるんだ。あんた、大事だろう? ニーナがさ」
「に、な……」
「……いい加減にしろ」
剣を抜き放ち、ボッシュは凄んだ。
「リュウは、俺のものだ。渡しゃしない」
「ほんっとにバカな子だね、代行……」
切っ先を向けられても、リンは怯む様子もなく、ただ尻尾をぱた、と揺らした。
「ガキみたいなこと言ってんじゃないよ。できれば私も行かせてやりたいさ。でもニーナが泣く。街に帰るんだ」
「嫌だね」
「ニーナが泣くと、リュウは悲しむよ。あんたのことなんか嫌いになっちゃうかもね」
「…………」
「き、きらいになんてならないよ!」
リュウが、慌てた様子でボッシュにぎゅうっと抱き付いてきた――――本人は、どうやら抱き締めてやっているつもりらしい。背丈が足りないようだったが。
「ひどいこと言っちゃだめ……ボッシュ泣いちゃうよ……」
「……はいはい、ごめんね……」
肩を竦めるリンから視線を上げ、リュウはボッシュを見た。
すごく真剣な眼差しだ。
「ねえ、ボッシュ? 「まち」っていうところ、ええと、いくの、だめ?」
「……! 何言ってんだ、リュウ?」
「う……嫌? キライ? ……なんか、行かなきゃって、そんな気が、……あれ?」
「…………」
リュウは良くわかっていなさそうな顔で、おかしいなあ、などと言っている。
だがボッシュには解った。
リュウはこんなになっても、例え記憶から零れてしまったとしても、ニーナのことが心配なのだ。
そしてそれはボッシュにとっては面白いものではない。
「……行かない。行きたきゃオマエ一人で行けば」
「う……」
じわっ、とリュウの目に涙が浮かんできた。
ボッシュははっとした。
リュウは静かに泣き出してしまって、ボッシュの服の裾を握り締め、一人はやだ、とぼそぼそ言った。
「そ、そんなこと、言っちゃ、や……」
「…………」
悪い、と言えばそれで済むことだ。
だが言えなかった。
リュウが憎かった。
こんなになっても、ボッシュだけが彼の心を占めることができないでいるというのか。
ボッシュの中はこんなにリュウに浸蝕されているというのに、リュウはこれ以上何が欲しいというのだ。
「……もういいだろ。帰れ。これ以上付き纏うと、本当に殺すぞ」
「……ああ。また後で。ほら」
リンが何か、投げてよこした。
受け取って、目を眇めた。
何だろう? 虹色をした、小さな飴玉だ。
「フェアリドロップだよ。次の虹で街に戻る。それまでに使いな」
「……いらねえよ」
「まあ持っときな。捨てるんじゃないよ。……もう、リュウを泣かさないでやっとくれ。ああ、今回半分くらいは、私が悪いんだろうけどね……」
リンは、リュウに気の毒そうな顔を向けて、ごめんね、と言った。
「うー……おね、ちゃん、わるくないも……」
「……ほんっとに、いい子だよ。代行なんかには正直、もったいない」
「…………」
「帰るよジェズイット」
「うーん、残念……またな、リュウちゃん」
「ひゃ……ううー……」
去り際に尻を撫でられて、リュウがびくっと震えた。
そして二人のメンバーが消え、ボッシュの元に残ったのは小さな飴玉とリュウの嗚咽だけだった。
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