セントラル、竜の間。
今はオリジンの自室であるその部屋で、二人の最高判定者が無言で見詰め合っている。
「……マジ?」
「……マジ。……みたい……」
自信無さそうに、リュウはこっくりと頷いた。
表情には戸惑いがありありと見て取れた。
ボッシュだって何がなんだかわからなかった。
こういう事態は既に予測していないわけではなかった――――が、いざそうなってみると、いまひとつ実感が沸かない。
ボッシュはリュウの平坦で痩せっぽちの腹に触った。
「か、風邪で診てもらった時にさ、わかったみたい。でもセンターの人も慌てちゃって、再検査とか、ええとほら、おれ男だったし……」
「……どのくらい?」
「さ、さんかげつ……だって……」
どーしようボッシュ、という顔で、リュウは困ったようにボッシュを見上げた。
「お、おれ、おかあさんなの? 男なのに、いいのかなあ? ボッシュがおとうさんで、うーん、おとうさんふたりっていうのも変だよねえ……」
「……へエ」
「ボ、ボッシュ? どうしたの? ……どうしよう?」
「……へー」
リュウの腹に触りながら、腹の奥まで見えるわけではないが、ボッシュは目を眇めてじいっとそこを凝視した。
「まだ全然わかんないけどな……」
「うー……」
「……できちゃった結婚、てやつ?」
「ううー……」
「…………」
なにか言ってほしそうなリュウに観念して、ボッシュは溜息を吐いた。
「……嬉しいよ。だからそんな顔すんな」
「ん……」
リュウは、まだ戸惑っているようにこっくり頷いた。
「たださ……」
ボッシュは苦い顔で、リュウの目をじいっと覗き込んで、言った。
「あんまり無理すんなよ。オマエが死んだら泣くからな」
「ふふ……うん……」
「ナニ笑ってんだよ」
「わ、笑ってないない」
ボッシュが軽くリュウの頭を小突くと、彼は慌ててふるふる首を振った。
しかし少しばかり、ボッシュにとってはひとつだけ、困ったことがあるのだった。
腕を組んで、考え深げにリュウの腹を見て、ボッシュは緩く頭を巡らせた。
「それにしても、ひとつ困ったことがあるな」
「え?」
きょとんとしているリュウを抱き締めて、ボッシュは言った。
「……すげーしたかったんだけどさ。おあずけ?」
「……う……うー……!」
リュウは途端にぼっと顔を真っ赤にしてしまって、口をぱくぱくとした。
いつまで経っても、ボッシュとえっちなことするの好きだなんて言うくせに、まだ不意打ちには全然慣れが見えない。
「ああ、後ろを使ってやれば問題ない?」
尻を弄くってやると、リュウは慌ててボッシュの胸を叩いた。
「ボ、ボッシュ! そ、そこ、ちがうー……」
「いいじゃん。男の時に使ってやったろ」
もっとも、まじりっけなしの強姦ではあったのだが。
ボッシュはリュウの耳元で、微かに掠れた声で囁いた。
「今度は、優しくしてやるからさ」
「あ、あう……」
リュウはまだ戸惑ったように目をぎゅっと閉じ、身体を強張らせていた。
この反応は、本当に処女みたいだ。
「……すげー、嬉しいんだけど、リュウ」
どうしようか?と、ボッシュは懸命に堪えた笑みを、結局堪えきれないにやにや笑いを浮かべながら、そう言った。
◇◆◇◆◇
「リュウー! 見付けた!」
ロビーに降りたところでちょうどニーナと出くわした。
リュウはさっきの情事の名残の真っ赤な顔を押し隠して、微笑んだ。なあに、ニーナ。
「お花、リュウにとってきたの。花束も作ったのよ、メアリに教えてもらって」
「そうなんだ……いい匂い、ありがとうニーナ」
「ふふ、ねえ、結婚、いつ?」
「あっ、そ、それは、その……」
途端に真っ赤な顔をして口篭もったリュウを見て、ニーナはきょとんとしていたが、やがてくすくす笑い出した。
「リュウ、お顔、真っ赤よ」
「う、うー……」
「ボッシュは? ちゃんとごめんなさいってしてもらった?」
「うん、してもらった……いっぱい」
「『リュウ』の言うとおりになったね!」
にこおと微笑みながら言うニーナに、思いっきりボッシュは顔を顰めた。
「……うるせえな」
「リュウに好きってちゃんと言ったの? ねえ、ボッシュ?」
「うるせえうるせえ。……ああ、言ったよ」
頷いたボッシュに、ニーナはくすくす笑い、リュウは嬉しそうにふにゃあと微笑んだ。
「笑うんじゃねえよ、リュウ、オマエ」
「う、うん……ごめんね、嬉しかったんだ……」
「…………」
素直にそんなふうに言われて、ボッシュが思わず口篭もっていると、ニーナがいつもの調子でリュウの腰に抱き付きながら言った。
「じゃあ、うちのリュウをよろしくお願いします、ボッシュ」
「オマエはそいつの保護者かよ」
「うーん、やっぱりニーナの方がお姉さんみたいだよ……」
リュウがちょっと困ったみたいに笑った。
「でもね、いじめちゃ駄目よ、ボッシュ。ボッシュはいじめっ子なんだから、ひどいことしたらまたリュウが死んじゃう」
「……ていうか、あれ全部俺のせいだったのか?」
「うん、『リュウ』、言ってたもの。ボッシュがいないとリュウは寂しくて死んじゃうんだって」
「ふーん」
ちらっとリュウを見てやると、可哀想なくらいに取り乱して、顔を真っ赤にして、わたわたとしている。
「そうなんだ、リュウ?」
「あっ、いや、その、あの、ええっと……う……そ、そー、かも……」
嘘も誤魔化しも上手くない人種のリュウは、そして恥ずかしそうに素直に頷いた。
その俯きがちの顔は、多分に可愛らしいものであったので、
「わっ、なあに、ボッシュ?」
ニーナに目隠しをすると、彼女は戸惑ってなになにと繰り返した。
「ハイ、お子様は見ない」
「ええっ?」
「わ」
開いた手でリュウを引寄せ、胸に抱き、唇を近付け、そして……
「ボッシュー? なに? わたし、お子様じゃないよ。ねえ、ボッシュったら!」
「…………」
「…………」
キスを、した。
離れると、リュウは「もう」という顔をして、ボッシュをふてくされたように睨んだ。
その顔も嫌いじゃない。
「ね、なに? なんだったの?」
「イイコト」
「にっ、ニーナ! そろそろ、ごはん食べに行こうか、ねえ?!」
リュウが大慌てで、顔を真っ赤にしながら、ニーナの興味を他へ逸らそうとした。
彼の保護者ぶりは徹底している――――もう一児の親みたいなものだ。
じゃあ俺の嫁はバツイチってことになるのかなどととりとめなく考えを巡らしていると、ニーナはボッシュを見上げ、はいこれ、と何やら差し出した。
「花束、ボッシュの。リュウにだけあげたらボッシュ、かわいそうでしょ?」
「なんで俺が花なんか……」
「ボ、ボッシュ! せっかく、ニーナが――――」
「ハイハイ、ゴメンナサイ。アリガトウございました、ニーナ様」
「ふふ、よろしい、ボッシュ。またリュウにごめんなさい、したね?」
「…………」
ちょっとコイツ、いつかリュウの見ていないところでひどい目に遭わせてやるなんて考えながら、ボッシュはニーナの花束を受け取った。
大輪の黄色い花だ。茎は瑞々しい緑色をしている。摘んで間も無いのだろう。
「ボッシュの色よ」
「ふふ、ほんとだ」
リュウとニーナは、まるで姉妹みたいな揃いのにこにこ顔でボッシュを見上げている。
ボッシュは投げやりに花を揺らして、そしてふと、訊いた。
「毒とか、ないだろうな?」
「もう、ボッシュ!」
「お花の毒くらいじゃ、ボッシュどってことないよ」
「俺様は強いからな」
「そうね、ムカデ食べちゃうボッシュ」
にこにこ微笑んでいるニーナとそんな応酬をしていると、リュウは首を傾げて言った。
「あれ……仲良いの?」
「そう、リュウ。わたしとボッシュ、すごく仲良しなの」
「気色悪いこと言うな、ガキ」
「仲良しだよ、ねー」
にこおっと微笑んで言うニーナに邪気はなくて、コイツのこのバカそうなところ嫌いだなと思いながら、そうなんだあなんて嬉しそうな顔をしているリュウを見て、ああコイツの魂胆はこれかなんて気付いた。
ニーナがこっそり、ボッシュを小突いた。
(いい? 今は仲良し。剣の稽古のことも内緒。リュウの見てるとこでは喧嘩しないのよ。リュウ、困るでしょ?)
(うるせー。……わかったよ、ガキ)
(ガキじゃないもん。ニ―ナだもん)
(ハイハイ、クソガキ)
ボッシュは、多分ニ―ナも、リュウが喜ぶならもうなんだっていいや、という気分に、なった。
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