リュウは身体をボッシュに預けきったまま、ただほんの少しだけ困ったような顔になった。
「だめだよ、病み上がりに無理しちゃあ……静かにしてなきゃ」
「……どうしろってんだよ」
ボッシュは半分不貞腐れた調子で、リュウの薄い肩を真っ白のシーツにぎゅっと押し付けた。
リュウは依然、困った顔のままだ。
「せっかくこの俺が、オマエに優しくしてやろうって決めたのにさ。おあずけ? ふざけんなよ。俺が我慢とかわりときかないほうなの、知ってるだろ」
「うん……」
リュウは、そのほっそりした手を伸ばしてボッシュの頬に触り、撫でた。
背中に腕を回した。
ボッシュを抱き締めた。
その感触がどれだけの幸福をボッシュにもたらすことになるのか、リュウは知っているのだろうか?
だがリュウは、時折見せる実直で頑固な顔になって、まるで子供を宥めるみたいにしてボッシュを見上げた。
「やっぱり、だめ。寝てて」
「……ハア? オマエな」
「……いい、から。ね、ボッシュ……」
少し俯き加減に、そして僅かに黙り込んで戸惑うようにして、リュウは開いたコートを腰まではだけた。
柔らかなラインの小さな肩が、くっきりと浮いた鎖骨が、かたちの良い胸が露わになって、ボッシュは知らず息を飲んだ。
リュウの裸だ、見慣れたものだ。
でもそのくびれた腰のラインや、すらりとした脚は欲情の対象としては充分すぎるものだったし、リュウは間違いなく可愛かった。
その彼が口で言うのと裏腹に、こうやって誘うような仕草を見せている。
正直なところ動揺していたが、ボッシュはどうにかなんでもない顔を作って、首を傾げた。
「……なに、やってんの」
「うん……」
リュウは、少し恥ずかしそうに俯いて、やっぱりこういうのだめかなあ、と言った。
「なにが駄目なんだよ」
「おれ、ボッシュをちゃんと気持ち良くしてあげたいんだ……。その、いつもみたいに、触ってもらって、気持ち良くしてもらってるばっかりじゃなくって、えっと」
リュウはものすごく恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、ほんの少し上目遣いで、ボッシュの目を見たまま言うのだった。
「ああ……うー。あの、ね……今まで、おれからボッシュにしてあげたことって、なかったから、その」
「……してくれんの?」
「……うん」
リュウは、真っ赤に染まった顔をして、頷いた。
「だめ? おれ、がんばる。なんでもするよ……」
ひどいことばかりしてやっていた時分に、同じような言葉をリュウの口から聞いたことがある。
だけど今はあの卑屈な変な笑い方なんてどこにもなくて、リュウは本当に幸せそうに、ただ恥ずかしそうに少しはにかみながら、微笑しているのだ。
「ボッシュが好きだから、なんでもするよ」
「……あ、そ」
そっけない物言いは、照れているせいだ――――リュウはそれをもう知っているふうににっこりして、目を閉じ、少し背を伸ばしてボッシュと唇を触れ合わせた。
「……ごめんね、なんかおれ、すごくやらしいやつになっちゃったかも……」
「仕込んでやった甲斐があったよ、ローディ」
「ほんとだよ。ボッシュのせいだ」
リュウはくすくす笑いながら、ほんとにどうしようか、と言った。
「ボッシュとさ……こーいうふうに、えっちなことしてるの、なんか……すごく、好きみたい。おれ」
「淫乱だね、オリジンさま」
「……キライ?」
「最高だよ、バカ」
リュウの頭を小突いてやると、彼は今までそうあったようにひゃあと子供みたいにくすくす笑って首を竦めた。
そして子供よりは少しだけ器用な指先でもって、ボッシュの病院着のシャツを脱がしに掛かった。
少し震える指がボタンをひとつずつ、外していく。
真剣な顔をして、その肩は僅かに強張っていたから、ああこいつも緊張してるんだ、とボッシュは今更そんなことをぼんやりと思った。
そう、今更だった。
肌を何度も合わせた。
無理矢理に腹の中まで征服してやったことが何度もあった。
男の身体を強引に開いた。
変化した「彼女」の処女だって、乱暴に奪ってやった。
ただ、なんにもわからないリュウに優しく触れたこともあった。
なのに何故だか、初めて誰かと抱き合うようなそんな感触がする。拭えないのだ。
「ボッシュ……」
ようやっとはだけたシャツをそっと剥がして、リュウがボッシュの胸に寄り添った。
やっぱり、少し震えている。
リュウもボッシュとおんなじように、まるで初めてまともに抱き合うように感じているのだろうか?
「すき、ボッシュ……」
露出した性器が、外気に触れる感触。すぐに温かい舌が触れて、不器用に舐めた。
正直リュウはこういうの、あまり上手くはない。
でも真剣だ。
ボッシュに気持ち良いなんて言ってもらいたくて必死なのだ。
そんなことがボッシュにとっては、リュウ、彼に自発的に奉仕させているという事実が、何よりも快楽だった。
「リュウ……きもちいよ」
「んっ」
頭を撫で、髪を梳いて子供を誉めるようにしてやると、リュウは少し顔を上げて嬉しそうに笑った。
「ね、すきって、言って、ボッシュ……」
リュウはボッシュにぎゅうっと抱き付き、そんなふうにねだった。
そこにはあどけない眼差しがあった。
ボッシュを無心に信頼し、ボッシュがいなくなったら一人きりの独りぼっちになって、寂しくて死んでしまうと言って泣き出したあの、幼いリュウの目が。
「……好きだよ」
「うん……」
背中を撫でてやると、リュウは安堵したように目を閉じた。
ボッシュに愛していると告げられ、彼はそれ以上の幸せなんてないというふうな表情になった。
目尻に少し涙が滲んでいる。
「……泣くなよ」
「な、泣いてないよ……ただ、ちょっと、う、うれしすぎて。どうしようか?」
「……俺に聞くなよ」
「ふふ……。あの、ねえ、ボッシュ……」
「なんだよ」
「あのね、……も、いれても、いい……?」
ボッシュに跨った体勢で、リュウは恥ずかしそうな顔をして、彼に似つかわしくないふうに、とんでもなく唐突に訊いてきた。
もどかしいのか、勃ち上がったボッシュの性器にきゅっと腰を摺り付けている。
「……オマエ、ほんっとやらしくなっちゃったよな」
半分呆れながら、ボッシュはリュウの股を撫で、中に指を滑り込ませてやった。
「……んっ、あ、わ……ぼしゅっ、さわっちゃ、だめ……」
「なんで? ……すげー濡れてるよ、リュウ」
透明な体液が、ボッシュの指を濡らした。
リュウは顔を真っ赤にしている。
「うう……ほんと、ごめんね……やらしくて、おれ……」
「そんなに溜まってた?」
「うー……だ、だって、はやく、しないと、かんごふさん……きちゃったら、きっとすごい、おこるし……」
「ふうん」
「ボッシュ、病み上がりだし……きっともうすぐ、ドクターもくるよ……」
「さっさと終わらせたいって?」
「そ……そっ」
リュウはこくこくと頷いた。
だが彼の顔つきを見ていると、それは照れ隠しに分類されるものであると見て取れた。
「何今更恥ずかしがってんの」
「そ、そんなんじゃ、ないけどっ」
ふるふると首を揺らし、リュウはボッシュを押し倒したかたちのまま、あの耳に馴染んだ舌っ足らずの声で言うのだった。
「ないけど、おれ……うー……ね……も、がまんできないよお、ぼしゅ……」
「…………」
消え入りそうな小さな声で、リュウが言った。
「はやく、なか、きて……」
本当は、このままリュウを逆に押し倒して、いつものように無茶苦茶にしてやりたかった。
だけど、こんなに積極的な可愛らしい顔は当分見られないに違いない。
そう考えると勿体無いのだ。
こういう体勢も、新鮮であることだし。
ボッシュはリュウの太腿を掴んで、彼を引寄せた。
「ひゃっ……わっ、あぁっ」
バランスを崩したリュウの腰を支えてそのまま挿入を手伝ってやると、リュウは自重が掛かったせいで、すぐさまボッシュの男性器を腹の中に呑み込んでしまった。
「あっ、あああ……うっ、ぼしゅ……っ」
「りゅ、満足?」
尻をぎゅうっと押さえ付けて、根元まで押し込んでしまうと、リュウはひどく艶やかに喘ぎながら、安心したようにこっくりと頷いた。
ぎゅう、とボッシュに乗っかったまま背中に抱き付いて、接合は一層深くまで至った。
「おっき……あつい、よお……ぼっしゅ……」
「かっわいいな、オマエ……」
リュウの腰を両手で掴んで揺らしてやると、彼は小さく悲鳴を上げ、かぷっとボッシュの髪の先っぽを噛んだ。
「ああぁっ、だめ……まだ、うごいちゃ、だめえ……」
「なんで? きもちよくない?」
「おなか、こわれちゃうよ……っ、ん、だ、て、いっぱい、だもん……」
「なにが?」
「おなか……ぼっしゅで……」
ぽそぽそと零して、リュウはちょっと泣きそうな顔になった。
「うっ、う……っ、いじわる、だよ、あっ、ぼしゅ……」
「……ゴメンナサイ」
「ん……ほんとに、やさしくしてくれなきゃ、やだも……うっ、ううー……」
ぐすっと鼻を啜って、泣き声の予感を見せられて、ボッシュは慌ててリュウを抱いて、あやした。
「ハイハイ、悪かった」
リュウは素直にボッシュに甘えた。
これでは、あのいつもの幼子のような彼とあまり変わりはないんじゃないだろうか?
「ぼっ、しゅう……あっ」
抱いてやると見せるリュウのあの子供めいた幼い顔が、またそれも可愛らしいのだった。
俺相当重症だなとボッシュは自覚した。
きっと、これはリュウ病だ。
彼ばかり見ている。リュウなしではもうボッシュはありえない病気だ。
ボッシュは少し顔を苦く顰めて、呼吸を荒くしているリュウの胸に触った。
リュウは敏感に震え、気持ち良さそうに緩んだ表情で、きゅっと目を瞑った。
「あっ……あっ、ぼっしゅ……」
「リュウ、もう、動けば」
「んっ」
こくんと素直に頷いて、彼はもどかしげに腰を悶えさせた。
体液と性器の擦れる音が、やけに卑猥だ。
そんなものひとつひとつに昂ぶらされていることを自覚しながら、リュウを下から突き上げてやった。
「――――あっ!」
「リュウ? ちゃんと、きもちいーか?」
「あっ、あう、ぼ……っ、んっ、ん……」
きもちい、と言いたいのにうまく喋れないのだろう、リュウはかわりにこくこくと頷いた。
背中を反らせて、リュウが押さえられない嬌声を上げた。
「……あっ……ひゃ、あっ、あんん……!」
「かんごふさん、きちまうよ、リュウ」
「う……うー、うっ、あ、んん……」
くすくす笑ってそう言うと、慌てて口を抑えて声を殺そうとしたリュウの手を取って、引いた。
深く繋がり、押し付けて、彼の子宮の壁を擦った。
「ふっ……あぁっ、ああ……!」
びくんと背中を綺麗に反らせて震えるリュウの中で、そうして、放った。
本当に、リュウは可愛い。
彼がボッシュを咥え込んで絶頂を迎える時の、その恍惚の表情を見てやるのが好きだった。
ものすごく色っぽくて可愛くて、もう生涯彼のこんな表情を他の誰にも見せる訳にはいかない。
ボッシュだけのものだ。
「……オマエ、俺のなんだからな、リュウ」
かくんと力が抜けて、倒れ込んだリュウを支え、抱き締めて、ボッシュはそう囁いた。
「絶対もう、どこにも行くな。ずっと、そばにいろ。俺、オマエが好きだ……」
「ずっと、ずうっとそうだったんだからな」
リュウは力なく、だがとても幸福そうに頷いた。
「……す、き……ぼしゅ……」
ぎゅうっと抱き付いてくる、その痩せていて、小さな細い腕の感触。愛すべきものだ。
ボッシュは強くリュウを掻き抱いた。
このまま手を繋いでどこまでも行くのだ。
それは地下でも空の果てでも、竜の街でもどこでも同じだった。
リュウがいればどこでも同じだった。
手を繋いでいれば、そこがどこだって良かった。
リュウはきっともう、ボッシュを置いてどこへも行かない。
◇◆◇◆◇
「――――代行さま。お加減はいかがですか?」
扉を開けて入って来たのは、センター勤務の若い医師だった。
ボッシュはベッドの上に行儀悪くあぐらをかいて、答えた。悪くない。
「そうですか。ですが一応検温のほうを……おや? 何故窓が開いておりますのか……空調は不十分でしたか?」
「いや、気分だ」
「はあ……。そう言えば、つい先程なにやらこの辺りで大きな物音がしていたのですが、床に何か落っこちるような……。ここでは無かったようですな。はて」
「どうでもいいから、出てけよ。今は人と会う気分じゃないし、無駄話に付き合ってやる気もない。検温も必要ない。どっちでもいいけど、もう帰るし」
「は、はっ。申し訳ありません」
医師はボッシュの不機嫌な顔を見て取って、申し訳無さそうにして、律儀にすぐさま退室した。
口煩い看護婦だとこうはいかなかったろう。
「……出てった?」
「出てった」
ベッドの下から恐る恐るという調子の声が聞こえた。
ボッシュは肩を竦めて返事をしてやった。
のそのそと這い出してきたのは、アンダーとコートを胸に抱えたリュウである。
まだ裸なのは、どうやら例のアンダーを着るには多大な時間と労力を要するせいらしい。
「うー、はずかしいなあ……。ベッドから落っこちるし。頭、痛い……。瘤できたかな……」
「リュウ」
真っ赤な顔をしているリュウの顎を取って、口付けて、ボッシュは彼の目を覗き込み、にっと口の端を上げた。
「場所が悪い。今晩帰ったら、満足するまでな?」
「……うん」
リュウはふにゃっと柔らかく微笑んで、はにかんで、頷いた。
「待ってる……。おれ、ボッシュとえっちなことするの、すき……」
「こーいうとこでってのも、わりとキライじゃないんだけどさ」
「えー? やだよ、人がきちゃうかもしれないじゃないか。見つかったら恥ずかしくて死んじゃうよ……」
「そういうのがいいんだよ」
「えー……。ボッシュ、変わってるよ」
「オマエがお子様なんだよ」
「おれ、子供じゃないも……」
「ハイハイ」
ぐっと詰りながら反論するリュウの頬に軽く唇を寄せて、少し笑って、ボッシュはリュウを抱き寄せて静かに囁いた。
「……おかえり、リュウ」
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