ニーナに手を引かれて歩く街は、物珍しいものでいっぱいだった。
 鉄でできた木のようなもの、透明な家の中に植物がいっぱいある。
 普段なら、ボッシュがあんなことになっていなければ、それらはとても魅力的でリュウの興味を惹き付けてくれたことだろう。
 ボッシュがあんなに苦しそうにしている姿なんて初めて見て、リュウは不安で、項垂れた。
 リュウの手を引いてくれているニーナが、心配そうにリュウを覗き込んできた。
 彼女はいくらかリュウよりも背丈がなかったが、こうしているとリュウよりもずっと年上のお姉さんのようだ。
「リュウ? ボッシュ、心配?」
「ん……すごく、心配……どうしよ、ずうっとあのままだったら……」
 リュウはじわっと浮いてきた涙を堪えて、震えた。
「ど、どうしよ、ボッシュ、いなくなっちゃったら……」
「だいじょうぶよ、リュウ。お薬あれば、ぜんぜんへいき。ほら、リュウも治ったでしょ? もうくるしくないでしょ?」
「んん……へいき」
「ならボッシュも平気よ。リュウよりも丈夫そうだから、きっとお薬のんだら今晩にはすごく元気になってるよ」
「そうかな……」
「そうそう」
「ほ、ほんと?」
「うん、きっと。だから泣かないで、リュウ。悲しいことなんか、なんにもないでしょ?」
「うー……ない……」
 こくんと頷いて、リュウはニーナを見た。
「ニーナ、なんだかお姉ちゃんみたいだ……」
「ふふ、そう? ほんと? そう見える?」
「うん」
「なんだか変な感じ……わたし、リュウはいつもお兄ちゃんみたいだって思ってたのに」
「おれ、お兄ちゃんなの?」
「うん、そう。わたしより、ずうっと強いの」
「へええ……ボッシュみたいに?」
「ボッシュよりもずうっと強いよ、リュウ。わたし、リュウがボッシュと大真面目に喧嘩して、負けたの見たことない。何回もやっつけちゃってたもの」
「ボ、ボッシュ、やっつけちゃってたの?」
「そう。リュウのが強いよ。ボッシュがひどいことするから、いつもめってしてた」
「ふうん……な、なんか、変なの……」
 あんまりにも考えがつかないことだったので、リュウはついくすっと笑った。
 リュウよりも大きくて強いボッシュが、リュウにめってされて泣いてたのだろうか?
 これは後でちゃんとボッシュに聞いてみなきゃならない。
「やっと笑ったね」
「……ふふ、え?」
「リュウ、笑った顔のほうがかわいいよ。わたし、リュウの笑った顔、だいすき」
「え……えへへ……そーかな?」
「うん、だいすきよ、リュウ。かわいい。なんにも心配なんかないからね」
「えへへへ」
 ニーナがにっこり笑ってそんなことを言うから、リュウはちょっと恥ずかしくて照れ臭くて、でも嬉しくて、赤くなって微笑んだ。
 ニーナもにっこりして、それからぱっと上を見上げた。
 リュウもつられて上を見た。
 銀色の綺麗な壁がぎらっと光って、少し眩しい。
 目を閉じて、開けて、そこには大きなプレートが嵌め込まれて、変な模様が書かれていた。
 何が書いてあるんだろと思っていると、ニーナがすらすらと読み上げた。
「北部プラント地区、A区画の薬品製造プラント。うん、ここね。いこ、リュウ」
 ガラス張りの入口の前にニーナが立った。
 だがそれは先ほどいたメディカルセンターとかいう場所とは違って、扉が勝手に開いたりはしなかった。(あれは初めて見た時とても驚いた。誰かが後ろで開けてるんじゃないかと探し回っていたら、笑われた。いまだにどういう仕組みなのやらさっぱりわからない)
「……へんね。今日はちゃんとお仕事の日なのに、なんで閉まってるのかしら?」
 ニーナは首を傾げ、慣れない光景にちょっとおどおどしているリュウの手を引いて、建物の反対側へぐるっと回った。
「通用口から入っちゃおう。リュウ、だいじょうぶ。なんにも怖くないから、ドアの後ろに人なんていないよ」
「ほ、ほんと? これ、なんで開くの? だあれもいないのに……お、おばけ?」
「電気よ、リュウ。街にはこんなの考えるすごい人たちがいるの」
「へえ……」
 リュウは良く分からないながら、頷いた。
 なんだかヒトはすごいものを造るんだなあ、と思いながら。
 通用口から中へ入ると、青白い光が天井にはりついて、廊下を薄暗く照らしていた。
 昼間なのに薄暗い。
 日光が届いていないのだ。
「ね、なんで暗いの……?」
「おくすりはね、リュウ。おひさまの光に当たると、駄目になっちゃうのもあるんだって」
「へー……」
 うんうんと頷いて、リュウはひょっこりと開いていた部屋を覗き込んだ。
 何やら、中から声が聞こえてきたので。
「……う、わっ?!」
「どうしたの、リュウ?!」
「ひ、ひ、ひ、ヒトが……!」
 リュウはあんまりびっくりして、ぺたんと床に座り込んでしまった。
 薄っぺらい板のようなものが壁に掛かっていて、その中でなにやらヒトが歌いながらくるくると回っている。
「に、ニーナ! は、は、箱の中で、ちっちゃいヒトが歌ってるよ! わ、わっ? あれ、変、後ろにいないよ……」
 リュウは壁に無造作に掛けてある板の裏側をひっぺがして見たが、そこには窓もなく、僅か数センチの隙間の中ではヒトが相変わらず忙しなく歌い回っているのだった。
「ぺ、ぺちゃんこのヒトだ! うー、グミにぎゅって潰されたのかなあ? おれも、グミに潰されたら、こんなになっちゃうのかなあ……?」
 首を傾げてうーうーと唸っていると、ニーナがくすくす笑いながら教えてくれた。
「それはテレビよ、リュウ。ちっちゃいヒトが住んでるわけじゃないわ。他のところにあるものが映る機械なの」
「……へー……てれび、すごいね……」
「そ、すごいね、リュウ……ふふ」
 ニーナはまだくすくす笑っていたが、ふっと難しい顔をした。
「変ね、なんで誰もいないのかしら……お休みじゃないだろうし、メディカルセンターの人がこっちに来たって聞いたのに」
「おくすり、どこかなあ……」
 リュウが首を傾げていると、頭上、ちょうど真上からどすんばたんという騒がしい物音が、それから男の人の叫ぶ声が聞こえた。
「……え?! だ、誰? なに?」
「上よ、リュウ! 人、やっぱりいたみたいだけど……」
 ニーナはふるふる首を揺らして、駆け出した。
「いこ、リュウ!」
「う、うー!」
 ニーナの背中にくっついて、必死で後をついていく。置いて行かれては大変だ。
 階段を昇り、ちょうどさっきいた真上に位置する部屋のドアを開けた。







◇◆◇◆◇






「ニーナ様!」
 なんだかざわざわする。
 何でかわからないけど、部屋に充満している変な匂いのせいだと思う。
 リュウが転んだ時にじわっと染み出してくる真っ赤な水だ。
 いっぱいの血の匂いだ。
 ニーナは急にリュウの前に腕を突き出して、動いちゃだめ、と言った。
 部屋の中にはいろんなものがいた。
 ぶちまけられた白い粒々、黄緑色の水が入ったパックやいろんなものが散乱して、その中にヒトがふたり倒れていた。
 壁際にはまだちゃんと起きてるヒトがいて、座り込んでいる。
 さっきのメディカルセンターのヒト達と同じ格好をしている。
 白い服はお腹のあたりが真っ赤に染まっていた。
 その前に背中を向けて立っているのは、はじめはヒトのように思ったのだが、違った。
 リュウも森で何度か見たことがある。
 緑色をしていて、身体こそヒトのものに似ているけれど、頭は長細いストローのようになっていた。
 ワームマンという名前らしい。ボッシュに教えてもらった。
「ニーナ様……オリジン様?! 危険です、ニーナ様、今そのお方をここへ近付けては……」
「止まりなさい!」
 ニーナの声とともに、ディクの真下に魔法陣の輝きが現れた。
 ばちっ、ばちっ、と放電しながらディクを絡め取り、感電させ、動きを封じた。
――――燃えて!」
 硬直したワームマンを、ニーナの火炎魔法が焼き尽くした。
 赤い瞬き。後には黒く変色した炭が現れた。
 ことが終わるとニーナは部屋の中を鋭く確認し、敵がいないことを知るとリュウの手を引き、部屋に引っ張り込んで、扉を閉めた。
「通信が通じないって、こういうことだったの? ……おじさん、だいじょうぶ? 怪我……」
「は、はい。少しやられましたが、すみません、そこの箱を取っていただけますか……? きずセットの……」
 リュウが指差された白っぽい箱を慌てて差し出すと、男の人はいたたと顔を顰めながら服をはだけ、どくどくと血を零す横一文字にはしった傷に液薬をぶっ掛けた。
「いやはや、ひどい目に……薬品プラントだったことだけが救いです……」
 ふう、と溜息を吐き、ようやく身体が動くようになると、男の人は起き上がって、倒れている他の人間を看始めた。
「少し、お待ち下さい。彼らの治療をしなければ……」
「生きてる? みんな、大丈夫?」
「はい、ニーナ様。命に別状はありません。それよりも、オリジン様を……」
「リュウ? ……あ」
 ニーナは振り向いて、あ、という顔をした。
 血をたくさん見て、リュウは真っ青になってぺたんと座り込んでしまっていたのだ。
「リュウ? だ、だいじょうぶ?」
「う、うー……だ、だ、だいじょうぶ……」
 リュウはふるふる首を振った。















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