あらかた治療が終わると、ドクターはリュウとニーナを見て、こんなわけなのです、と言った。
「プラントが野良ディクに襲われているのです……。 どうやら餌を求めて入り込んだようで、肉食のものばかり」
「他の人は? まさか、もう……」
「……いや」
眉を顰めるニーナに、目を覚ましたらしい男の人が、頭を押さえながら上体を起こし、応えた。
ドクターにまだ起きちゃ駄目ですよと諭されるも、首を振って言った。
「いや、きっと無事です……そう思いたい。我々は休憩中だったのですが、作業をしている連中は、上に――――まあ、上階にはトラップの在庫が山になっておりましたから、なんとかしのいでくれていればいいのですが」
「行ってみる」
「ニーナ様! 貴方様おひとりでは危険です! 何が入り込んできているか、まったくわからないのですよ? 先ほどのワームマンならまだしも、ナーヴマンなんかが潜り込んできていたら、いくら貴方様とは言え一人ではあまりにも危険です」
「だいじょうぶ、なんとかするわ。誰か呼びに行ってる間に大変なことになったら困るでしょ?」
「し、しかし……」
「ここから外へ連絡は?」
「……通信線が切断されているようです。どうりでセンターから通じなかったはずですな……」
項垂れたドクターの傷を見やり、二ーナは少し心配そうに、それ、だいじょうぶ、と言った。
「動ける?」
「ええ、まあ……ただ、この患者がたは動かすと危険です。看ていないと……」
「……そっか。ね、リュウ?」
「う?」
黒焦げのワームマンを恐る恐る突付いて触っていたリュウは、ニーナに呼ばれて振り返った。
「リュウは、いい子よね?」
「うん、いい子だよお」
「ここからセントラルへ、一人で帰れる? リンを呼んできてほしいの。ニーナが大変だからすぐに来てって言ってるって」
「え……おれ、ひとりで? ニーナは?」
「わたし、上に行かなきゃならないの。怖いディクに襲われてる人がいるのよ」
「え……に、ニーナ、ひとり?」
「うん、へいき。だから、ね? すぐに呼んできて。ほ、ほんとはちょっと、こわ……じゃなくて、うん、怖くないから、だいじょうぶ、だいじょうぶ……」
「うー……でも、怖いディク、いっぱいいるんでしょ? ニーナひとりだと、きっと怖いよ」
「だ、だいじょうぶだったら!」
「ね、おれもいっしょに行ってあげる。ふたりだと、怖くないよ」
「だ、駄目! リュウはあぶないよ!」
「う、うー……だいじょうぶだもん……」
リュウはなんだか邪魔っけになってしまったような気がして、項垂れて、平気だもん、と言った。
それを見て、ニーナははっとした顔になった。
「あ……うん。そう、ね……」
「……ねえ、連れてってくれる? ニーナ、おれ、ひとりはいやだよ……」
「うん……」
ニーナはすごく困った顔をして、でもちょっと笑って頷いてくれた。
「そうね……リュウ、いつも、こんな気持ちだったんだ」
「え?」
「うん、だいじょぶ、リュウ……ちゃんと守ってあげる。手、繋ごうか?」
「ん……」
リュウははにかんで笑って、ニーナに手を差し出した。
ニーナはまた困ったみたいに微笑んで、これいつもと逆ねと言った。
「なに?」
「ううん、なんでもないよ。さ、いこ、リュウ」
ドアを開けてすぐのところに、人の頭ほどの大きな羽虫が張り付いていた。
リュウは驚いてひゃあと悲鳴を上げたが、ニーナは小振りな細い銀色の棒を突付けて、きらきら輝く炎を出現させた。
彼女のこの不思議な力はどうやら魔法というらしい。
怖いディクを燃やしたり凍らせたりするのだ。他にもいろいろあるらしいが、難しいのでリュウにはよくわからない。
ただ、真っ赤にきらきら光る火や透明な氷はとても綺麗だと思う。
「うん、ボッシュのいうとおり。ちゃんと杖、忘れないようにしないとね」
「ボッシュ? 何か言われたの、ニーナ?」
「うん、忘れ物しちゃ駄目って」
軽く頷きながら、ニーナはくるっと杖を回した。
今度はばちばちっと強い光が弾けて、天井をかさかさ這っていた黒くて足の長い変な虫を打った。
「はー……ニーナ、つよーい」
「えへへ……そう? リュウ、へいき?」
「ん……なんか、ね、ちょっと、きもちわるいね……」
「そうね……野生ディクだって聞いたけど、この分だともしかしたら中で飼ってた実験用のディクが逃げ出したのかも」
「じっけん?」
「そ、さっきの足の長い蜘蛛はブラックウィドウって言ってね、毒を持ってるんだけど、毒消しのお薬の材料になるのよ」
「え……おくすり、飲むやつの……?」
「うん、ちょっと気持ち悪いね……」
リュウがこの間飲んだお薬にも、こんなのが入っていたのだろうかと考えると、ちょっと気分が悪くなってしまった。
「さ、いこ」
「うん……」
ニーナはまたリュウの手を取って、ちょっと早足で階段を上る。
「ま、待ってよお……」
リュウは急いでニーナの後に続いた。
階段を上がってすぐに扉があって、ニーナが無造作に開けると、急に冷たい空気が流れてきた。
「ひゃ……さむい……」
「空調がおかしいのかなあ……リュウ、へいき?」
「う、うん……」
リュウが頷いて前を見ると、なんだかぽよぽよしたカタマリがぴょこぴょこと歩いていた。
「あー……あれ知ってる! ナゲットだ!」
「んー、残念、リュウ。あれはアナセミっていうのよ」
「アナ……セミ……? あ、色が違う、ほんとだ……」
アナセミはリュウたちに気付くと、大慌てで走り出して、逃げて行ってしまった。
リュウはちょっと残念で、あーあ、と言った。
「行っちゃった……」
「やっぱり、外から入ってきた感じじゃないね。中で飼ってたのが逃げたみたい」
ニーナはくるっと辺りを見回して、この辺にディクはもういないね、と言った。
「みんなきっと上へ上がっていったんだわ」
「うー?」
「ドクターがみんな上へ逃げてったって言ってたから、ディクも追っ掛けていったのよ。リュウ、危ないからわたしから離れちゃ駄目よ」
「うん……はなれない……」
「うん、いい子ね……絶対リュウに怪我なんてさせないからね」
「お、おれも、ニーナに怪我なんかさせないよ!」
リュウが一生懸命にそう言うと、ニーナはなんだか笑いたいのか困っているのかよくわからない顔になって、ありがとうリュウと言った。
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