「っかー、やってらんねえよなあ…!」
アジーンは顔を真っ赤にして、ぶんぶんと頭を振り、肩を竦めた。
「は、はずかしいよなー、アイツら……いやリュウはいいんだけど、可愛いし。でもオマエんとこのリンク者、ハッキリ言って気持ち悪いったらないよ……」
そして愚痴っぽく弟のチェトレの肩を、ばんばん叩いた。
リンク者たちは、疲れきって眠っている。
なんで、とかは、アジーンはあんまり考えたくない。
全身の痣と噛み傷とか脚の付け根が開かされ過ぎて痛いとか、なんだか腹の奥でどろどろする感じだとか。
ほんとに、考えたくない。
「痛いよ、姉ちゃん」
「ハア? 俺の方が痛かったっつの、常に! オマエリンク者に便乗して俺に何した? ん? 言ってみろ」
「……交尾を、少々?」
「アッサリ言うなよ、は、はずかしい! いいか、も、もしものことがあったら、オマエ責任取れよ責任!」
「ええ、そりゃもう取りますとも」
「へ?」
アジーンは、あっけにとられたように口を開けたまま、ぎこちなく首を傾げた。
何がおかしくて、この弟はにやにやと微笑んでいるのだろうか?
「ちゃんと責任とって、姉ちゃんをおれのお嫁さんにしてあげる! ええと、これで良かったっけ? うちのリンク者がこういうの、言ってたんだけど」
やる気満々で、握りこぶしなんて作りながら勝手に決意に満ちている弟を、アジーンは慌てて引きとめた。
「バ、バカ! そーいうんじゃなくて! だ、だからだなあ、姉弟でどうすんだよ、そういうの……」
チェトレはアジ―ンの慌てふためくさまを見て、なんでそんなに真っ赤になってんの姉ちゃん、となんでもないふうに言った。
「世界に二人だけじゃない。おれたちの愛に禁断なんて言葉は無用さ。だって他に誰もいないし」
「あー……オマエ、絶対あいつとリンクして性格ねじくれ曲っちまってるぞ……! あああ、チェトレ、姉ちゃんオマエをそんな下品な竜に育てた覚えなんかない……!」
嘆くアジーンを見ながら、チェトレはすごく嬉しそうににこにこしている。
「ふふ、真っ赤になっちゃって。照れる姉ちゃんもかわいい」
「だから……ああああ」
◇◆◇◆◇
「リュウー? リュウは?」
セントラルのロビーに、ニーナがぱたぱたと駆け込んできた。
「あれ、ニーナ。お疲れ様です。どうしたんですか、それ?」
クピトはそう言って、にこにこしている彼女の手元に目をやった。
胸には鮮やかな色をした花束が抱かれている。
「えへへ、かわいいでしょ? リュウにあげるの、お花」
「ふふ、そうですね……」
「けっこんしき、だもんね」
「ほんとに、殺しあってるかと思えば――――わからないものですね。変な人達だなあ」
オリジンリュウとオリジン代行者ボッシュが結婚する、なんて言い出したのは、まったくもって急な話だった。
いろいろなことがあってばたばたとしていて、不意打ちのようなものだ。
ボッシュが判定者を抜けると言い出し(あとになって、先日結局リュウがオリジンの権限でもって書類を破いてしまったのだが)、リュウがまた死んでしまって、ボッシュが久し振りにセントラルに顔を見せたと思ったら二人して行方不明。ニーナがオリジン代行者なんて押し付けられ、やっとリンとジェズイットが二人を連れ戻したと思ったら、リュウは全部忘れてしまっていた。
それが済んだら今度は結婚だという。
クピトはもう、勝手にしてください、という心地だった。
やはりオリジンは、人を振り回すために存在しているのだ。
昔も、そして今も。
「……このめでたい時期に、別の意味で頭の中がめでたい男がいるねえ」
そうしていると、ロビーにずるずるとジェズイットを引き摺ったリンが入ってきた。
彼女はもう諦めきった顔をしている。
何があったのかは、もうわかりきったことなので、クピトは何も言わない。
メンバーってほんとにバカばっかりだ、と彼は自分を棚に上げて溜息を吐いた。
「いててて、ちょ、オイオイリン、か、髪は引っ張らんでくれ!」
「黙りな。私は恥ずかしいよ、おんなじメンバーがこんな変質者なんてさ。やってらんない」
「変質者とは心外だなあ。俺は尻研究の第一人者だぞ」
「それが変態以外の何だってんだい……ああもう、一生治りそうもないね、その病気は……ひゃあ?!」
リンが悲鳴を上げた。
見るとジェズイットが得意そうに――――何がそんなに嬉しいのか――――手をわきわきとさせていた。
まあようするに、そういうことなのだろう。
「ふふん、まだまだガードが甘いぜ! うん、今日も絶好調だ、リン。ムチムチさでおまえに勝てる奴なんかどこにもいやしないぞ」
「……それは遠まわしに、私がデブだって言ってるのかい……?」
「いやそういうわけじゃなく……うわっ、コラ、銃器を向けるな! 銃器は!」
「……またですか」
クピトはやれやれと肩を竦めて、困りましたねと言った。
「ほんとに懲りないおじさんねえ」
ニーナもおんなじような顔をしている。
二人して顔を見合わせて、クピトとニーナは溜息を吐いた。
「大人の男の人って、あんなのばっかりなのかしら。ジェズイットとか、ボッシュとか」
「あれらは特別です、ニーナ。できればぼくは、いっしょにしてもらいたくない……」
「え? だってクピト、女の子でしょう? リュウも女の子だし」
「……男ですよ。いつも言ってるでしょう?」
「えー、嘘だあ」
「ほんとですよ……」
どうにかニーナの誤った認識をなんとかしようと口を開けたところで、上からメベトの声が掛かった。
「ああ、ここにいたか、クピト」
「あ、メベト。どうやらまたジェズイットは使いものにならなさそうですよ。地下牢行きです」
「仲が良いのは良いことだろう?」
「……仲良いの、あれ?」
「さあ」
怪訝そうな顔をしたニーナに、クピトも首を傾げて見せた。
良く解らない。
「リンのあれは、愛情表現の一種だと思っていい。保護者のゼブルにも、良くランチャーを向けていたものだ」
「あいじょうひょうげん、ほごしゃに……じゃあわたし、リュウにそういうの、しなきゃならないの?」
「やめてあげてください。二代目、泣きますから。あれは特殊な例です」
「ふうん」
良く解っていなさそうな顔で、ニーナは言った。じゃあ止めてあげておくね。
メベトはぎゃあぎゃあと言い合いながら地下牢へ消えていくジェズイットとリンの姿を見送って、ぽつりと言った。
「平和だな……これだけ平和だと、我々の仕事がまったくない」
「まあ、前みたいに忙しいよりましですけどね」
「ねえメベト、リュウ知らない? 花束あげたいの」
「ボッシュ君と一緒じゃあないか? 少し前にセンターで見たが」
「うー、どこ行っちゃったのかなあ……」
ニーナは困ったように花束を掲げ、首を傾げた。
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