「ボッシュー!」
 昼食の時間だ。
 詰め所でリュウの作った弁当(味はまあまあ)を食っていた俺は、急に名前を呼ばれて同僚のセカンドレンジャーに取り囲まれた。
「……なに」
「なにじゃねーよ! リュウちゃん今日休みじゃねーか!」
「ハア?」
 なんだ、人の相棒をリュウ「ちゃん」って。
 しかしそれにしても変な話だったので、俺は飯を食う手を止めて、訊き返した。
「あいつ、休み?」
 今日の朝はいつもどおり二人で飯を食って、リュウは洗濯物を干してから出ていくとかで、そんな話は訊いてなかったんだけど。
「くそー、クリオのやつも言わないから、リュウちゃんのいない道具屋で寂しくお買い物……」
「その「リュウちゃん」やめろよ気色悪い」
 リュウはこんなところでも、人に好かれる性質を発揮しているようだった。
 ゴツいムキムキのオッサンから幼女まで、あいつは本当にいろんな意味で幅が広いやつだ。
「ボッシュ? どこに行くんだ?」
「休憩」
 俺は短くそう告げると、詰め所を出た。
 なんだか嫌な予感がした。





 玄関には鍵は掛かってなかった。
 家に入ると、しーんとして人気がない。
「……リュウ?」
 俺は部屋を覗きながらベランダに出て、ふいにざわっと背筋が寒くなった。
 リュウが、干し掛けのシーツを掴んだまま倒れていた。
「リュウっ!!」
 慌てて駆け寄って抱き起こす。
 息はあった。
 だけど、心音が聞こえない。
 手を繋いで歩いたこの間と同じ、相変わらず冷たい手をしていた。
「リュウ……?」
 俺はちょっと途方に暮れて、リュウの顔を撫でた。
 すると、すぐに瞼が震えて、リュウはうっすらと目を開いた。
 俺はほっとしてしまった。
「リュウ? 大丈夫か?」
「……あ、れ……ボッシュ? ああ、おれ……」
 寝ちゃってたみたい、とリュウが寝惚け声で言ったので、俺はなんだか妙に脱力してしまって、びしっとリュウの額を弾いた。
「バーカ」
「……ごめんね?」
「謝るなよ。……なあ、どこか具合、悪い?」
「ううん、大丈夫……」
 リュウはふるふると首を振って、俺の顔を見上げて、心配ないよ、と言った。
 ……なんか、この距離って、ヤバくねえ?
「ボッシュ……?」
 あんまりにも近くにあるから、俺はリュウのきょとんと怪訝そうな顔をくっと摘んで上げて、薄い唇に軽く吸い付いた。
 リュウは抵抗しなかった。
 いや、ていうか硬直していた。
 飛び退くでも流れに乗ってくるでもなく、ただ寝惚け眼を丸く見開いて、俺が離れるとぱちぱちと瞬きをした。
「……あ」
「ん?」
「あ、あ、あれ? ボ、ボッシュ? 何今の」
「駄目?」
「え? あ、いや全然、そんなことはほんとに」
 リュウは混乱しているようで、首を揺らしてから、かっと頬を染めた。
「い、いいの? ボッシュ。おれにこんなことして」
「うん、いいの」
「おれ、こんな変な身体だけど」
「今更だろ。もっかいしていい?」
「あ、うん、ええっと、よろしくお願いします。 ――いや、ていうか、やっぱり駄目!」
「何で?」
「ちょっと待って……は、歯磨きとかしていい?」
「駄目」
 俺は、またリュウと唇を合わせて、今度は一緒くたに倒れ込んで覆い被さった。
 リュウはぎゅうっと目を閉じていた。
 それから何度もそーいうのを繰り返してると、リュウはちょっとはコツがつかめてきたようで、ヘタクソながらも口を薄く開けて、舌を触れさせあうなんてことができるようになった。
 この純で鈍感なリュウにしては、大きな進歩だ。
 拍手をくれてやったっていいかも。
 そんなふうな順応の遅いリュウは、まだちょっとついて来てないような気がしたけど、次はシャツを脱がしてやって、首筋を舐めた。
 しょっぱい味がした。
 人間の皮膚の味だ。
 リュウのうなじには、もうローディーだってからかってやれるようなD値の刻印はなくて、バイオ公社のIDタグがそのまま打ち込まれていた。
 そこにはいくつかの記号を組み合わせて、「アジーン」って書いてあった。
「……あ、あんまりそれ、見ないで」
「なんで?」
「は、恥ずかしい……」
「ふーん。じゃあ見てやる」
「ボッシュ……」
 リュウが、泣きそうな顔をしてやめてよとか言うから、俺は肩を竦めてやった。
「嫌なの?」
「……気持ち悪くない?」
「なんで」
 何が気持ち悪いって言うんだか。
 リュウの身体は触って心地が良かった。
 前よりもずうっと細くなって、がりがりに痩せてしまっていたが、ちょっと関節の骨が擦れるけど。
 冷たいけど。
 別に気になるほどでもなかった。
 リュウは、可愛い。
「……そういえばさあ」
 俺はふと思い当たって、リュウに訊いてみた。
「おまえこういうの、大丈夫?」
「へ?」
「えっちなこととか」
「…………」
「んー、キスは?」
「あ、あー……だ、大丈夫。完璧だよ」
 リュウは頷いて、ちょっと意気込んで言った。
「バーチャルトレーニングで」
「駄目だろそれ」
「…………」
 俺は苦笑して、リュウの銀色の髪をゆるゆる撫でた。
「べつに、じゃあ触ってるだけ」
「……ごめんね、おれ、ヘタクソで」
「上手かったらぶん殴ってる」
「うわあ……」
 リュウはちょっと顔を顰めたが、すぐにまた赤い顔に戻った。
「ね、ねえ、ボッシュ?」
「ん」
「おれも、触っていい?」
 リュウは首を傾げて、ねえ?と訊いてきた。
 俺はただ頷いただけで、こっちがそれに触るほうに意識を傾けた。
 リュウはたどたどしい手つきで俺のレンジャージャケットに手を掛けて、人の服を脱がすのは難しい、とぼやいた。
「ていうか……セカンドの制服って、すごいややこしいよ」
「フツーだろ。おまえの不器用さを制服のせいにするなよ」
「……う」
 それはセックスとも呼べない、ただキスをし合ったり触れ合うだけの子供っぽい触れ方だったが、俺たちはそうやって裸になって、あちこち触り合って、ゆっくりと、少しだけやらしいことをした。
 飯も食わず、時たまそのまままどろんで。
 目が覚めたらまたくすくす笑いながら触り合って、ふたりきりで時間を共有し合った。
 それはとても、幸せなことなんだろうと思った。





「……ボッシュのサボリ魔」
「おまえもだろ」
「やらしい」
「おまえもな」
「ボッシュの方がやらしい」
 くすくすと笑いながら、リュウが言う。
 俺もにやっとして返してやりながら、枕元の時計を見た。
 午前0時をまわった頃だ。
「ボッシュ? おなかすいてな……」
 言い掛けて、リュウは咳込んだ。
「……? オマエ、風邪でもひいたの?」
「や、ううん、そーいうわけじゃ……ゴメ……」
 リュウはしばらく咳込み続けて、やっと収まったら「ゴメン」と言いながら、浅い呼吸を繰り返した。
「……最近体調ひどいね、オマエ。仕事で何やってるワケ?」
「うん……。フツーだけど」
「ふーん」
 そこで、話は終わった。






 だけど、それからリュウは少しずつ少しずつ衰弱していった。
 まるで命をなにかに吸い取られていくように、緩慢に、ゆっくりと、確実に命を削っていってた。
 そんな予感ははじめからあったんだけど、俺は見ない振りをしていた。
 リュウは笑ってるから、多分大丈夫なんだろうと。
 俺は目を逸らした。
 考えたくなかった。
 俺たちがそうして、この水没しかけた街で暮らし始めてから2週間ばかりが経った頃、そのつけはきちんと回ってきたのだった。
 リュウは、はじめはゆっくりと昔話をするようになった。
 俺をはじめて見た時の話。
 相棒になってからこっち。
 リュウはずうっと、俺がこいつを知るようになるずうっと前から、俺を見ていたんだって言ってた。
「ボッシュはねえ、かっこいいよねえ……」
 しみじみと、そんなことばっかり言うようになった。
 俺は当たり前だろとそっけなく返してやりながら……なんで俺は、コイツにまともな言葉のひとつも掛けてやれないんだろうと思った。
 俺はリュウとは違う人種だったから、人に優しく、なんて、ほんとはどうすりゃいいのかなんて、さっぱり分からなかったのだ。
 リュウはどんどん、なにもかもがぎこちなくなっていって、ある日ついに、動くのを止めてしまった。
 ただ虚ろに目を開けたまま、ほとんど死人とおんなじくらいに、声も出せなくなって……だけど、俺の顔を見ると、リュウはぎこちなく、うっすらと、笑った。













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私はほんとは大人指定も大好きなんですが、触り合ってるくらいのが一番好きなのかもしれません。
ちょっと深いスキンシップみたいなかわいいの。今回はまだこの程度。